カテゴリ:「簡単な惑星旅行」( 28 )

簡単な宇宙旅行 8

主クリシュナは物質宇宙の中のすべての惑星は4,300,000x1,000x2x30x12x100太陽年の後に破壊されると教えます。物質世界の壊滅に伴って、居住しているすべての生命体も物質的に破壊されます。生命体は本質的に反物質粒子です。しかし、反物質的な活動を重ねて自身を反物質世界の領域まで上昇させない限り、生命体は物質世界が破壊されるときにその体を破壊され、新しい物質宇宙が形成されるときに再び物質の体の中に入ることになります。言い換えれば、繰り返す生と死の痛みを経験しなければならないのです。物質の体を持っている間に人格神に愛情ある奉仕をした生命体だけが疑いの余地なく物質の体を離れた後に反物質世界に移動できます。反物質的な活動を実行することで神のもとに帰るものだけが不死の生命を得ることができるのです。

この反物質的な活動というのは何でしょうか。これは薬なのです。例えば、人は病気になったときに医師を訪れます。医師は薬を処方し、それが徐々に苦しむ患者を治します。同様に、物質主義者は病気で弱った状態にあり、専門家である超越主義者という医師の診断を仰ぐべきであるのです。彼らの病は何なのでしょうか。それは繰り返す生老病死の苦しみです。「神のもとへ帰る」という治療を受けることに合意しさえすれば、生と死を繰り返すのではなく、永遠の生命がある反物質世界に移動することができるのです。
物質世界の破壊には2つの形があります。部分的な破壊は4,300,000x1,000太陽年毎に起こります。これは物質世界の最高位であるブラーマロカの一日の終わりです。これらの部分的な破壊においてはブラーマロカなどの高位の惑星は破壊されませんが、4,300,000x1,000x2x30x12x100太陽年が過ぎたら顕現した宇宙の全体が反物質体に同化吸収されます。物質的な空間からはるか離れた反物質世界は決して破壊されることがありません。それは物質世界を吸収します。科学者たちが言うように物質と反物質の世界が「衝突」して物質世界が破壊されることはあるかもしれませんが、反物質世界の破壊ということはありえません。永遠に存在している反物質世界は物質主義的な科学者たちには顕現していません。物質世界の相にその存在の原則が相反する限りにおいて情報を得ることができるだけです。反物質宇宙に関する詳細は、反物質原則の本来的な性質を完全に理解した、(物質世界から)解放された(解脱した)権威者たちという絶対に間違いのない源からしか知りえません。この情報は口伝によって人格神の受動的な弟子から受けられます。

ヴェーダの知識はこのようにして物質的創造における最初の生命体であるブラーマーの心に授けられました。この知識をナーラダ・ムニという聖者に伝えたのはブラーマーでした。同様に、バガヴァッド・ギーターは人格神シュリ・クリシュナによって太陽の支配神であるヴィヴァスヴァーンに語られ、この口伝による師弟継承が壊れたときに主クリシュナはバガヴァッド・ギーターをクルクシェトラの戦場でアルジュナに再び語りました。そのとき、シュリ・クリシュナから超越的な知識を受けるためにアルジュナは弟子であって生徒である役割をしました。この世の全くの物質主義者たちが持っているであろう疑いをすべて拭い去るために、アルジュナはすべての適切な質問をし、クリシュナはいかなる俗人でも理解できるように答えを与えました。物質世界のきらめきに囚われた者だけは主シュリ・クリシュナの権威を受け入れることができません。反物質世界の詳細を理解できるようになる前に、人はその習慣とこころにおいて完全に清潔にならなければなりません。バクティ・ヨガは入門者であっても完璧なヨギーであっても実行できる詳細で科学的な超越活動なのです。

物質世界は反物質世界を映し出す影のような存在に過ぎません。心と習慣において清潔な知性ある人は、バガヴァッド・ギーターの文書から反物質世界の詳細のすべてをかいつまんで学ぶことができます。そして、これらは実際のところ物質的な詳細よりもっと完全なのです。基本的な詳細は以下の通りです。

反物質世界の支配神はシュリ・クリシュナであり、本来的で独自の人格ならびに多数の完全な拡張体として存在しています。この基本人格と拡張体は、一般的にバクティ・ヨガや献身奉仕として知られる反物質活動によってしか知ることができません。至高の人格神は至高の真理であり、反物質原理の全体でもあります。物質原理と反物質原理は、どちらもその人格神から放射されるものです。主は完全なる木の根であるとも言えます。木の根に水を注ぐと、枝や葉は自動的にその恩恵を受けます。同じように、至高の人格神であるシュリ・クリシュナが礼拝されると物質世界がすみずみまで啓発され、献身者の心は物質的な方法で努力することなく滋養に満たされるのです。これがバガヴァッド・ギーターの秘密です。

反物質世界に入るための方法は、物質的な過程とは異なります。個々の生命体は、物質世界に住んでいる間に反物質活動を実行することでたやすく反物質世界に入ることができます。しかし、根っからの物質主義者たちは実験的な考え方や精神的な推量や物質的な科学の持つ限られた力に頼っているので、反物質世界に入るのが大変困難になります。彼らは宇宙船や人工衛星やロケットなどを宇宙空間に飛ばして反物質世界に近づこうと努力するでしょうが、そういうやり方では物質空間の上位の領域にある惑星にさえ決して行き着けません。神秘的な能力を完全に統御できるヨギーでさえ、その領域に入るのは難しいのです。道を究めたヨギーは神秘的な能力の修練によって物質的な体の中にある反物質粒子を統御することができます。彼らはある特定の適切なタイミングで自分で意思で物質の体から抜け出ることができます。そして物質世界と反物質をつなぐ大通りを通って反物質世界に入ることができます。彼らは、そうする能力がある場合には以下のようにバガヴァッド・ギーターに示された規定の方法に従って行動します。

「超越性を認識した者はウッタラーヤナの期間に物質の体を離れて反物質世界に入ります。それは太陽が北の道を辿っているとき、すなわち火と輝きの神が大気を統御している縁起の良い時間のことです。」
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:20 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 7

物質原理が物質世界を作るのと全く同じように、反物質原子はすべての細部を備えた反物質世界を作ります。反物質世界には反物質生命体が住んでいます。そこには不活発なもの(生命力のないもの、inert)は存在しません。そこにあるものはすべて生きた原理であり、そこでの絶対人格は神ご自身です。反物質世界の住人たちは、永遠の命と永遠に失われることのない知識と永遠に尽きることのない喜びを持っています。言い換えれば、彼らは神の資質のすべてを持っているのです。

物質世界における最高位の惑星は、サティアロカ、あるいはブラーマロカと呼ばれます。この惑星には最も偉大な能力を持つ者たちが住んでいます。支配神はこの物質世界で一番最初に作られた生命体であるブラーマーです。ブラーマーは私たちと同じく数多い生命体の一人ですが、物質界で最も優れた能力を持つ人格です。神の範疇に入るほどの能力ではありませんが、神に直接支配される生命体の範疇にあります。神も生命体も、どちらも反物質世界に属しています。したがって、科学者たちは反物質世界の原則を研究することですべての人に貢献することができます。そこではどのように管理運営がなされているのか、物事がどのように形成されるか、支配的な人格はどのような人々であるか、というようなことです。ヴェーダ文献の中でも、シュリマッド・バーガヴァタムはこれらの項目を詳しく取り上げています。バガヴァッド・ギーターはシュリマッド・バーガヴァタムの予備的な研究です。これら2巻の重要な知識の書物は科学界のすべてのひとによって完全に研究されるべきだといえます。それによって科学の進歩に多くのヒントが得られ、多くの新しい発見が促されることでしょう。

超越主義者と物質主義者は二つの全く異なる階層に属します。超越主義者はヴェーダなどの正統にして権威ある聖典から知識を集めます。ヴェーダ文献は超越的な師弟継承の連鎖の中にある正統で権威ある源から受け取られたものです。この師弟継承(パラムパラー)は、バガヴァッド・ギーターにも記述があります。バガヴァッド・ギーターの中でクリシュナは次のように語りました。はるか昔、ギーターは太陽の支配神に語られ、太陽神はそれを息子マヌに伝えました。現世代の人間は、このマヌを祖先としています。マヌはこの超越知識を息子のイクシュヴァーク王に伝えました。イクシュヴァーク王は、至高の人格神シュリ・ラーマが現れた帝国の先祖です。この長い師弟継承の連鎖は、主クリシュナが降臨した5000年前には断絶していたので、クリシュナはバガヴァッド・ギーターを再び語りました。授けられたアルジュナは今世代の初めての弟子としてこれを後世に伝えました。したがって、今世代の超越主義者はアルジュナから始まる師弟継承の連鎖に連なっています。超越主義者は、物質的な研究で無駄に労力を費やすことなく物質と反物質に関する真理を全く完全な方法で(この師弟継承を通して)受け取り、エネルギーを大いに節約することができます。

他方、完全な物質主義者は至高の人格神の反物質世界を信じません。とても不運な人たちなのです。時として大いに才能があり、教育もあり、他のあらゆる面で発達していたにしても。。。彼らは物質的な顕現の影響に惑わされており、反物質の事物に関する知識を持ちません。したがって、物質主義的な科学者たちが徐々に反物質的な領域に近づきつつあるのは良い傾向なのです。もしかしたら、彼らもいずれ十分に発達してこの反物質世界の詳細を知るようになるかもしれません。そこでは至高の人格神が支配的な存在として住み、生命体は彼と共に住んで彼に仕えています。至高神に仕える生命体は性質において神と同等ですが、同時に従者として支配されています。反物質世界では支配するものとされる者の間に違いはないのです。その関係性は完璧であり、物質主義のかけらもありません。

物質世界の性質は破壊的です。バガヴァッド・ギーターによると、物質世界と反物質世界が衝突した場合に両者共に破壊されるという物理科学者たちの推量には部分的に真理が含まれます。物質世界は変化し続ける自然相の産物です。これらの相(グナ)は、善性(サットヴァ)、熱情(ラジャ)、無知(タマ)の3つです。物質世界はラジャ相によって作られ、サットヴァ相によって維持され、タマ相によって破壊されます。これらの相は物質世界にくまなく常在している(omnipresent)ので、したがって毎瞬毎時、物質世界のすべての場所で創造と維持と破壊の過程が進行しているのです。物質宇宙で最高位に位置する惑星、ブラーマロカであっても同じくこれらの自然相の影響下にあります。そこでは善性(サットヴァ)の相が支配的なので、寿命は長く、4、300、000x1,000x2x30x12x100太陽年であると言われています(solar year、太陽系の一年)。けれど、それでも自然相の影響から逃れることはできず、やはりいつか破壊される運命にあります。ブラーマロカでの寿命は地球でのそれに比べるとすばらしく長いものですが、それでも非物質世界での永遠の生命に比べると一瞬です。そのためバガヴァッド・ギーターを語る主クリシュナはご自身の住処である反物質宇宙の重要性を断固として主張なさるのです。
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:19 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 6

当然ながら、反物質原理について言及する精神的な思索家もいます。
(訳注;mental speculator(mental精神の、頭脳の)(to speculate思索する、推測する)つまり、人間の限られた頭脳であれこれと考えて真理を見つけ出そうとする人々のことです。)
彼らは主に二つのグループに分けられ、どちらもそれぞれに異なる誤った結論に達します。その一つである完全な物質主義者たちは、反物質原理を否定するか、あるいは(死という)一定の段階における物質的な組成の崩壊だけを認めます。もう一つのグループは反物質原理が24種類の物質原理に直接的に対峙するものとしてのみ受け入れます。このグループはサーンクヤイテと呼ばれ、物質原理を詳細に観察調査して分析します。その調査の最後に、彼らはついに超越的な(反物質の)非活動的な原理だけを受け入れます。しかし、こうした精神的な思索家は劣勢エネルギーの助けを得て考察するので困難が生じるのです。彼らは優位にあるものからの情報を受け入れません。反物質の本当の位置づけを理解するためには、人は優勢エネルギーの超越次元に上らなければなりません。バクティ・ヨガはまさに優勢エネルギーの活動そのものなのです。

物質世界の次元からでは、人は反物質世界の本当の位置づけを推察することができません。しかし、物質および反物質の両方のエネルギーを統率する絶対主は、見返りを期待することのない(causeless、原因のない)慈悲の心から物質界に降臨し、反物質世界に関する完全な情報を私たちに与えてくださいます。それによると、絶対主も生命体も、どちらも性質は反物質であるのです。したがって、私たちは生命体を詳細に研究することによって絶対主について知ることができます。すべての生命体はそれぞれに独自の人格です。ということは、絶対生命体もまた絶対人格でなければなりません。ヴェーダ文献では、絶対人格はクリシュナであると正しく呈示されています。絶対主を指す「クリシュナ」という名前は、最高ランクに位置する者の唯一真実に明瞭な名前です(the only truly intelligible name of the highest order)。彼は物質および反物質の両エネルギーを統治する者であり、「クリシュナ」という名前そのものが彼が絶対の統治者であることを示しています。バガヴァッド・ギーターでは、このことを主が以下のように確認しています。

「物質世界と反物質世界という二つの世界があります。物質世界は8つの物質原理からなる劣勢エネルギーでできています。反物質世界は優勢エネルギーでできています。どちらのエネルギーも至高の人格神、すなわち絶対的な超越存在から放射されているものであるため、私(主クリシュナ)がすべての創造と破壊の究極的な要因であると正しく結論付けることができます。」

主の二つのエネルギー(劣勢および優勢)が物質と反物質の両世界を顕現させるので、主は絶対完全真理と呼ばれます。主クリシュナはこれをバガヴァッド・ギーターで以下のように説明しています。

「アルジュナ、私は超越性の最高原理であるため、私より偉大なものはありません。すべての事物は、ちょうど真珠が糸に通っているように、私のエネルギーを拠り所として存在します。」

反物体と反物質世界の原理が発見されるはるか昔、この主題はバガヴァッド・ギーターのページに記されていました。ギーターの中には、同書で述べられている哲学がかつて太陽の支配神に教えられた、と書かれています。ということは、バガヴァッド・ギーターの中の原理はクルクセトラの戦いのずっと前に、少なくともおよそ1億2千万年前に至高の人格神によって詳細に述べられたということを意味します。

反物質宇宙に関する推定もバガヴァッド・ギーターの中にあります。こうしたすべての情報に照らすと、反物質世界はバガヴァッド・ギーターにサナータナ・ダーマ、すなわち永遠自然として記されている反物質空間に存在するということが疑いもなく推量できます。
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:18 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 5

作られたものはすべて必ずいずれかの時点で破壊されます。物質的な体と物質的な世界はいずれも作られたものであるので、したがってどちらも破壊されます。しかし反物質粒子は作られることがないので、したがって壊されることもありません。このことも、同じくバガヴァッド・ギーターに示されています。

「生命力である反物質粒子は、生まれることも作られることもありません。永遠に存在しているのです。誕生日も命日もありません。繰り返し作られることも、繰り返し壊されることもありません。永久に存在しているので、何よりも古く、同時に常に若々しくて新しいのです。物質的な粒子が破壊されても、反物質粒子は決して影響されません。」

同じ原理が反物質粒子だけでなく反物質宇宙にも当てはまります。物質宇宙が破壊されるとき、状況のいかんに関わらず反物質宇宙は存在し続けます。これは後ほど詳述します。

科学者たちは、さらに以下のようなこともバガヴァッド・ギーターから学ぶことができます。

「反物質粒子が破壊されないことを完璧に理解している識者は、それがどのような手段をもってしても壊されないと知っています。」

原子科学者は物質世界を核兵器によって破壊することを考えるかもしれませんが、彼らの武器は反物質世界を破壊することはできません。反物質粒子は以下にさらに明確に説明されています。

「それはいかなる物質的な武器をもってしても切断され得ず、火で焼かれることもありません。水でふやかされることもなく、しおれることも、乾燥することもなく、空中に蒸発することもありません。分断されず、燃えず、溶解しません。永遠であるため、いかなる体にも出入りすることができます。元来一定しているため、その性質は常に同じで変わることがありません。いかなる物質的な性質にも対峙しているので、(物質的には)説明がつきません。通常の知性では理解することができないのです。変化することがないので、永遠にして反物質的な原理のことを何人も(破壊されるのではないかと)嘆くべきではありません。」

このように、バガヴァッド・ギーターおよび他のヴェーダ文献すべてにおいて、優勢エネルギー(反物質原理)は生命力や生きた霊として受け入れられています。これはジーヴァとも呼ばれます。この生命原理は、物質的な要素をいかに組み合わせても発生させることができません。劣勢エネルギーとして描写されているものには次の8つがあります。
1、土。2、水。3、火。4、空気。5、エーテル。6、心。7、知性。8、我(エゴ)
これらとは別に、反物質原理であって優勢エネルギーであると描写されている生命力があります。これらは至高の人格神(クリシュナ)という至高の生命体によってコントロールされているので、エネルギーと呼ばれます。

長い間、物質主義者たちの理解は上記の8つの物質原理の枠内に限られていました。今こうして彼らが反物質原理と反物質宇宙に関して少々の予備的な情報を持つようになったのは大変喜ばしいことです。私たちは、いずれ彼らも反物質世界の価値を理解できるようになることを望んでいます。反物質世界には物質的な原理の片鱗もないのです。言うまでもなく、「反物質」という言葉そのものが既にその原理はいかなる物質的な性質とも反対であることを示しています。
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:17 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 4

「物質的な形は滅びるものであり、また、変化するもの、一時的なものでもあります。物質的な世界も同じです。しかし反物質的な生命力は滅びないので永遠です。したがって専門の科学者たちは物質と反物質の粒子についてそれぞれ「一時的、永遠」と規定しました。」

物体の二つの形を発見した人々は、反物質の性質はまだ発見していません。しかしバガヴァッド・ギーターにはすでに以下のような鮮やかな描写があります。科学者はこの貴重な情報に基づいてさらなる研究を進めることができるでしょう。

「反物質粒子は最も小さな物質粒子よりももっと細かい。この生命体(living force、生命力)は非常に強力で、その影響は物質の体全体に及びます。反物質粒子は物質粒子とは比べ物にならないほど強大な潜在力を持っているので、破壊されることがありません。」

これはバガヴァッド・ギーターにおける反物質粒子の描写の端緒に過ぎません。さらに以下のように説明されています。

「反物質粒子のうちで最も微細なものは、密度の濃い部分と密度の薄い部分からなる物質の体に閉じ込められています(gross and subtle material bodies)。物質の体は必ず破壊されるものですが、微細な反物質粒子は永遠です。したがって、人の関心はこの永遠の原理に向けられるべきなのです。」

物質的な科学者たちが反物質粒子の性質を知ってそれを永久性のない物質的な粒子から切り離せるようになったとき、科学は完成したと言えます。そのような解放は科学的な進歩の最高潮を記すことになるでしょう。

反物質原子からなる別の世界が存在しており、物質世界と衝突すれば両者ともに壊滅するであろう、という科学者たちの説は、部分的には正しいと言えます。衝突は常に起こっています。物質的な粒子は今この瞬間にも破壊されており、反物質粒子は解放を目指して苦闘しています。これはバガヴァッド・ギーターに以下のように説明されています。

「生命体である反物質粒子は物質粒子に影響を及ぼして動作させます。この生命体は決して破壊されることがありません。反物質粒子が密度の濃い部分と薄い部分からなる物質の体という物質エネルギーの塊の中に存在する限り、その生命体は生きた単体として顕現します。二つの粒子は常に持続的に衝突を繰り返していますが、反物質粒子は決して破壊されることがありません。過去、現在、未来、いつの時点であれ、誰も反物質粒子を滅ぼすことはできません。」

したがって、物質世界と反物質世界が衝突して両者が共に破滅するであろうという理論は、科学者の唱える限られた反物質の定義内においてのみ正しいと私たちは考えます。バガヴァッド・ギーターは、決して破壊されることのない反物質粒子の性質を説明しています。

「微細にして測定不可能な反物質粒子は、決して破壊されず、永遠であり永久です。しかし、物質的粒子でできた牢獄はしばしの時間の後に破壊されます。同じことが物質世界と反物質世界の関係においても起こります。反物質粒子が破壊されるのではないかと恐れる必要はありません。それは物質の世界が破壊されても生存しているからです。」
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:16 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 3

至高の人格神が持つエネルギーの優勢的な形については、バガヴァッド・ギーターにパラー・プラクリティと描写されています。科学者は近年になって物体には壊滅しうる二つの形があることを発見しましたが、バガヴァッド・ギーターは物体と反物体の概念をエネルギーの二つの形であるとして完璧に描写しています。物体とは物質世界を作り出すエネルギーであり、その同じエネルギーが優勢的な形では反物質的な(物質存在を超越的した)世界を作り出します。生命体は優勢的なエネルギーの範疇に入ります。劣勢エネルギー、すなわち物質エネルギーは、アパラー・プラクリティと呼ばれます。バガヴァッド・ギーターでは、創造的なエネルギーはこのようにアパラーとパラー・プラクリティという二つの形で提示されています。

物体はそれ自身では創造的な力を持ちません。生命のあるエネルギーに操作されて初めて物質体が創出されます。物体はすなわち元来の形では絶対存在の潜在的なエネルギーなのです。我々がエネルギーについて考える場合、そのエネルギーの源について考えるのは自然なことです。例えば、電気エネルギーについて考えるなら、我々は同時にそれが生成される発電所のことを考えます。エネルギーというのは自己完結的なものではありません。優勢的な生命体の統治下にあるのです。例えば、火は光と熱という二つの別のエネルギーの源です。光と熱は火なくして独自に存在することはできません。同様に、劣勢および優勢のエネルギーはどちらもある源から発するものです。その源を人がどういう名前で呼ぼうとも構いませんが、それはあらゆる事物に関して完全な感覚を持つ生命体でなければなりません。その至高の生命体は、至高の人格神であるシュリ・クリシュナ、すべてを魅了する生命体です。

ヴェーダでは、至高の生命体あるいは完全なる真理は、バガヴァーン、すなわち「栄光あるもの、すべてのエネルギーの源である生命体」と呼ばれます。近年の科学者が限られたエネルギーの二つの形態を発見したことは、科学の発展のほんの始まりに過ぎません。彼らはこれから「物質的・反物質的」と名づけた二つの粒子あるいは原子について、その源を発見すべく研究を進めなければなりません。
反物質粒子はどのように説明できるでしょうか。私たちには物質的な粒子や原子に関する経験はありますが、反物質に関する経験はありません。しかし、バガヴァッド・ギーターは以下のように反物質粒子を鮮やかに描写しています。

「この反物質粒子は物質でできた体の中にあります。これが存在することで物質の体は子供から少年へ、少年から若者へ、やがては老年へと徐々に変化を続けます。その後、反物質粒子は古びて使い物にならなくなった体を離れ、別の体を得ます。」

生きた体に関する以上の描写は、エネルギーが二つの形で存在するという科学的な発見を立証するものです。その一つである反物質粒子が物質の体から分離するとき、後者は全く何の役にも立たなくなります。このように、反物質粒子は疑いようもなく物質エネルギーより優勢であるのです。

「したがって、誰であれ物質的なエネルギーの損失を嘆くにはあたりません。暑さと寒さ、幸せと不幸せなどのあらゆる相反的な感覚認知は、季節の変化のように現れては去っていく物質的なエネルギーの反応に過ぎません。そのような物質的な反応の一時的な発現と消滅は、物質的な体はジーヴァ・エネルギーと呼ばれる生命力に対して劣勢な物質エネルギーでできていることを立証しています。」

「幸せと不幸せによって左右されない知性ある人は、それらは劣勢エネルギーの反応によって生じる様々な物質的な表れであることを理解しています。そのような人は永遠の生命と永遠に失われることがない知識と永遠に尽きない喜びのある反物質世界に戻る資格があります。」

ここでは反物質世界が記述されており、さらに反物質世界では「季節による」変化がないという情報も加わっています。そこではすべてが永遠で、喜びが満ち溢れ、完全な知識があります。しかし私たちがこれを「世界」として語るときは、それが私たちの物質的な経験の域を超えた様々な種類の形や細部(paraphernalia、道具、付属品のすべて、などの意味)を持っていることを覚えておく必要があります。
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:15 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 2

1.反物質世界

物質的な科学は、いつの日かついに永遠なる反物質世界を発見するかもしれません。その世界は物質主義一辺倒の論者にとっては絶えて知りえぬものでした。科学者たちが考える現代の反物質観に関して、タイムズ・オブ・インディア紙に以下の記事があります。(1959年10月27日)

「1959年10月26日、ストックホルム
今日、2名のアメリカ人原子科学者が1959年ノーベル物理学賞を受賞した。これは反陽子の発見によって物質が物体と反物体という二つの形で存在することを示した功績によるものである。この二人の科学者は、イタリア生まれのエミリオ・シーグリー博士(69歳)とサンフランシスコ生まれのオーエン・チャンバーレン博士である。。。新しい理論の基本的な推定の一つによると、反物質で構成された別の世界、すなわち反世界が存在する可能性がある。この反物質世界は、我々の知る世界の原子とは反対の軌道で回転する原子や半原子(subatomic)粒子で構成されていると思われる。これら二つの世界が万が一出会うことがあれば、両者は瞬時に目もくらむような閃光を放って壊滅するだろう。」

この声明では、次のような主張がなされている。
1.物質的な原子とは反対の性質を持つ反物質原子、あるいは粒子が存在する。
2.この物質世界以外にも別の世界が存在し、その世界について我々は限られた経験しか持たない。
3.反物質世界と物質世界はある時点で衝突するかもしれず、その場合には両者は互いを壊滅させる。

以上の3点に関して、我々有神論科学の学徒は1と2には完全に同意できます。しかし、3に関しては反物質の限られた科学的な定義の範囲内でしか同意できません。問題は、科学者の考える反物質の概念が単に物質エネルギーの別の種類に過ぎないというところにあります。本当の反物体は、完全に反物質的でなければなりません。形あるものはすべて壊滅しますが、反物体がいかなる物質的な性質も持たないのであれば、当然の帰結として壊滅という性質も持ちません。もし物体が壊滅や分離などをするなら、反物体は壊滅せず分離しないという性質を有していなければなりません。私たちはここでこれらの発議を正統的な聖典の観点から論議しようと思います。

世界で最も広範に認証されている聖典はヴェーダです。ヴェーダは、サーマ、ヤジュル、リグ、アタルヴァ、という4つの部分に分かれています。ヴェーダが取り上げる内容は、平均的な人間にとっては相当に理解の難しいものです。4つのヴェーダはマハーバーラタと呼ばれる歴史的な叙事詩と18のプラーナにおいても説明されています。ラーマーヤナも同じく歴史的な叙事詩であり、ヴェーダの中の必要な情報をすべて含んでいます。そのため、4つのヴェーダ、ヴァールミーキによる本来のラーマーヤナ、マハーバーラタ、およびプラーナは、いずれもヴェーダ文献であると分類されています。

ウパニシャッドは4つのヴェーダの一部分であり、ヴェダーンタ・スートラはヴェーダの真髄を体現したものです。これらすべてのヴェーダ文献を要約するものとして、バガヴァッド・ギーターがあります。これはすべてのウパニシャッドの凝縮であり、ヴェダーンタ・スートラの予備的な解説として受け入れられています。そのため、バガヴァッド・ギーターただ一つからヴェーダの凝縮を得られると結論づけることもできるでしょう。この書は至高の人格神である主シュリ・クリシュナによって語られたものです。神はエネルギーの優勢的な形について完全な情報を与えるために反物質世界からこの物質世界に降誕なさるのです。(訳注;Supreme Personality of Godheadについて。Godheadは「神、神性」と訳されますが、-headという語尾は往々にして何かの一番高い様子を表します。プラブパーダもこの語尾を使って造語をしている場合があるので、化身、拡張体など様々にある神々の姿の中でも最高の神、という意味と考えるべきでしょう。したがって、最高神あるいは絶対神の至高の人格、というのが厳密な訳語になると思いますが、ここでは日本語としての流れの良い「至高の人格神」という表現にします。)
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:13 | 「簡単な惑星旅行」

簡単な宇宙旅行 1

こちらは、プラブパーダがインドにいらした頃に書かれた'Easy Journey To Other Planets'の翻訳です。初版は1959年に発行されました。科学と宗教に関するヴェーダの見解が詳しく述べられています。自分の勉強のために訳したので、いろいろ間違いもあるかもしれませんがご了承ください。

「簡単な宇宙旅行・・・究極のヨガの実践による方法」
A.C. バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダ著

前書き

生命体、ことに文明化した人間は、永遠に幸せに生きる自然な望みを持っています。これは、生命体が本来永遠であって幸せであることを考えると至極当然なことです。しかし、現状のような制約された状態では、生命体は終わることなく繰り返す生と死に苦しんでいます。幸せも永遠の生命も得られていません。

近年になって、人間は他の惑星に行きたいという大きな願いを持つようになりました。これもまた、ごく自然なことです。生命体には元来物質的な宇宙と霊的な宇宙の両方でどこにでも行ける権利があるからです。

このような旅行は、いかにも心をそそるし、考えるとわくわくするものです。どちらの宇宙にも様々に異なる惑星が数限りなく存在するし、そのどれにも様々な生命体が住んでいるからです。こうした幾多の惑星に到達するためには、ヨガという手段が必要です。ヨガを実践することで、どこであれ希望する惑星に行けるのです。永遠の生命と限りない喜びに加えて様々な快楽までも得られる惑星に行けるかもしれません。いったん霊的な惑星に辿り着いてそこで得られる自由を得た者は、生老病死の地であるこの惨めな惑星に帰ってくる必要はなくなります。

生命体にとって完成された状態とは、これなのです。誰でも個人的な努力によって簡単にこの状態に達することができます。バクティ・ヨガを指示された通りに一人で家で実践するだけでいいのです。この方法は、正しい指導に従いさえすれば単純で楽しいものです。本書は数あるヨガの手法の中でも最も高度なバクティ・ヨガという手段によって人が他の惑星に旅する方法を提供する試みです。市民一般、および哲学者、宗教学者の皆様にも一助となれば幸いです。
by ammolitering4 | 2008-01-27 09:11 | 「簡単な惑星旅行」