霊的なヨガ 1章、2章

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霊的なヨガ 第一章 豚や犬のようであってはならない。

第1段落

(サンスクリット引用)

主リシャバーデヴァは息子たちにおっしゃいました。「私の愛しい息子たちよ。この世界で物質的な体を受け入れた全ての生命体の中で、この人間の体を授かった者は、単に感覚の満足のためだけに昼も夜もあくせく働くべきではありません。それは糞を食べる犬や豚にも与えられています。人は献身奉仕の神聖な立場を得るために苦行や禁欲にいそしむべきです。そのような活動によって人の心は浄化され、そしてこの立場を得るとき、人は物質的な幸せを超越して、永遠に続く恒久的で幸せに満ちた人生を得ます。(SB5.5.1)

第2段落

この節で主リシャバーデヴァは息子たちに人間の人生の大切さについて教えられます。デハ・バークは、誰であれ物質の体を受け入れる者を指します。しかし、人間の形を授けられた生命体は動物とは異なる行動をしなければなりません。犬や豚などの動物は糞を食べて感覚の満足を楽します。一日中大変な苦労をしたあと、人間は夜になって食べることと酒を飲むことと性交をすることと眠ることで楽しもうとしています。同時に、彼らは正しく身を守らねばなりません。しかし、これは人間の文明ではありません。人間の人生は、霊的な人生の進歩のために自主的に苦しみを受けることを意味します。もちろん、動物や植物の人生にも苦しみはあります。それは彼らの過去の悪行によるものです。しかし、人間は神聖な人生を受け入れるために自発的に苦行と禁欲という形の苦しみを受け入れるべきです。神聖な人生を得た後は、人は永遠に幸せを楽しむことができます。結局、どの生命体も幸せを楽しもうとしていますが、物質の体に閉じ込められている限り、異なる種類の悲惨さに苦しまねばなりません。人間の形の中には、より高度な感覚があります。私たちは、永遠の幸せを得て至高神のもとへ帰るために、優れた助言に従って行動すべきです。

第3段落

この節で、政府および自然な保護者である父が従属者を教育して彼らをクリシュナ意識に引き上げるべきであるというのは大きな意味があります。クリシュナ意識が欠けているとき、生命体は永遠に生と死の循環の中で苦しみます。彼らをこの呪縛から解放して幸福になれるようにするため、バクティ・ヨガ、すなわちクリシュナ意識が教えられるべきです。愚かな文明は、人々にどうやってバクティ・ヨガの水準に上がるかを教えることとを怠ります。クリシュナ意識なくしては、人は豚や犬に優るものではありません。リシャバーデヴァの教えは、現在とても必要とされています。人々は感覚の満足のために一生懸命働くように教育と訓練をされていて、人生に至高の目的がありません。人は生計を立てるために朝早く家を出て、混んだ電車に詰め込まれて通勤します。降りる駅(place of business)に着くのに一時間も二時間も立っていなければなりません。そして今度はさらにバスに乗って事務所に向かいます。事務所では9時から5時まで一生懸命働きます。そして二時間も三時間もかけて家に帰ります。夕食の後は性交をして眠ります。これだけ大変な思いをして、彼の唯一の幸せはほんの少しの性交です。(サンスクリット引用)リシャバーデヴァは、人間の生活は犬や豚でさえ楽しめるこのような種類の存在のためのものではないと明確に述べられます。実際、犬や豚は性交のためにこれほど一生懸命働く必要はありません。人間は異なるふうに生きようとすべきであり、犬や豚のまねをしようとすべきではありません。代替方法が言及されています。人間の生活は、タパシャ、禁欲と苦行のためにあります。タパシャによって人は物質的な支配から逃れることができます。人がクリシュナ意識にあるとき、すなわち献身奉仕にたずさわるとき、その人の幸せは永遠に保証されています。バクティ・ヨガ、献身奉仕を習慣づけることで、人の存在は浄化されます。生命体は何度も生まれ変わって幸せを求めていますが、単にバクティ・ヨガを実行することによって、すべての問題を解決することができます。そうすれば、直ちに家へ、至高神のもとへ帰る資格ができます。主クリシュナがバガヴァッド・ギーターにおいて確認していらっしゃいます。(4.9)

(サンスクリット引用)

「私の降臨(appearance、姿、現れ)と活動の超越的な性質を知る者は、体を去った後で再びこの物質世界に生まれることはなく、私の永遠の住処に至ります、おお、アルジュナよ。」

第4段落

ここで、「タパシャ―――苦行と禁欲の意味は何ですか」という疑問があるかもしれません。タパシャとは、聖典と霊的指導者と聖人たちによって与えられた規律や規則に従って自分の人生を形作ることに自主的に同意することです。主リシャバーデヴァは、息子たちにおっしゃいました。「愛しい息子たちよ。猫や犬や豚のように生きることで人生を駄目にしてはなりません。あなた方の貴重な人間の人生をタパシャを受け入れることで活用しなさい。」

第5段落

今度は、「なぜそのような禁止命令があるのですか?なぜ私は動物のように生きるべきではないのですか?なぜ私は聖典や聖人たちや霊的指導者の規制的な原則の下で生きなければならないのですか?」という疑問があるかもしれません。リシャバーデヴァがお答えになります。(サンスクリット引用)「愛しい息子たちよ。もしもあなた方がこのタパシャの原則を受け入れれば、あなた方の存在は浄化されます。」現在では、私たちは物質自然の相、主に無明と熱情によって汚染されています。そのため、リシャバーデヴァは息子たちに、もしも彼らが聖典などの教えに従うなら彼らは自然の低位の相の影響から抜け出せる、と助言しています。

第6段落

では次は、「自分の存在を浄化することは何の役に立つのですか」という疑問が湧くかもしれません。リシャバーデヴァがお答えになります。(サンスクリット引用)「あなたの存在が浄化されるとき、あなたは永遠なる幸福な人生の超越的な水準に位置します。」あなたは幸せを追い求めています。なぜあなたはこの物質存在の中でそんなに大変な苦労をしているのですか?幸せのためです。なぜあなたは感覚の満足を求めているのですか?幸せのためです。なぜあなたはそれほどたくさんの物を所有したいのですか?幸せのためです。なぜあなたは美しくなりたいのですか?幸せのためです。なぜあなたはそんなにたくさんの物を食べたいのですか?幸せのためです。すべての努力において、幸せがあなたの究極の目標です。しかし、今あなたが物質的な源から得ている幸せは一時的です。あなたは陶酔物を摂取することで幸せになるかもしれませんが、それはどれくらいの間ですか?その幸せは一時的です。性交にふけることで幸せになるかもしれませんが、それはどれくらいの間ですか?その幸せは2-3分、あるいは2-3秒しかもちません。そのため、もしもあなたが永遠で永続的な幸せを望むなら、あなたは自分の存在の状態を浄化し、自分を超越的な立場に置かねばなりません。そうすればあなたは永遠の幸せを楽しめます。

第7段落

この幸せはパドマ・プラーナの中で以下のように描写されています。

(サンスクリット引用)

「至高の完全真理はラーマと呼ばれます。なぜなら超越主義者たちは霊的な存在の無限で本当の幸せを楽しむ(ラマンテ)からです。」つまり、超越主義者たちもまた感覚の満足を楽しんでいます。しかし、どうやって?至高存在、パラム・ブラーマの感覚の満足に奉仕することによってです。ラマンテは「感覚の満足を楽しむ」ことを意味します。例えば、クリシュナの名前の一つは「ラーダー・ラマナ」、「永遠の恋人(consort、通常は妃)ラーダーラーニーと一緒に感覚の満足を楽しむ者」です。つまり、感覚の満足は超越的な立場にも存在しますが、それはこの物質的な感覚の満足ではありません。物質的な感覚の満足は、霊的な感覚の満足の歪んだ反映です。

第8段落

献身奉仕は霊的な感覚の満足です。ハリシーケナ・ハリシーケサ・セヴァナム。ハリシーカは「感覚」を意味し、ハリシーケサは「感覚の主」を意味します。感覚の主はクリシュナです。つまり、自分の感覚をクリシュナの満足のために使うとき、あなたは超越的な立場にあります。そしてあなたが自分の感覚を自分自身の感覚の満足のために使うとき、それは物質的です。これが違いです。あなたが超越的な水準にあるとき、あなたの存在がタパシャ―――霊的指導者と聖典と聖人たちの導きの下で自主的に禁欲と苦行を受け入れること―――によって浄化されるとき、そのときあなたはクリシュナの感覚を満足させることによって完全に満足します。

第9段落

この過程は、私たちが食べ物を食べるときに体の様々な部位の栄養が行くのに似ています。体の異なる部位は、胃が食べ物を楽しむことに依存しています。彼らは独立して食べ物を楽しむことはできません。あなたが手でおいしいケーキを一切れつまんだと仮定しましょう―――指はそれを独立して楽しむことはできません。しかし、もしも指がそれを口に入れて、それが胃に入れば、そうすれば胃はそれを消化して、それは血となり、そして心臓が血を体の異なる部位に循環させ、あなたの指は栄養を与えられます。これが指がケーキを楽しむための過程です。同様に、献身奉仕においても感覚の満足は存在します―――しかし、それはクリシュナに奉仕することを通してです。そうすればあなたは完全な満足を感じます。

第10段落

本当の人間の人生は、霊的指導者と聖典と聖人たちによって与えられた規制的な原則を自発的に受け入れることによって私たちの存在の状態を浄化することを意味ひます。そして私たちが自分の感覚を至高主への奉仕のために使うことによって浄化されるとき、私たちは本当に自分の感覚を楽しみます。



第2章 偉大な魂たちに奉仕せよ。

第1段落

(サンスクリット引用)

人は高度に発達した霊的な人物に奉仕をすることによってのみ物質的な呪縛からの解放への道に至ることができます。これらの人物は非人格主義者と献身者です。主の存在に同化したいと望む場合も、至高の人格神と関わりたいと望む場合も、人はマハートマーに奉仕をすべきです。そのような活動に興味のない者、女性および性交を好む人々と関わる者にとって、地獄への道は大きく開かれています。マハートマーは中庸です。彼らは、ある生命体と別の生命体の間に違いを見ません。彼らはとても平和的で、完全に献身奉仕にいそしみます。彼らには怒りはなく、すべての人のために働きます。彼らはいかなる不愉快な振る舞いもしません。そのような人々はマハートマーとして知られます。(SB5.5.2)

第2段落

人間の体は交差点のようなものです。人は解放への道をとるかもしれませんし、地獄的な状態への道をとるかもしれません。どうやって人がこれらの道をとるかがここに描写されています。解放への道では、人はマハートマーと関わります。そして呪縛への道では人は感覚の満足と女性に執着した者と関わります。マハートマーには2種類あります。非人格主義者と献身者です。彼らの究極の目標は異なりますが、解放の過程はほとんど同じです。どちらも永遠の幸せを望んでいます。一方は非人格のブラーマンの中に幸せを求め、もう一方は至高の人格神との関わりの中に幸せを求めます。この幸せは最初の節の中にブラーマ・サウクヒャムとして描写されています。ブラーマンは「霊」あるいは「永遠なるもの」を意味しています。非人格主義者も献身者も、どちらも永遠の幸福な人生を求めています。どちらにしても、人は完全になることを助言されています。チャイタンニャ・チャリタームリタには、次のように書かれています。(マドヒャ22.87)

(サンスクリット引用)

物質自然の相から離れているために、人はアサット、すなわち物質主義者である者との関わりを避けるべきです。物質主義者には2種類あります。一方は女性および感覚の満足に執着しており、もう一方は単に非献身者です。積極的な方法はマハートマーとの関わりであり、消極的な方法は非献身者および女の尻を追いかける者を避けることです。

第3段落

マハートマー、偉大な魂とは誰でしょうか。バガヴァッド・ギーターの中で、クリシュナは(サンスクリット引用)とおっしゃいます。偉大な魂とは、神の霊的な自然、すなわち霊的エネルギーに依存した者です(to take shelter of)。神は物質エネルギーと霊的エネルギーという二つのエネルギーをお持ちであり、これらのエネルギーの存在から私たちは神が存在すると理解することができます。太陽光の存在から私たちが太陽が空に上ったと理解できるようなものです。光は単に太陽のエネルギーなので、朝、窓の外を見て空に光があるのを見ると同時に、あなたは太陽が上ったと理解することができます。同様に、主の霊的および物質的なエネルギーの存在によって、私たちは神の存在を理解することができます。そうでなければ、これらのエネルギーはどこから来たのでしょう。ヴィシュヌ・プラーナには、以下のように述べられています。

(サンスクリット引用)

「一つのところにある火が光で全体を照らすように、至高の人格神、パラブラーマンはご自分のエネルギーを宇宙全体に行き渡らせます。」リシャバーデヴァによって語られたこの節では、マハットおよびマハーンタスという言葉は、主の霊的なエネルギーに依存したマハートマーを指します。もしも人が物質的な人生の呪縛から、、、生と死と老いと病の悲惨さと他の非常に多くの苦しみから、、、解放されたいなら、人はそのような偉大な聖人たちに仕え、彼らの指導のもとで苦行をしなければなりません。

第4段落

そして、どうしたらあなたは誰が主の霊的エネルギーに依存していると理解できるでしょうか。リシャバーデヴァは(サンスクリット引用)とおっしゃいます。「マハートマーはいつも中庸で、誰もを平等に見ます。」主クリシュナはバガヴァッド・ギーター(5.18)において、次のようにおっしゃいます。

(サンスクリット引用)

「謙遜なる賢者たちは、本当の知識の力によって、学識があって穏やかなブラーマナ、牛、象、犬、犬食い(outcast、最下層の人々)を公平な視点で見ます。」マハートマーは、すべての者を平等に見なします。彼は「彼はアメリカ人だ。だから私は彼に親切にしよう」とか、「彼はインド人だ。だから私は彼に親切にしよう」とか、「彼は黒人だ。だから私は彼に親切にしよう」などとは考えません。違います。彼はすべての者に親切なのです。

第5段落

マハートマーのもう一つの性質は、彼はプラサーンター、つまりいつもとても平和的であるということです。彼は自分が純粋な霊、クリシュナの永遠の従者だと知っているので、いかなる物質的な状態によっても乱されません。また、彼はヴィマニャヴァ、怒りがなく、スーリダー、すべての者の幸せを望む者です。それがマハートマーの視点です。彼は、人々が神を意識することなく、自分の神との関係を理解することなく苦しんでいるのを見ます。そのため彼は人々に教えようとします。したがって彼は忍耐強く(ティティクシャヴァ)なければなりません。彼が人々のクリシュナ意識について教えようとするときは、非常に多くの侮辱、非常に多くの不便さがあります。彼は乱されることなくそれらを忍耐しなければなりません。西洋の国々では、主イエス・キリストがこの忍耐強さに性質を完全に示されました。彼が神の意識について伝道していたので、国家は彼を十字架に掛けるように命令しました。それでも彼は「彼らを許してください」と神に祈りました。このように、平和的であること、誰もを平等に見ること、怒りがないこと、忍耐強いこと、慈悲、、、これらはマハートマー、あるいはサードゥー、聖人の性質です。

第6段落

私たちはそのような人を見つけ、その人と関わり、完全に服従してその人に奉仕をしなければなりません。主クリシュナはバガヴァッド・ギーターの中で次のようにおっしゃいます。(4.34)

(サンスクリット引用)

「単に、霊的指導者に近づいて真実を学ぼうとしなさい。彼から受動的に知識を乞い、彼に奉仕をしなさい。自己に気がついている魂は、真実を見たので、あなたに知識を授けることができます。」

第7段落

サードゥーへの奉仕の反対は、ヨシターム・サンギ・サンガム、過度に女性に執着した者との関わりです。実際には、ヨシタームは快楽的なものすべてを指します。私たちを惹きつけるものはたくさんあります。どの感覚も、それぞれに快楽の対象を持っています。目は美しい姿を見たがります。舌はとてもおいしい食べ物を楽しみたがります。耳は素敵な歌声に魅了されます。鼻腔は甘い香りに惹きつけられます。そして肌は柔らかいものを触りたいと欲します。これらのすべてがヨシターム、快楽の対象であり、人々は一般にこれらのすべてに魅力を感じます。彼らは映画に行ったりワインを飲んだり、レストランやクラブに行ったり、いろいろします。そして、もしも私たちが感覚の満足のためにこれらすべてのことに執着している人たちと関わるなら、そうすれば私たちのために地獄への扉が開きます。

第8段落

そのため、あなたはどちらの扉に入るかを選ばなければなりません。一つの扉は繰り返す生と死の呪縛からの解放に続いていて、家へ、至高神のもとへと帰す道に私たちを置きます。そして、もう一つの扉、感覚の満足の扉は、暗闇に続いています。(サンスクリット引用)私たちが感覚の満足にふければふけるほど、あるいは感覚の満足にふける人と関われば関わるほど、私たちは地獄的な人生にますます深く下りていきます。

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東京のお寺に連絡をしたのですが、どうも届いていないみたいです。メールでの連絡ができない状態なのか、ご存知の方はいらっしゃいませんか?

それと、念のために確認なのですが、日本語で既に出ている書籍は以下の通りだと伺っていますが、その後追加されたものなどはありませんでしょうか。既にどなたかが翻訳なさったもの、あるいは翻訳が進行中のものと重複しないようにしたいので、何かご存知の方はどうかお知らせください。

(日本語書籍)
1. バガヴァッド・ギーター

2. シュリマッド・バーガヴァタム(第1巻の第一章)

3. クリシュナ

4. イショパニシャッド

5. ネクター・オブ・ディヴォーション

6. ハイヤー・テイスト(旧版)

7. カミング・バック

なお、このサイトにある書籍は以下の通りです。
1. 簡単な惑星旅行 Easy Journey to Other Planets

2. 生と死の彼方に Beyond Birth and Death

3. クリシュナ意識への上昇 Elevation to Krishna Conciousness

4. 比類なき贈り物 Matchless Gift

5. 完璧な問い、完璧な答え Perfect Questions, Perfect Answers

6. 霊的なヨガ(未完) Spiritual Yoga
by ammolitering4 | 2009-06-22 04:32 | 「霊的なヨガ」


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