クリシュナ意識への上昇(第一章16段落より)

クリシュナ意識への上昇(第一章16段落)
Elevation to Krishna Consciousness

第一章

第16段落

これら生命体のすべてが、体と心に関係する悲惨さを含む三重の苦しみを受けます。動物は自分が苦しんでいることを理解できませんが、人間はできます。自分が苦しんでいることを知らない者は、動物の意識にあります。動物は柵の後ろにいて屠殺される運命にあるかもしれません。しかし、彼らはそれを理解できません。人間として、私たちは自分たちが生老病死の痛みを苦しんでいることを気付いているべきであり、これらの悲惨さを避けるにはどうしたらいいのかを知ろうとすべきです。私たちは生の初めから苦しんでいます。胎児のころ、私たちは母親の子宮の中に9ヶ月も窮屈に詰め込まれていました。生まれてからも苦しみは続きます。母親は大事に子供の面倒を見るかもしれませんが、それでも子供は泣きます。なぜでしょうか。子供は苦しんでいるからです。虫が刺したか、お腹が痛いか、その他の病気だったりします。何であれ、苦しみは続きます。また、学校に行きたくないのに行かされることにも子供は苦しみます。子供は勉強したくありませんが、先生は構わず宿題を出します。もし私たちが注意深く自分の人生を分析するなら、それが苦しみに満ちていることが分かるでしょう。一般的に、制約された魂はあまり知性的ではありません。そして、そのために彼らは「なぜだろう」と問うことなく苦しみ続けるのです。私たちは、しかし、この苦しみが存在することを理解すべきです。そして、もし治療法が存在するのならそれを利用しなければならないのです。

第17段落

偉大なる賢者リシャバーデヴァは、息子たちに次のように教えました。「私の愛しい息子たちよ。この世において、あなたがたはこの美しい体を得ました。さて、あなた方は、それが豚や犬の体のように感覚の満足のために使われるべきものではなく、霊的な理解のために使われるべきものであることを知るべきです。」つまり、リシャバーデヴァは、感覚の満足のための人生は豚のように糞を食べる者のためにあり、今こうして高度な形の生命を得た私たちは低位の生命の真似をすべきではない、とおっしゃるのです。最近、ニューヨーク市のセントラル・パークを歩いていたとき、アメリカ人の若い男女が豚を崇拝しているのを見かけて驚きました。私たちがハレ・クリシュナを唱えていたとき、これらの若者たちの集団は「豚!豚!豚!」と唱えていました。彼らは実際にセントラル・パークの中を豚と一緒に行進していて、豚の前で頭を下げて彼らを崇拝していました。彼らは実際に一頭の豚が大統領になることを望み、豚たちに彼らを率いて欲しいと望んでいました。これは本当に度を過ぎてしまい、シアトルでのあるビー・インでは、若い男女が衣服を脱ぎ捨てて泥に入り、豚と一緒に遊ぶ、というデモンストレーションさえありました。そして、このようにして彼らは自分たちの崇拝する豚と付き合っていたのです。これらのことのすべてが、若い人々が見た目の良い体とたくさんのお金と、他の国の若者たちが持たない多くの有利さを持っている国で行われているのです。これらのすべての有利さを得た結果、彼らは単に豚を崇拝するようになってしまいました。そのような豚の崇拝は、遠い遠い昔に予知されており、少なくとも五千年前に編纂されたシュリマッド・バーガヴァタムに描写されています。要点は、人生における美しい状況は、堕落した崇拝の形のためではなく、美しい結末のために使われるべきだということです。

第18段落

ヴェーダの歴史において、非常に多くの高貴な皇帝たちや王たちが禁欲と苦行を実行しました。ドゥルヴァ・マハーラージャ、アムバリシャ・マハーラージャ、そしてユディシュシラ・マハーラージャは、皆偉大な王であり、非常に裕福でしたが、同時に偉大な聖人でもありました。このようにして彼らは、経済的な発展と快適な暮らしのためのすべての便宜を備えた美しい人間の形をした生命形態という幸運を得た者たちのために、見本をお示しになったのです。この機会は、さらに良い暮らしを得るために使われるべきです。そして、それは苦行を実行することによって実現できます。現在では、私たちはこの物質的な体の中に存在していますが、もし私たちがクリシュナ意識のプロセスを習慣づけるなら、私たちの意識は浄化されるでしょう。アメリカ人であってもヨーロッパ人であっても、自発的にクリシュナ意識を訓練している生徒たちは、とても喜んでそうしています。そのプロセスは面倒なものではなく、喜ばしいものです。今では彼らは、動物の暮らしと人間の暮らしの違いは浄化された存在にある、ということを理解しつつあるのです。

第19段落

もし私たちが単にクリシュナ意識の基本的な規制に従うことによって自分の存在を浄化するなら―――それは不道徳な性交と肉食と陶酔物と賭け事を慎むことですが―――私たちは徐々に完全に純粋な本来の霊的な存在にたどり着けるでしょう。賢者ルシャバーデヴァは息子たちに、彼らが自分の存在を浄化するなら無限の幸せを得るだろう、とおっしゃいました。私たちは皆、平和と幸せを得るように意図されています。しかし、私たちがこの物質的な世界で見つける平和と幸せは、どれも有限です。もし私たちが自分の存在を浄化して霊的な存在に辿り着きさえすれば、私たちは無限の平和と幸せを経験するでしょう。

第20段落

霊的な世界は無味乾燥でもなく抽象的でもありません。先に指摘したように、そこには多様性があるのです。ヴァイクンサで経験される霊的な喜びの一つは踊ることです。そこにも若い娘たちや若者たちがいます。実際、そこには老齢や病や死や、誕生の痛みというようなものはないのです。もし私たちが霊的な世界における私たちの本来の生得権である無限の幸せと知識と永遠の生命に加わりたいなら、私たちはこの人生を感覚の満足のためにがむしゃらに働いたり豚を崇めたりすることで無駄にすべきではありません。私たちは、クリシュナ意識を培うことに捧げられた人生を受け入れるべきであり、そうすれば無限の幸せと無限の喜びを得るでしょう。これがクリシュナ意識運動の要点なのです。
by ammolitering4 | 2009-05-14 04:31 | 「クリシュナ意識への上昇」


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