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新しい本

こんにちは。翻訳も途中だというのに、つい他の本に手を出してしまいました。読んでるだけで翻訳する予定はないのですが、2007年に出された学術論文で、ハレ・クリシュナの体質の変化を追ったものです。ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、この哲学が北アメリカに広まったあと、プラブパーダの身体的な衰弱に比例するように様々な問題が生じ始めました。問題は主に3つあり、一つは全寮制の学校での子供の虐待、もう一つは女声の蔑視、そしてもう一つはお金と権力に関することでした。

子供のことと権力争いのことでは、大きな刑事事件に発展したほどです。ハレ・クリシュナ内部での殺人事件も起きました。子供の虐待は慢性的で、身体的、精神的、および性的な虐待がなされました。基礎学習のレベルが極めて低かったこと、生活能力やコミュニケーション能力など、大人になって生きていく上で必要な学習ができない環境だったことも問題でした。虐待によって重度の身体障害を抱えてしまった子供たちもいます。

多額の賠償金を請求され、ISKCONは破産宣告をしなければならないほどに追い詰められました。経緯を考えると自業自得なのですけれど。。。このような犯罪行為の詳細については'Monkey on a Stick'という本に詳しく書かれています。おどろおどろしい内容です。なお、こういう虐待が北米に集中していたのは興味深い事実です。

今読んでる本は'Hare Krishna Transformed'というタイトルです。これはドキュメンタリーとして細かいことを追っているのではなく、なんでこういう問題が起こったのか、これからどうなっていくのか、ということを、子供と女性と家庭生活に焦点を当てて考証したものです。文章は堅苦しくてやや難解ですが、非常に面白い内容なので、手に入るようでしたらぜひ読んでみてください。

随所にプラブパーダの発言が引用されています。文書に収録されていないものもあるので、いつか抜き出してご紹介したいと思います。

ハレ・クリシュナ運動が北米に入ってきたのは1960年代終わり頃のことです。第二次世界大戦の記憶もまだ新しく、ベトナム戦争なんかがリアルタイムで影響していて、友達とかお兄さんとかが戦争に行って帰ってこなかったという人もざらにいた時代です。ヒッピーたちはそんな大人たちの世界に全力で反抗していました。無気力やフリーセックスや薬物などの形をとっていたとはいえ、その根っこは真剣な拒絶だったのではないでしょうか。

彼らの多くが、同じ真剣さでハレ・クリシュナにのめりこみました。インドでは、別にそんなに革命的にのめりこんだりしないでも普通に存在している宗教性があるので、若い男女が大挙して入信するなどというお祭り騒ぎは起こりようがありません。でも、北米は状況が違ったのです。ハレ・クリシュナの戒律は、よーく考えてみるとかなり厳しいです。普通に北米の物質世界にどっぷり漬かって生きていれば、不可能とも思えるものです。正直言って私も全然守れません。

熱にうかされたように一生懸命だったとはいえ、もともと宗教的な土壌のないところでヒッピー上がりの若者たちが集まって狂信的なまでに改革を実行したので、彼らの共同体は現実面で極めて不安定でした。頼みの綱のプラブパーダは、農業コミュニティーや学校やお寺が世界に広がる頃には体力も衰弱し、とても隅々まで細かく目を渡らせることはできませんでした。心細さと権力への野望につけこむように、思い込みや精神的な推量が入ってきたのは当然の成り行きだったでしょう。

本書は、ニュー・ブリンダーヴァンでの殺人事件で容疑濃厚とされた人の生徒だった若者へのインタビューで始まります。ハレ・クリシュナ運動の中に生まれた彼の生い立ちと、クリシュナ意識運動への思い、現在の状況など、細かく述べてあってとても興味深いです。とくに、全寮制学校での虐待の様子と、普通の学校と社会に出て行ってからの心の動きなど、一読の価値があります。

この虐待問題がはっきりと表れたのは、プラブパーダの死後に急速に悪化した学校で教育された子供たちが成人してからのことです。ほんとにすごく最近のことなのです。最後の訴訟が片付いたのなんか、たった3年くらい前だし。ともあれ、彼らの声がはっきりして、お母さんたちが怒りました。虐待は主に男の子に対して行われましたが、それはお母さんを息子から引き離すという制度や圧力に起因するところが大きかったのです。

それで性的な差別の問題も浮上し、やがてISCKONは女性信者をもっと尊重するようになりました。前はかなりはっきりと「女性は下、女性は後ろ、女性は静かに」というふうに物事が行われていたのです。それで、女性がもっと平等に扱われるようになると、それに反発する男性信者の声が大きくなりました。彼らの言い分にも、ちゃんとそれなりに筋道があるのです。それなりどころか、彼らは原理主義者でした。ヴェーダによると、プラブパーダによると、というのをよりどころにして発言していたのです。

現在では、性差別主義であるとの非難が圧倒的で、彼らの声はかき消されたようになっています。それがいいのか悪いのか、私には分かりません。女性と男性は元来違うものであり、違う役割を持っています。それで互いが助け合って共に成長しなさい、というのがヴェーダの教えであるのです。プラブパーダもそれを強調なさいます。

男は強く守り、女は優しくはぐくみ、、、というのは、永遠の真理というか、理想ではないでしょうか。あいにく物質的な現実世界は理想的ではないので、何かと問題が起こります。でも、問題が起こったから制度を覆すというのも乱暴な気がします。プラブパーダが時折使われる例ですが、白内障になったら目をえぐり出すというのではなくて手術しなさい、というのは真理だと思うのです。

この本の最後は、経済的に窮地に陥った北米のハレ・クリシュナ運動がインドからの移民を受け入れてインド化しつつ既成宗教への道を歩み始めている、というところで終わっています。それは実際にそう感じます。お寺に行っても、説教の時間にはほとんど誰もいなくて、キールタンになると増えてきて、プラサーダの時間になるとインド人でぎっしり埋まる、という現実があるからです。

それを嫌がる純粋な信者もいるようですが、私はこういうふうに緩やかに根付くのがいいんじゃないかなと思います。当初のカルト的な熱は冷め、一時的にひどく落ち込み、いろんな問題の存在も明らかになり、でも少しずつ影響しながら根付いていく、、、ハレ・クリシュナは辿るべき道をちゃんと辿っているのではないでしょうか。
by ammolitering4 | 2009-05-10 14:56 | ハレ・クリシュナ運動 | Comments(5)
Commented at 2009-05-13 13:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by bvd at 2009-05-14 00:41 x
うちの家内は高校生の時、monkey on a stick も読んでお寺に入ったと言ってました。当事者にとっては受け入れがたいでしょうが、いつの日か、すべての幸不幸の元は外的要因ではなくて、自分の内にあることを理解できたらいいですね。
Commented by ammolitering4 at 2009-05-14 04:42
あの本を読んだ上で、それでも教えへの信頼が崩れなかったというのは素晴らしいことですね。おっしゃるように、すべては身から出たサビ。原因を忘れてしまっていても、それがなくなったわけではないことを覚えてければなりませんね。嫌なことがあると、つい状況のせいにしたくなるので、自省の意味を込めて。。。

上記の本は、どちらも地元の図書館などで手に入ると思います。monkey on a stickのほうは、私は詳しく読む気にはなりませんでした。人間の弱さ、という一言で済む内容ではないかと思います。重いですけど。すごく。そういう事実があったということを知って、もう一冊のほうを読んだほうが前向きでいいのではないかと思いました。
Commented by bvdasa at 2009-05-18 00:42 x
どうも英語は苦手なので原文を読む気にはなれませんが、「組織」っていうのは、どこでも難問を抱えてるんじゃないかという気がします。
夕べはひさしぶりにいいバジャンに参加できました。僕のブログから見られます。ハレークリシュナ!
Commented by ammolitering4 at 2009-05-18 05:24
バジャンの様子が見られて嬉しかったです。小ぢんまりした家庭的なお寺みたいですね。私たちも今日はお寺に行こうと思っています。主人は早めに行って庭師さんの手伝いをするんだと言って張り切っています。

組織は、ほんとにどこでも問題がありますね。キリスト教を見ただけでも、長い歴史の中には様々に問題があったものです。ハレ・クリシュナの問題なんか、問題のうちにも入らないくらいです。外見が変容しても、真実が伝え続けられればいいですね。
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