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完璧な問い、完璧な答え 第6章-1

第6章完璧な献身者1972年2月29日夜

Ssスリラ・プラブパーダ、今日の午後、私たちは苦行について語っていましたね。
SPふむ?
Ssもしも私たちが自発的に苦行を行わないなら、その場合は何らかの苦行を強いられるのですね。
SPそうです。霊的指導者の指南の下で、人はそうすべきです。。。あなたには苦行をしたいという気持ちは全くなくても、もしも霊的指導者を受け入れるなら、あなたは彼の命令を実行しなければなりません。それが苦行です。
Ssたとえ苦行をしたくなくても、しなければならないのですね。
SPそうです。しなければなりません。あなたは霊的指導者に服従したので、彼の命令は絶対です。だからたとえ好まざるとも、しなければなりません。私を喜ばせるために。
Ssああ。
SPしかしあなたはそれを好まない。。。(プラブパーダ、笑う)誰も絶食したいとは思いません。しかし霊的指導者が「今日は断食です」と言います。一体何ができるでしょう。(シャーマスンダラ、笑う)弟子とは、霊的指導者によって統制されることに自分の意思で同意した者です。それは苦行です。
Ss例えば、私たちの両親や物質世界の多くの人々のように、物質的な人生に完全に魂を奪われた人々―――彼らは苦行や肉体的な痛みを受けたがりませんが、それでも彼らもそうしなけばならないのですね。彼らは自然によって苦行に苦しむことを強いられます。
SPそれは強いられた苦行です。それはよくありません。自らの意思による苦行は助けになります。
Ssもしも自発的な苦行をしないなら、苦行をするように強いられなければなりませんね。
SPそれが人間と動物の違いです。動物は苦行を受け入れることができません。しかし人間は受け入れることができます。菓子屋においしい食べ物があり、人間はそれを食べたくてもお金がないと気づけば自分を規制することができます。しかし、牛が来ればすぐさま口を突っ込むでしょう。棒で叩いても、牛は我慢します。牛はそういうふうにするのです。したがって、動物は苦行をすることができません。私たちの苦行はとてもよいものです。私たちはハレ・クリシュナを唱え、踊り、クリシュナが大変素晴らしい食べ物を送ってくださるので、それを食べます。それだけです。なぜあなたの国の人たちはこのような苦行に同意しようとしないのでしょうか。マントラを唱えること、踊ること、そしておいしいものを食べることに?
B何とおっしゃいましたか?
SP私たちは苦行をしているので、クリシュナは良いものを送ってくださいます。だから私たちは敗者ではないのです。あなたがクリシュナ化されるとき、そのときあなたは現在よりももっと多くの快適さを得ます。それは事実なのです。私は過去20年間一人で住んでいますが、困難はありません。サンニャーサを受ける前はデリーに住んでいましたが、困難はありませんでした。
Ssもし霊的な統制を受け入れないなら自然が多くの不幸を強いるのですね。
SPその通りです。それはバガヴァッド・ギーターに述べられています。(サンスクリット引用)「物質自然の3つの相からなる、私のこの聖なるエネルギーは、乗り越えることは困難です。しかし私に服従した者は簡単にそれを越えることができます。」マーヤーはたくさんの困難を強いていますが、クリシュナに服従すればもはやそれらが強いられることはありません。
Ss私たちはとても愚かなので、いつも「いつか幸せになるだろう」と考えていました。
SPそうです。それがマーヤー、幻想です。ロバのようなものです。ロバの背に座り、一掴みの草を差し出します。ロバは「ちょっと前に進もう。そうしたら草が食べられる」と考えています。(ボブ、笑う)しかし、それはいつも30センチ先にあるのです。それがロバ主義です。(皆、笑う)皆が「もうちょっと先へ進もう、そうしたら手に入れられる、私はとても幸せになるだろう」と考えています。
B本当に、、、本当にありがたく、、、
SPふむ?
B明日はここを去らなくてはならないのです。そして―――
SP去ること(リーブ)を語らず、生きること(リブ)を語りなさい。
B今はまだできません。でも明日は自分の町に帰ることを考えていたのですが、しかし、、、
SP帰ってはなりません。
B明日もここに―――ここにいるべきですか?
SPここにいなさい。
Bあなたがそうおっしゃるなら、そうします。
SPそう。あなたはとても良い若者です。(長い沈黙あり。前よりずっと静寂が深い)それはとても単純です。生命体がクリシュナを忘れるとき、彼らはこの物質世界にいるのです。クリシュナは、神の名前、形、住みか、娯楽―――すべてを意味します。
B最後のは何ですか?
SPああ?娯楽です。
B娯楽ですか。
SP王のことを語るときは、それは王の政府、宮殿、妃、王子たち、秘書たち、軍事力―――すべてを意味します。そうではありませんか?
Bはい。
SP同様に、クリシュナは至高の人格神なので、クリシュナのことを考えれば、それはクリシュナのすべてのエネルギーを意味します。それは「ラーダー・クリシュナ」というときに完成します。ラーダーはクリシュナのすべてのエネルギーを表しています。そしてクリシュナは至高神です。だから私たちがクリシュナのことを語るときは生命体も含まれます。生命体はエネルギー、クリシュナの異なるエネルギー―――優性のエネルギーだからです。このエネルギーがエネルギー源に仕えていない状態、これが物質的な存在です。世界全体がクリシュナに仕えていません。彼らは異なる方法でクリシュナに仕えています。彼らは間接的に仕えているのです。ちょうど従順でない市民が政府に間接的に仕えるようなものです。囚人は国家の法律に従わなかったかどで刑務所に送られます。刑務所では彼らは国家の法律に従うように強制されます。同様に、ここにいるすべての生命体は無明あるいは選択によって神を持ちません。彼らは神の至上権を受け入れるのを好みません。悪魔的なのです。だから私たちは彼らを本来の状態に連れ戻そうとしています。それがクリシュナ意識運動です。
Bちょうど献身者たちと話していたことについてお尋ねしたいと思います。医学です。私は今日、何人かの献身者たちと一緒に川へ歩いて行きました。私は風邪を引いているので、「水には入らないほうがいい」と言いました。何人かは「この川はガンジスなので入ったほうがいい」と言い、別の人たちは私は風邪を引いているので入るべきではないと言い、そして私たちは語り合ったのですが、私には分からないのです。私たちは過去の悪い行いのために病気になるのですか?
SPそうです。それは事実です。
Bでも場合によっては、、、
SP私たちの苦しみは、すべからく私たちの過去の不善なる行いの結果です。
Bしかし、ある人がカルマの影響から離れれば、、、
SPそうすれば?
B、、、その人はそれでも病気になりますか?
SPなりません。たとえ病気になっても、それはとても一時的です。たとえば、この扇風機は動いています。もしコードを抜いても、しばらくは動きます。その動きは電流によるものではありません。それは動力です―――この動力は物理学的には何と言いましたか?
Ss惰性です。
SP惰性ですね。しかし、それが止まってしまうと、もはや動きはありません。同様に、たとえクリシュナに服従した献身者が物質的な結果に苦しんでいても、それは一時的です。したがって、献身者は物質的な惨めさを惨めさと受け取りません。それをクリシュナの、神の恵みであると受け取るのです。
B完成された魂、献身者、純粋な献身者とは、、、
SP完成された魂とは、一日24時間クリシュナ意識で過ごす者のことです。それが完成です。それは超越的な立場です。完成とは人の本来の意識でいることです。それが完成です。それはバガヴァッド・ギーターに述べられています。(サンスクリット引用)「それぞれの性質に合った仕事をすることで、すべての人が完成に至ることができます。」完全な完成です。サムスィッディ。スィッディは完成です。それはブラーマン意識であり、霊的な認識です。そしてサムスィッディは献愛を意味し、それはブラーマン認識の後に来ます。
B最後のおっしゃったことを、もう一度言っていただけませんか?
SPサムスィッディ。
Bはい。
SPサムは完全なという意味です。
Bはい。
SPそしてスィッディは完成を意味します。バガヴァッド・ギーターでは、家へ帰る者、至高神のもとに帰る者は完成を得たのである、と述べられています。完成は、人が自分はこの体ではなく霊魂であると気づくときに訪れます。したがって、もしも誰かが既に献身奉仕をしているなら、ブラーマン認識はすでにそこにあると理解されます。したがってそれはサムスィッディと呼ばれます。
B謹んでお尋ね申し上げるのですが、あなたは病気になったり具合が悪かったりすることはおありですか?
SPふむ?
Bあなたは個人的に病気や体調の悪さを感じますか?
SPはい。
Bそれはあなたの過去のカルマの結果ですか?
SPそうです。
Bでは、この物質世界にいる者は決して完全にカルマを逃れることはないのですか?
SPいえ、逃れます。献身者にはもはやカルマはありません。カルマの結果もありません。
Bしかしあなたは最高の献身者でいらっしゃるに違いありません。
SPふむ。。。いいえ、私は自分が最高の献身者であるとは思いません。私は最低です。
Bとんでもない!
SPあなたこそ最高の献身者です。
B(笑う)とんでもない、とんでもない!しかし、どうも、あなたがおっしゃると―――あなたがおっしゃることは、、、いつも正しいように見えます。
SPはい。
Bではあなたは最高の献身者でいらっしゃるに違いありません。
SPどういうことかと言うと、たとえ最高の献身者でも、伝道をするときは献身者の二流のレベルに来るのです。
B一流の献身者は何をしているのですか?
SP最高の献身者は伝道しません。
B何をするのですか?
SP伝道の必要はないと見るのです。最高の献身者にとっては、誰もが献身者です。(ボブ、大笑いする)そうです、最高の献身者の目には、もはや献身者でない人はないのです―――皆が献身者なのです。そのような人はウッタマ・アディカーリーと呼ばれます。しかし、伝道をしている私はどうして自分が最高の献身者であると言えるでしょう。ラーダーラーニーのようなものです。彼女は誰のことも非献身者であるとは見なしません。だから私たちはラーダーラーニーに近づこうとするのです。
Bそれは誰ですか?
SPラーダーラーニー、クリシュナの恋人です。
Bああ。
SPもし誰かがラーダーラーニーに近づけば、彼女はクリシュナに「ここに最高の献身者がいます。この人は私より優れています。」とクリシュナに勧め、クリシュナはこの人を退けることができません。それが最高の献身者です。しかし、それを真似ようとしてはなりません。「私は最高の献身者になった」(サンスクリット引用)二流の献身者は神をねたんでいる者がいるという見方をしていますが、これは最高の献身者の見方ではありません。最高の献身者は「神をねたむ者などいない。誰もが私より優れている」と見なします。「チャイタンニャ・チャリタームリタ」の著者であるクリシュナダーサ・カヴィラージャのようなものです。彼は「私は糞の中のウジよりも低い」と言います。
B誰がそう言うのですか?
SPクリシュナダーサ・カヴィラージャ、「チャイタンニャ・チャリタームリタ」の著者です。(サンスクリット引用)彼はわざとそう言ったのではありません。本当にそう感じているのです。「私は最低だ。皆が最高で、私は最低だ。誰もがクリシュナに仕えているのに、私は仕えていない」チャイタンニャ・マハープラブは、「おお、私にはクリシュナへの献愛の情がこれっぽっちもない。私はわざと泣いて見せている。もし私がクリシュナの献身者であったなら、とっくの昔に死んでいたはずだ。でも私は生きている。それは私がクリシュナを愛していない証拠だ」それが最高の献身者の見方です。彼はクリシュナへの愛にあまりにも没頭しているので、「すべてが起こっているのに、私は最低だ。だから私には神が見えない」と言います。それが最高の献身者です。
B献身者はすべての人の解放のために働かねばならないのですね。
SPそうです。献身者は真正なる霊的指導者の指示のもとで働かねばなりません。最高の献身者を真似るのではありません。
B何とおっしゃいましたか?
SP人は最高の献身者をまねるべきではありません。
Bまねる、、、ああ、そうですね。
by ammolitering4 | 2008-09-09 07:22 | 「完璧な問い、完璧な答え」


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