簡単な宇宙旅行 25

私たちは至高主と永遠に繋がっていますが、どうしたわけか今は物質的に汚染された状態にいます。したがって、再び霊的な世界に戻るための手段を取らねばならないのです。私たちを霊的世界に繋げるその手段はヨガと呼ばれます。ヨガという言葉の本当の訳語は「足す」です。現在、私たちは自分たちから神すなわち至高性を「引いた」状態にあります。これを「足した」状態に、すなわち繋がった状態にすると、私たちの人間としての人生は完成します。生きている間は、その完成地点に辿り付くように修練しなければなりません。そして、この物質の体を手放す死のときに、その完成地点に到達せねばなりません。死のときに準備ができていなければならないのです。たとえば、学生は大学で2年ないし5年準備し、教育の最終試験に臨みます。もしも試験に合格すれば、学位が得られます。同様に、人生という学問では、死に際しての試験のために準備をして合格すれば霊的世界に移行されるのです。死のときにすべてが試されます。

ベンガル語には、「何であれ人が完成のためにしたことは、すべて死のときに試される」というよく知られた諺があります。バガヴァッド・ギーターは、私たちがこの現在の体を手放す死のときに何を為すべきかを描写しています。デャーナヨギー(瞑想者)には、クリシュナは以下のように言います。
(サンスクリット引用)
「隠遁階級にある偉大な聖人であって、オームカーラを口にし、よくヴェーダを学んだ者は、ブラーマンに入ります。そのような完成を望んでいる人は肉体的純潔を守ります。今ここに、解脱を得るための方法を説明します。ヨガの在り方というのは、感覚の満足のためのあらゆる行いから離れることです。すべての感覚の扉を閉じ、心を心臓に、生命空気を頭の頂上に据え置くことで人は世がを完成させます。」(Bg.8.11-12)ヨガ体系ではこの方法はプラテャーハーラと呼ばれます。厳密には「反対」という意味の言葉です。今は目は俗世の美しさを見るのにかまけていますが、これをそれらの美を楽しむことから引き離し、内にある美を見ることに集中しなければなりません。これがプラテャーハーラと言われるものです。同様に、人はオームカーラの音を内から聞かねばなりません。
(サンスクリット引用)
「このヨガの修練を積んで、至高の文字列である聖なる音節オームを振動させ、至高の人格神を思いつつ体を離れれば、人は必ず霊的な天体に至るでしょう。」(Bg.8.13)このようにして、すべての感覚は外的な活動を停止せねばならず、心は主ヴィシュヌの形であるヴィシュヌ・ルームティに集中せねばなりません。それがヨガの完成です。心はとても乱れやすいので、心臓に固定されていなければなりません。心が心臓に固定されていて生命空気が頭の頂上に移動されるとき、人はヨガの完成に至ることができます。

完璧なヨギーは、それからどこに行くかを決めます。無数の物質的な天体が存在し、これらの向こうには霊的な世界があります。ヨギーはヴェーダの聖典からこれらの情報を得ています。例えば、私はアメリカに来る前に本でアメリカについて書いてあることを読みました。同様に、ヴェーダの聖典で高位の天体や霊的世界に関する描写を読むことができます。ヨギーはすべてを知っています。彼はどこであれ好きな天体にいけます。宇宙船は要らないのです。

物質科学者は、もう何年も努力していますし、今後も何百年何千年と努力し続けるでしょうが、どんな天体にも行き着けないでしょう。科学的な方法で一人や二人はどこかの星に行けるかもしれませんが、それは一般的な方法ではありません。他の天体に行くための一般的な方法は、ヨガ体系かジナーナ体系の実践です。しかし、バークティ体系は物質的な天体に行くためのものではありません。至高主クリシュナに対する献身奉仕をしている者は、この物質世界のどの天体にも興味がありません。どの天体に上ったところで、結局物質存在の4つの原理があることを知っているからです。寿命が地球でのそれよりずっと長い天体もありますが、そこにも死があります。クリシュナ意識の者は、しかし、生老病死のあるこの物質的な人生を超越するのです。

霊的な人生とは、この面倒な悩み事や悲惨さからの解放を意味します。知性ある者は、したがって、この物質世界のどの天体にも上ろうとはしません。人は月に至ろうとしており、そこに行くのはとても難しいのですが、もし行ければ私たちの寿命はとても長くなります。もちろんそれは今のこの体に当てはまることではありません。もしこの体のままで月に行けば、瞬間的な死が待っていることは確実です。

ある天体系に入るためには、その天体に適した体を持たねばなりません。すべての天体には、その天体に適した体を持つ生命体が住んでいます。たとえば、私たちはこの体で水に入ることができますが、そこに住むことはできません。15-16時間、ひょっとしたら24時間だっていられるかもしれませんが、それだけです。しかし、水生生物は一生を水の中で過ごすのに適した体を持っています。同様に、魚を水から出して地上に置けば、すぐに死んでしまうでしょう。この地球上に於いてさえ異なる特定の場所に住むための異なる種類の体があるように、同様に、他の天体に行きたいならそれにふさわしい体が得られるように準備しなければならないのです。
by ammolitering4 | 2008-01-27 11:09 | 「簡単な惑星旅行」


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