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簡単な宇宙旅行 19

バガヴァッド・ギーターでは、サナータナであるものについていくつかの描写があります。サナータナ・ダールマの重要性について、この正統なる権威の書から学びましょう。

7章10節にサナータナムという語があります。そこでは、主が「私はすべてのものの根源的な永遠の源であり、したがってサナータナムである」と述べています。ウパニシャッドには、すべてのものの根源的な源は完全な全体であると描写されています。根源的な源から発するものはすべてそれ自身完全ですが、多くの完全体が完全なサナータナの根源的な源から発しても、サナータナである源は質でも量でもそれによって減少することはありません*。(*シュリー・イーソパニシャッドの「祈り」参照)それはサナータナの性質が不可変であるからです。時間と状況の影響で変化するものはサナータナではありません。したがって、形と性質がほんのわずかでも変化するものはサナータナとして受け入れることはできません。物質的な例を挙げれば、太陽は何万年も何億年も光線を発し続けており、物質的に作られたものであるとはいえ、その形と光線はまだ変わっていません。したがって、作られたことのない存在はたとえすべてのものの種となる源であっても形と性質において変化しようがないのです。

主は、自分はすべての種類の生命体の父である、と主張しています。主は、すべての生命体は、どのようなものであってもすべて自分の欠かすべからざる小片である、と言います。したがって、バガヴァッド・ギーターはそれらすべての生命体のために語られました。ギーターには、至高主のこのサナータナという性質に関する情報があります。また、物質の宇宙からはるかに遠いところにある主の御住まいに関する情報もあり、生命体のサナータナなる性質に関する情報もあります。

バガヴァッド・ギーターにおいて、主は、この物質世界は生老病死の形を取った悲惨さに溢れている、とも述べています。物質宇宙の最高位の天体であるブラーマロカにおいてさえ、これらの悲惨さは存在しています。これらが全く存在しないのは、主御自身の御住まいだけです。そこでは、太陽や月や火などからの明かりは必要ありません。天体は自分で輝いているのです。そこでの生活は終わりがなく、完全な英知と喜びがあります。それがサナータナ・ダールマとして知られるものなのです。したがって、生命体は家へ、至高神のもとへ、帰らねばならないという結論に自然に達するのです。帰って、サナータナ・プルシャやプルショッタマとも呼ばれる主シュリー・クリシュナと共にサナータナ・ダールマに満ちた生活を楽しむために。物質的な存在という、この惨めな地で朽ちるにまかせていてはいけません。ブラーマロカにおいてさえ、物質的な領域に幸せはありません。したがって、物質宇宙内の高位の天体へ上ることを目的とした計画や活動は、知性の足りない者たちが行っているのです。彼らはまた、半神たちに依り頼み、限られた期間だけ持続する恩恵を得ます。このように、彼らの宗教原理とそこから得られる利益は一時的なものでしかありません。しかし、知性ある者は宗教の名を借りたすべての契約を破棄し、至高の人格神に帰依し、万能の父から究極の庇護を受けます。したがって、サナータナ・ダールマはバークティ・ヨガの過程であり、それによって人はサナータナである主とそのサナータナなる御住まいを知るに至ります。この過程を辿ることによってのみ、人はサナータナ、ダールマ、すなわち霊的な宇宙に帰ってそこに偏在するサナータナなる楽しみに参加することができます。

サナータナ・ダールマを辿る者は、今後はこれらの原理をバガヴァッド・ギーターの精神で取り上げるべきでしょう。永遠の原理を受け入れるのを阻むものはありません。あまり啓発されていない人々でも、至高神のもとに帰ることができます。これがシュリマッド・バーガヴァタムの説く教えであり、至高主御自身がバガヴァッド・ギーターの中で語ることでもあります。人類には家に帰る機会が与えられています。これを逃してはなりません。バガヴァッド・ギーターはバーラタ・ヴァルシャの地で語られたので、すべてのインド人は世界の他の場所で本当のサナータナ・ダールマの福音を述べ伝える責任があります。ことに現代にあっては、誤った道に導かれた人々が物質主義の暗闇の中で苦しんでいて、彼らのいわゆる学びは原子爆弾を発見するという結果を導きました。今、彼らは滅亡の危機に瀕しています。サナータナ・ダールマは人生の本当の目的を教えるものであり、誤った道に導かれた人々はこれを学ぶことで多くを得ることになるのです。
by ammolitering4 | 2008-01-27 11:02 | 「簡単な惑星旅行」


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