簡単な宇宙旅行 11

シュリマッド・バーガヴァタム(3巻32章)では、月に行くための方法が以下のように描写されています。

「神の王国のことを全く知らない物質的な人々は、富や名声や尊敬など、物質的なものをかき集めるのにいつも無我夢中です。そのような人々は、自己満足のために自分の家族のますますの繁栄を求め、同じく社会と国家の幸せも求めます。これらの人々は望むものを物質的な行いによって得ます。彼らは規定された義務を儀礼的に為すこと機械的に携わり、また、開示された聖典に示されている供え物をすることで、ピター(祖先)を満足させたり半神を思いのままに操ったりするする傾向があります。そのような犠牲の行為や祝祭日の順守などに一生懸命になっている魂たちは、死後は月に行きます。月に上げられると、ソマ・ラサという天界の飲み物を飲むことができるようになります。月の主神はチャンドラという半神です。月の大気と生活環境は地上のそれよりはるかに快適で優れています。月に達した後で、魂がその機会をさらに上位の天体に上げられるために使わないなら、地球か、それに似た下位の天体に下ろされることになります。しかし、物質的な人々は、たとえ最高位の天体系に辿り付いたとしても宇宙の終結のときに確実に破壊されることになっています。」

霊的宇宙の天体系については、パラ・ヴョマに無数のヴァイクンサ天体があります。ヴァイクンサは主の内的な潜在力の顕現である霊的な天体であり、これらの天体と物質的な宇宙の物質的な天体(外的なエネルギー)との比率は3対1です。したがって、みじめな物質主義者たちは神の創造の中で最も取るに足らない天体の上で利益を求めて取り引きに駆けずり回っているのです。この地球という天体は言うに及ばず、無数の銀河と無数の天体を内包する宇宙全体でさえ、カラシ種がたくさん入った袋の中の一粒のようなものに過ぎません。(訳注;カラシ種は大変小さく、聖書でも「とても小さくて取るに足らないもの」という意味で使われています。)しかし、みじめな物質主義者たちはここで快適に暮らす計画をたて、確実に欲求不満が約束されている事柄に貴重な人間エネルギーを無駄にするのです。駆け引きに時間を無駄にするかわりに、簡素な暮らしと高い霊的な思索の人生を求めて、そうして終わりのない物質的な不安から自分自身を救い出すべきであるのです。

物質主義者が物質的に高度な設備を楽しみたいと望んだ場合は、地上で得られるよりはるかに高度な物質的な快楽を経験できる天体に自分を移動させることができます。しかし、最高の計画は体を離れたあとに霊的な宇宙に戻れるように準備をすることです。しかし、物質的な設備を楽しみたいなら、ヨガの力を使って物質宇宙の他の天体に移動できます。宇宙飛行士たちのちゃちな宇宙船は子供じみた娯楽に過ぎず、この目的のためには全く役立ちません。

アシュターンガ・ヨガ体系もまた物質的です。これは物質の体の中の空気の動きを統御する方法を教えるものだからです。霊的な火花、すなわち魂は、体の中の空気の中に浮かんでいます。そして呼気と吸気は魂を含むその空気の波です。したがって、ヨガ体系とは、この空気を胃からヘソへ、胸から鎖骨へ、そして目玉へ、小脳へ、そしてそこからはどの天体でも望むところへ移動させることで統御する物質的な技法なのです。物質的な科学者は空気と光の速度を計算に入れますが、心と知性の速度については何の情報も持っていません。私たちは、心の速度についてはいくらかの経験があります。ほんの一瞬で心を何百何千キロと離れた場所に移動させることができるからです。知性は心よりさらに速く、魂は知性よりも速い速度で動きます。魂は心や知性と違って物体ではなく、霊、すなわち反物質であるのです。魂は知性より何百倍も何千倍も微細で強力です。私たちは魂が天体から天体へと移動する速度がどんなものか、想像することしかできません。言うまでもなく、魂はいかなる物質的な乗り物の助けも借りず、自力で移動します。

食べること、眠ること、恐れること、そして感覚の欲望を満たすことからなる野蛮な文明は、現代の人々に自分がいかに強力な魂を持っているかを忘れさせてしまいました。すでに述べたように、魂は太陽や月や電気よりも何倍も何倍も明るく輝く強力で霊的な火花です。人間の人生は、人が自らを魂であると正しく自己認識しないのならば駄目になってしまうのです。主チャイタンニャは、人をこのように誤った方向に導く文明から人間を救い出すために、弟子であるニチャーナンダと共に現れました。

シュリマッド・バーガヴァタムにも、ヨギーがいかにして宇宙のあらゆる天体に旅することができるのかが描写されています。生命力が小脳に上げられると、この力が目や鼻や耳などから溢れるように飛び出す恐れがあります。これらは生命力の第7軌道と言われる場所だからです。しかしヨギーは空気を完全に止めることでこれらの穴を閉じることができます。ヨギーは次に生命力を真ん中に位置に、すなわち両方の眉の間に集中します。この位置でヨギーは死後に行きたい天体のことを考えます。一度辿りついたら二度と物質界に下りて来る必要のない超越的なヴァイクンサにあるクリシュナの住みかに行きたいか、それとも物質宇宙の中の高位の天体に旅したいか、決めることができるのです。完全なヨギーはどちらでも好きなように決められます。

完全な意識を保ったままで体を離れるのに成功した完全なヨギーによって、ある天体から別の天体に移動するのは普通の人が八百屋に歩いていくほど簡単です。すでに論じたように、物質的な体は霊的な魂を覆うものに過ぎません。心と知性は下着であり、地、水、空気などからなる密度の濃い体は上着です。したがって、ヨガの体系によって自己を認識し、物体と霊の関係を知った高度な魂は、望むままに完璧な秩序をもって、まとっている密度の濃い衣服を脱ぎ捨てることができます。神の望みにより、私たちは完全な自由を持っています。主は慈悲深いので、私たちには霊的な宇宙と物質的な宇宙のどの天体であれ、望む場所に住む自由が与えられています。しかし、この自由を使い損なうと、人は物質の世界に堕ちて来て、様々な制約のある人生で幾重もの悲惨さに苦しむことになります。魂の選択によって物質世界で惨めな人生を送ることについては、ミルトンの「失楽園」に的確に描写されています。同様に、自らの選択によって魂は再び楽園を得ることもできます。家へ、至高神の元へ帰ることができるのです。

死の間際に、人は生命力を二つの眉の間に置いてどこへ行きたいか決めることができます。物質界との関わりを持ち続けたくないなら、一秒もかからずに超越的なヴァイクンサに辿りついて、霊的な大気の中に住むのにふさわしい完全に霊的な体をもってそこに現れることができます。単に、物質的な世界を密度の薄い部分と濃い部分の両方とも捨て去ることを望めばよいのです。そして生命力を頭蓋骨の頂上に動かし、そこにあるブラーマ・ランドラという穴から体を離れます。これがヨガの実践における最高の完成です。
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by ammolitering4 | 2008-01-27 09:23 | 「簡単な惑星旅行」


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