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第3章 第15段落まで

第13段落
オームで始まるヴェーダのマントラを唱えるときも、私たちはクリシュナを思い出すことができます。ハレ・クリシュナのように、オームもまた神を指すものであり(an address to God)、そしてオームはクリシュナでもあります(訳注:om is also Krishna、「オームもまたクリシュナです」とも読めます)。

「シャブダー」は音を意味し、そして何かしらの音を聞くときはいつでも、私たちはそれはもともとの音、純粋な霊的な音オームすなわちハレ・クリシュナの振動であると知るべきです。何であれ私たちが物質世界において聞く音は、そのもともとの霊的な音オームの反映に他なりません(is but a reflection of ~)。

このように、音を聞くとき、水を飲むとき、何らかの光を見るとき、私たちは神を思い出すことができます。もしもこれをすることができるなら、それならいつ私たちは神を思い出さずにいるでしょうか(When will we not ~)?

このように、私たちはクリシュナを一日24時間思い出していることができ、そしてこのようにしてクリシュナは私たちと共にいらっしゃいます。もちろん、クリシュナはいつも私たちと共にいらっしゃいますが、私たちがこれを思い出せば直ちに、主の存在は事実的であり(訳注:is factual, ~となり)、感じられます。

第14段落
神と関わるための9つの異なる方法(processes)があり、最初の関わり方(method)はシュラヴァナム―――聞くことです。バガヴァッド・ギーターを読むことによって、私たちはシュリー・クリシュナのお話を聞き、それは私たちが実際にクリシュナすなわち神と関わっていることを意味します。

(私たちは、クリシュナについて話すときは神を指しているということを、いつも覚えているべきです。)
私たちが神と関わる限り(Inasmuch)、そして私たちがクリシュナの言葉と主の御名(訳注:複数)を聞き続けるにつれて(as we go on hearing)、物質自然の汚染は減ります。

クリシュナが音、光、水、そして非常に多くの他のものであると理解すると(in understanding that ~)、クリシュナを避けるのは不可能になります。もしも私たちがクリシュナをこのように思い出していることができるなら、私たちの主との関わりは永遠です。

第15段落
クリシュナとの関わりは、太陽光との関わりのようなものです。太陽光があるところには、汚染はありません。人が外に出て太陽の紫外線の中にいる限り(out in the ultraviolet rays)、彼は病気になりません。西洋の医学では太陽光が様々な病気に勧められており、ヴェーダによれば病人は治癒のために太陽を崇拝すべきです。

同様に、もしも私たちがクリシュナ意識においてクリシュナと関わるなら、私たちの病(訳注:maladies、主に慢性的な病を指す)は癒されます。ハレ・クリシュナを唱えることによって私たちはクリシュナと関わることができ、そして私たちは水をクリシュナとして、太陽と月をクリシュナとして見ることができ、そして私たちは音の中にクリシュナを聞くことができ、水の中に主を味わうことができます。

不幸にして、現在の状況では、私たちはクリシュナを忘れてしまっています。しかし今、私たちは主を思い出すことによって自分の霊的な人生を蘇らせねばなりません(to revive)。
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都合でほんのちょっとだけお届けします。マイペースでのんびりと、しかし一歩一歩着実に、、、いや、実際には途中で道草とか回り道とか、3歩進んで2歩下がったりしていますけど、それでもぼちぼちとクリシュナのもとへ歩み続けたいものです。
by ammolitering4 | 2014-01-07 07:12 | 「クリシュナへの途上」 | Comments(0)
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