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第31章 最後まで

第42段落
わざとヴラジャの高貴な娘たちの服装をして、主チャイタンニャ・マハープラブの宗派に属すると主張する、多くの偽りの献身者がいます。そして、これは発達した心霊主義者、あるいは発達した献身奉仕の学徒によっては認められていません。

そのような人々は、外的な物質の体に(そのような)衣類をまといます。なぜなら、彼らは愚かにも体を魂と間違えるからです。彼らがクリシュナ、ラーダーラーニー、そして彼らの仲間であるヴラジャの高貴な娘たちの霊的な体が物質自然でできていると考えるとき、彼らは間違っています。

人は、「すべてのそのような顕現は、超越的な世界における永遠の喜びと知識の拡張体である」と、完璧に知るべきです。それら(訳注:上記の人々の霊的な体)は、これらの物質的な体とは何の関係もありません。

このため、ヴリンダーヴァンの高貴な娘たちの体、衣服、飾り、そして活動は、この物質的な宇宙の顕現のものではありません。ブリンダーヴァンの高貴な娘たちは、物質的な世界の中のそれらの魅力の影響の下にはありません。

彼女らは、すべてを魅了するクリシュナのための超越的な魅力です。主はすべてを魅了するので、主はクリシュナと呼ばれます。しかし、ヴリンダーヴァンの高貴な娘たちは、クリシュナにさえ魅力的です。したがって、彼女らはこの物質世界のものではありません。

第43段落
もしも人が誤って物質的な体は霊的な体と同じくらい完璧であると考え、そしてヴリンダーヴァンの高貴な娘たちを真似し始めるなら、彼はマーヤーヴァーディーの非人格的な哲学で荒らされる(to infest、害虫などが寄生する様子)ようになります。

非人格主義者たちは、人が自分の体を至高存在として崇拝する、アハム・グラホパーサナーという過程を勧めます。このように考えて、そのような偽りの超越主義者たちは、ヴラジャの高貴な娘たちのような服装をします。そのような活動は、献身奉仕においては受け入れられません。

ゴーディーヤサムプラダーヤにおける最も権威のあるアーチャーリャであるシュリーラ・ジーヴァ・ゴスヴァーミーでさえ、これらの模倣を非難しました。超越的な認識の過程は、至高主の仲間たちの足跡を辿ることです。

したがって、もしも人が自分自身を至高主の直接的な仲間と考えるなら、彼は非難されます。権威を認められたヴァイシュナヴァの原則によれば、人はある特定の献身者に従うべきであり、そして自分自身をクリシュナの仲間と考えるべきではありません。

第44段落
このようにしてラーマーナンダ・ラーヤは、「人はヴラジャの高貴な娘たちの雰囲気を受け入れるべきである」と説明しました。チャイタンニャ・チャリタームリタの中で、「人はクリシュナの仲間たちの感情の活動を受け入れるべきであり、(彼らの)衣服を真似るべきではない」と明らかに述べられています。

人はまた、いつも超越的な世界におけるラーダーとクリシュナの間の事柄を瞑想すべきです。人はラーダーとクリシュナのことを一日24時間考え、永遠に彼らへの奉仕にいそしむべきです。人は外的に自分の衣服を変える必要はありません。

ラーダーラーニーの仲間たちと友人たちの雰囲気を辿ることによって、人は究極的に完成の水準に至り、ゴロカ・ヴリンダーヴァン、クリシュナの超越的なお住まいに移されます。

第45段落
ゴピーたちの感情的な追求(emotional pursuit)の雰囲気は、スィッダー・デハと呼ばれます。この言葉は、感覚と心と知性を超えた、純粋な霊的な体を指します。スィッダー・デハは、至高主に奉仕をするのにちょうどふさわしい、浄化された魂です。

誰も、自分の純粋な霊的な自己認識に位置することなくしては、主の仲間として至高主に奉仕をすることはできません。その自己認識は、すべての物質的な汚染から完全に自由です。バガヴァッド・ギーターに述べられているように、物質的に汚染されている人は、物質的な意識によって、もう一つの物質的な体に転生します。

死のときに彼は物質的に考え、そしてそのため、もう一つの物質的な体に移されます。同様に、人が(死のときに)自分の純粋な霊的な自己認識に位置していて、至高主に捧げられる霊的で愛情ある奉仕のことを考えるとき、彼はクリシュナの仲間に入るために霊的な王国に移されます。

言い換えると、自分の霊的な自己認識に至ってクリシュナの仲間たちのことを考えることによって、人は霊的な王国に移る資格を得ます。誰も、自分の純粋な霊的な自己認識(スィッダー)に位置することなくして、霊的な王国のことを熟考したり考えたりすることはできません。

そのため、ラーマーナンダ・ラーヤは、「スィッダー・デハに至ることなくしては、人は高貴な娘たちの仲間になることも、至高の人格神クリシュナと主の永遠の恋人(consort、妃)ラーダーラーニーに直接的に奉仕をすることもできない」と言いました。このことに関して、ラーマーナンダ・ラーヤはシュリマッド・バーガヴァタム(10.47.60)を引用しました。

(サンスクリット引用)

「幸運の女神ラクシュミーも、天国のような王国の高貴な娘たちでさえも、ヴラジャブーミーの高貴な娘たちの能力(facilities)を得ることはできません---ましてや(and)、他の者たちについては、何をか言わんや?」

第46段落
主チャイタンニャは、ラーマーナンダ・ラーヤからこれらの言明を聞いて非常に満足し、彼を抱擁しました。それから両者は超越的な認識の恍惚の中で泣き始めました。このように主とラーマーナンダ・ラーヤはラーダーとクリシュナの超越的な娯楽を夜通し議論し、そして朝に、彼らは別れました。ラーマーナンダ・ラーヤは自分の家に帰るために去り、そして主は沐浴をしに行きました。

第47段落
別れのとき、ラーマーナンダ・ラーヤは主チャイタンニャの足元にひれ伏して祈りました。「我が親愛なる主よ。あなたは、ただ私をこの無知の泥沼から救うためにいらっしゃいました。したがって私は、私の心をこの物質的な汚染から浄化するために、あなたが少なくとも10日間ここに留まってくださることをお願いします。そのような超越的な神への愛を授けることのできる人は他にいません。

第48段落
「私は、あなたからラーダーとクリシュナの超越的な娯楽を聞くことによって自分自身を浄化するためにあなたのところに来ました」と主は答えました。「私は非常に幸運です。なぜなら、あなたはそのような超越的な娯楽の唯一の教師だからです。

私は、ラーダーとクリシュナの間の超越的な愛情ある交換を認識することのできる他の誰も、世界中に見つけることができません。あなたは私に、ここに10日間留まるように頼んでいます。しかし私は、残りの生涯ずっとあなたと共に留まりたい気がします。

私の本拠地であるジャガンナーター・プリーに来てください。そうすれば(and)私たちは互いの残りの生涯ずっと一緒にいる(ことができる)でしょう。そうすれば(Thus)私は自分の残りの日々を、あなたとの関わりの中でクリシュナとラーダーを理解することで過ごすことができます。

第49段落
シュリーマン・ラーマーナンダ・ラーヤは、翌日の夜、再び主に会いに来ました。そして、この超越的な主題に関する更なる講話がありました。

第50段落
「教育の最高の水準は何ですか?」と、主チャイタンニャはご自分の問いかけを始めました。そしてラーマーナンダ・ラーヤは直ちに、「教育の最高の水準はクリシュナの科学の知識である」と答えました。物質的な教育の水準は感覚の満足ですが、霊的な知識の最高の水準はクリシュナの科学の知識です。

シュリマッド・バーガヴァタム(4.29.50)において、「至高の人格神を喜ばせるその仕事が最高の仕事であり、人を完全なクリシュナ意識に置くその科学あるいは知識が最高の知識である」と述べられています。

同様に、プラーラーダ・マハーラージャもまた、学校でご自分の子供時代の友人たちに教えている間に、「主について聞くこと、唱名すること、思い出していること、崇拝すること、祈ること、奉仕すること、クリシュナと友達になること、そしてすべてを主に捧げることが、最高の霊的な知識を構成する」と述べました。

第51段落
「そして、人が持つことのできる最も偉大な評判は何ですか?」と、主チャイタンニャはラーダーナンダ・ラーヤに尋ね、そしてラーマーナンダは直ちに、「クリシュナ意識であるという評判の人は、世界で最も有名な人であると考えられるべきである」と答えました。
by ammolitering4 | 2012-02-22 11:44 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(0)
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