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第31章 第11段落まで

第31章 至高の完成

第1段落
どのような地位を持っているのであれ、もしも人がクリシュナの科学、クリシュナ意識を熟知しているなら、彼は真正なる霊的指導者、入門させる者、あるいは(クリシュナの)科学の教師になることができます。言い換えると、もしも人がクリシュナの科学、クリシュナ意識の十分な知識を持っているなら、彼は真正なる霊的指導者になることができます。

その立場は、社会における特定の地位あるいは生まれに依存しません。これが主チャイタンニャ・マハープラブの結論であり、それはヴェーダの命令に適っています。この結論の力において、かつてヴィシュヴァムバーラとして知られていた主チャイタンニャは、サンニャースィーであった霊的指導者、イーシュヴァラ・プリーを受け入れました。

同様に、主ニテャナンダ・プラブとシュリー・アドヴァイター・アーチャーリャもまた、もう一人のサンニャースィー、マーダーヴェンドラ・プリーを自分たちの霊的指導者として受け入れました。(校正:~ also accepted another sannyasi as their spiritual master, Madhavendra Puri - ~ also accepted another sannyasi, Madhavendra Puri, as their spiritual master、語順の間違い)

このマーダーヴェンドラ・プリーは、ラクシュミーパティ・ティールターとしても知られています。同様に、もう一人の偉大なアーチャーリャ、シュリー・ラスィカーナンダは、シュリー・シャーマーナンダを、彼(シャーマーマンダ)はブラーマナの家庭の生まれではなかったにも関わらず、自分の霊的指導者として受け入れました。

また(So also)、ガンガーナーラーヤナ・チャクラヴァルティーは、ナロッタマ・ダーサ・タークラを霊的指導者として受け入れました。古代には、多くの人々の霊的指導者になった、ダールマという名の猟師さえいました。

マハーバーラタとシュリマッド・バーガヴァタム(7.11.32)に、「人は---ブラーマナ、クシャトリヤ、ヴァイシャ、あるいはシュードラであれ---その生まれではなく個人的な資質によって受け入れられるべきである」と述べる明らかな教えがあります。

第2段落
人の地位は、生まれではなく個人的な資質によって確立されるべきです。例えば、もしも人がブラーマナの家庭に生まれたけれど彼の個人的な資質がシュードラのそれであるなら、彼はシュードラとして受け入れられるべきです。

同様に、もしも人がシュードラの家庭に生まれたけれどブラーマナの資質を持つなら、彼はブラーマナとして受け入れられるべきです。すべてのシャーストラの命令、そして偉大な賢人たちと権威者たちの見方が、真正なる霊的指導者は必ずしもブラーマナではない、と確立します。

唯一の資質は、彼がクリシュナの科学、クリシュナ意識を熟知していることです。それだけが人に霊的指導者となるための完全な資格を与えます。これがラーマーナンダ・ラーヤとの議論におけるシュリー・チャイタンニャ・マハープラブの結論です。

第3段落
ハリ・バークティ・ヴィラーサの中で、「もしもある真正なる霊的指導者がブラーマナの家庭に生まれ、そして同じく資格のあるもう一人の霊的指導者がシュードラの家庭に生まれたなら、人はブラーマナの家庭に生まれたほうを受け入れるべきである」と述べられています。

この言明は社会的な妥協策としての役目を果たしますが、それは霊的な理解とは何の関係もありません。この命令は、社会的な地位を霊的な地位よりももっと重要だと考える者だけにあてはまります。それは霊的に真剣な者のためのものではありません。

真剣な人は、「地位に関係なく---誰であれクリシュナの科学を熟知している者が霊的指導者として受け入れられなければならない」というチャイタンニャ・マハープラブの教えを受け入れます。パドマ・プラーナには、「高度に発達した(highly elevated)、霊的に発達した(spiritually advanced)主の献身者は、いつも第一級の献身者であり、したがって霊的指導者であるが、ブラーマナの家庭に生まれた、高度に発達した人は、主の献身者でない限り、霊的指導者ではあり得ない」と述べる多くの命令があります。

ブラーマナの家庭に生まれた者は、ヴェーダの聖典のすべての儀式に精通しているかもしれませんが、もしも彼が純粋な献身者でないなら、彼は霊的指導者ではあり得ません。すべてのシャーストラの中で、真正なる霊的指導者の主要な資質は、彼がクリシュナ意識の科学を熟知しているということです。

第4段落
したがって主チャイタンニャはラーマーナンダ・ラーヤに、躊躇せず、主チャイタンニャのサンニャースィーとしての立場を考慮せず、ご自分に教え続けるように頼みました。こうして主チャイタンニャは、ラーダーとクリシュナの娯楽について語り続けるように彼に促しました。

第5段落
「あなたが私にラーダーとクリシュナの娯楽について話すように頼まれるので」と、ラーマーナンダ・ラーヤは謙虚に認めました。「私はあなたの命令に従います。私は何であれあなたの好む方法で話します。」このように、ラーマーナンダ・ラーヤは、操り人形使いである主チャイタンニャの前で、謙虚に操り人形として服従しました。

彼はただ、チャイタンニャ・マハープラブの意志に応じて踊りたいと望みました。彼は「あなたはその楽器の奏者です」と言って、自分の舌を弦楽器と比べました。このように、主チャイタンニャが演奏するままに、ラーマーナンダ・ラーヤが音を振動させます。

第6段落
彼は、「主チャイタンニャは至高の人格神、すべての化身の源であり、すべての原因の原因である」と言いました。無数のヴァイクンターの惑星、至高主の無数の化身と拡張体、そして無数の宇宙もあり、至高主クリシュナはこれらすべての存在の唯一の源です。

主の超越的な体は、永遠性、喜び、そして知識からなり、そして主は、マハーラージャ・ナンダの息子、そしてゴロカ・ヴリンダーヴァンの住人として知られます。主は6つの富---すべての富、力、名声、美、知識と放棄---に満ちています。

ブラーマ・サムヒター(5.1)の中で、「クリシュナは至高主、すべての主の主であり、主の超越的な体はサック・チッド・アーナンダ(訳注:永遠性、喜び、そして知識)である」と確認されています。誰もクリシュナの源ではありませんが、クリシュナはすべての者の源です。

主はすべての原因の原因であり、ヴリンダーヴァンの住人です。主はちょうどキューピッドのように非常に魅力的でもあります。人は主をカーマ・ガーヤトリー・マントラによって崇拝することができます。

第7段落
ブラーマ・サムヒターの中で、ヴリンダーヴァンの超越的な地はいつも霊的である、と描写されています。その霊的な地には、ゴピーとして知られる幸運の女神たちが住んでいます。これら(訳注:幸運の女神たち)は皆クリシュナの最愛の人であり、クリシュナはそれらすべてのゴピーたちの唯一の恋人です。

その地の木々はカルパ・ヴリクシャ、望みを叶える木であり、人は何であれ望むものをそれらから得ることができます。地面(the land)はタッチストーンで、そして水は蜜でできています。その地では、すべての言葉(speech)は歌で、すべての歩みは踊りで、人にいつも連れ添うのは(one's constant companion)横笛です。

すべてのものは、ちょうどこの物質世界の太陽のように自ら輝きます。人間の形の人生は、このヴリンダーヴァンという超越的な地を理解するためにあり、幸運である者は、ヴリンダーヴァンとその住人たちに関する知識を培うべきです。

その至高の地には、地を乳で溢れさせるスラビー牛がいます。誤用される時間は一瞬もないので、過去、現在、あるいは未来はありません。クリシュナの至高のお住まいであるこのヴリンダーヴァンの拡張体はこの地上にもあり、優れた(superior)献身者たちはそれを至高のお住まいとして崇拝します。

しかし、誰も、霊的な知識、クリシュナ意識において高く上げられる(訳注:高度に発達する)ことなく、ヴリンダーヴァンの真価を知る(to appreciate)ことはできません。普通の経験によれば、ヴリンダーヴァンはちょうど普通の村のように見えますが、高く上げられた献身者の目の中では、それはもともとのヴリンダーヴァンと同じくらい良いのです。

偉大な、聖人のようなアーチャーリャが歌いました。「いつ私の心は全ての汚染から清まり、ヴリンダーヴァンをありのままに見られるのでしょうか?そしていつ私はゴスヴァーミーたちによって残された文献を理解し、ラーダーとクリシュナの超越的な娯楽を知ることができるのでしょうか?」

第8段落
ヴリンダーヴァンにおけるクリシュナとゴピーたちの恋愛もまた超越的です。それらはこの物質世界の普通の好色な情事(lusty affairs)のように見えますが、非常に大きな違いがあります。物質的な世界では、色情(lust、切望、色情)の一時的な目覚めがあるかもしれませんが、それはいわゆる満足のあとで消えます。

霊的な世界では、ゴピーたちとクリシュナの間の愛は常に増しています。それが超越的な愛と物質的な色情の違いです。この体から生じる色情、いわゆる愛は、体そのものと同じくらい一時的です。しかし、霊的な世界の中の永遠の魂から生じる愛は霊的な水準にあり、その愛もまた永遠です。したがって、クリシュナは常に若々しい(green)キューピッドと呼ばれます。

第9段落
主クリシュナはガーヤトリー・マントラによって崇拝され、主を崇拝するための特定のマントラはカーマ・ガーヤトリーと呼ばれます。ヴェーダ文献は「人を精神的なでっち上げから引き上げることのできるその振動は、ガーヤトリーと呼ばれる」と説明します。

カーマ・ガーヤトリー・マントラは、次のような24と2分の1個の音節からなります。

(サンスクリット引用)

第10段落
このカーマ・ガーヤトリーは、弟子がハレ・クリシュナ、ハレ・クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ、ハレ、ハレ。ハレ・ラーマ、ハレ・ラーマ、ラーマ、ラーマ、ハレ、ハレを唱えることにおいて発達したときに霊的指導者から受け取られます。

言い換えると、このカーマ・ガーヤトリー・マントラとサムスカーラ、すなわち完璧なブラーマナへの改革は、霊的指導者が自分の弟子が霊的な知識において発達したのを見るときに、彼によって授けられます。(訳注および校正:reformation of a perfect brahmana – reformation to a perfect brahmana、前後の脈絡から、これはおそらく「完璧なブラーマナの改革」ではなく「完璧なブラーマナへの改革」とするのが正しいと思います。つまり、これを授けることによって出来の良い弟子が改革・改善され、完璧になる、という趣旨であると思われます。)

それでも、カーマ・ガーヤトリーは特定の状況の下では発声されません。どの場合でも、ハレ・クリシュナを唱えることは人を最高の霊的な水準に上げるのに十分です。

第11段落
ブラーマ・サムヒターの中で、クリシュナの横笛の素敵な(nice)描写が与えられています。「クリシュナがご自分の笛で演奏し始めたとき、音の振動はヴェーダのマントラ、「オーム」として(校正:as the Vedic mantra om – as the Vedic mantra 'om')ブラーマーの耳に入りました。」

このオームは3つの文字---A、U、およびMから成り、それは私たちの至高主との関係、霊的な水準において愛の最高の完成と愛の実際の立場を得るための私たちの活動を描写します。

クリシュナの横笛の音の振動がブラーマーの口を通して表現されるとき、それはガーヤトリーになります。こうして、クリシュナの横笛の音の振動によって影響されることによって、至高の被造物であってこの物質世界の最初の生命体であるブラーマーは、ブラーマナとして認められました(to initiate、手引きをする、入門させる、秘伝を伝える)。

ブラーマーがクリシュナの横笛によってブラーマナとして認められたということは、シュリーラ・ジーヴァ・ゴスヴァーミーによって確認されています。ブラーマーがクリシュナの横笛を通してガーヤトリー・マントラによって啓蒙されたとき、彼はすべてのヴェーダの知識を得ました。クリシュナによって彼に授けられた恩恵に感謝して(to acknowledge)、彼はすべての生命体のもともとの霊的指導者になりました。
by ammolitering4 | 2012-02-20 20:45 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(0)
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