第3章 前半

第3章 家族の幻想

第1段落
プラーラーダ・マハーラージャは、ご自分の友人たちにおっしゃいました。「あなたはクリシュナ意識を直ちに始めなければなりません。」すべての少年たちは無神論的で物質主義的な家庭に生まれました。

しかし幸運にも彼らは、生まれたときから主の偉大な献身者であるプラーラーダとの関わりがありました。教師が教室にいないとき、機会を見つければいつでも、彼は言っていました。「私の愛しい友人たちよ。ハレ・クリシュナを唱えましょう。今がクリシュナ意識を始めるときです。」

第2段落
さて、(先に)述べたように、何人かの少年たちはこう言ったかもしれません。「でも、私たちは幼い少年です(We are just boys.)。私たちはすぐには死にません。少し楽しみましょう。そして、後から私たちはクリシュナ意識を始めます。」

人々は、クリシュナ意識が最も高い楽しみであると知りません。彼らは、このクリシュナ意識運動に加わった少年たちや少女たちは愚かだと考えます。「プラブパーダの影響によって彼らはクリシュナ意識に加わり、楽しむべきものすべてを後にした。」

しかし、実際にはこれはそうではありません。彼らは皆、非常に立派な家庭の出身の、知性的で教育のある少年たちや少女たちです。私たちの協会では、彼らは実際に人生を楽しんでいます。そうでなければ、彼らはこの運動のために自分たちの貴重な時間を犠牲にしません。

第3段落
実際には、クリシュナ意識の中には楽しみに満ちた人生があります。しかし人々はそれを知りません。彼らは言います。「このクリシュナ意識というのは何の役に立つのか?」人が感覚の満足というあり方(process)にからまって育つとき、それから逃れるのは大変困難です。

したがって、ヴェーダの規律によれば、少年たちは5歳のときから始まって学生の人生において霊的な人生について教えられます。それはブラーマチャリャと呼ばれます。ブラーマチャーリーは、至高の意識、すなわちクリシュナ意識、あるいはブラーマン意識を得ることに自分の人生を捧げます。

第4段落
ブラーマチャリャには多くの規律や規則があります。たとえば、自分の父親がどんなに金持ちであっても、ブラーマチャーリーはちょうど召使のように霊的指導者の指導のもとで訓練されるために服従し、そして霊的指導者のアシュラムで働きます。どうしてこれが可能なのでしょうか?

私たちは、非常に立派な家庭の出身の、とてもよい少年たちが、ここでどんな仕事をするのも厭わない、という実際の経験を得ています。彼らは皿を洗っており、床を清めており、、、すべてをしています。ある生徒の母親は、彼が家に帰った時(when he visited home)、驚愕しました。

以前は彼は店に(買い物に)行くことさえしませんでしたが、今は彼は一日24時間何らかの仕事をしています(be engaged)。喜びを感じるのでない限り、どうして彼がクリシュナ意識などという方法にいそしむことが可能でしょうか?これは、ハレ・クリシュナを唱えることだけによるものです。

ハレ・クリシュナの真言、これが私たちの唯一の財産です。人は単にクリシュナ意識によって陽気であることができます。実際、それは喜びに満ちた人生です。しかし、訓練されない限り、人はそれを生きることはできません。

第5段落
プラーラーダ・マハーラージャは、すべての人は家族の愛情に執着している、と言います。もしも人が家族の事柄に執着しているなら、彼は自分の感覚を統御することができません。もともと(naturally)、誰もが誰かを愛したいと思っています。

社会、友情、そして愛が必要とされます。それらは霊魂の欲求です。しかし、それらは歪んで反映されています。私は、あなたがたの国の多くの紳士淑女が家庭を持たず、その代わり自分の愛情を猫と犬に注ぐのを見ました。

誰かを愛したいけれど適当な人が見当たらないので、彼らは自分の貴重な愛を猫と犬に注ぎます。私たちの関心事は、どこかに注がれなければならないこの愛をクリシュナに向けることです。これがクリシュナ意識です。

もしもあなたが自分の愛情をクリシュナに向けるなら、それは完成です。しかし今、人々は不満やイライラが溜まっていて、騙されているので、彼らは自分の愛情をどこに注ぐべきかを知りません。そして最後に彼らは自分の愛情を猫と犬に注ぎます。

第6段落
すべての人が物質的な愛によってがんじがらめになっています。人が物質的な愛情において(高度に)発達しているとき、霊的な人生において発達するのは困難です。この愛の繋がりは非常に強いからです。したがってプラーラーダは、人は子供の頃からクリシュナ意識を学ぶべきである、と提案します。

子供が5歳か6歳の頃、彼の意識が発達すれば直ちに、彼は訓練されるために学校へ送られるべきであり、そしてプラーラーダ・マハーラージャは、彼(子供)の教育は全くの最初からクリシュナ意識であるべきだ、とおっしゃいます。5歳から15歳までの期間はとても貴重な時間です。あなたはどんな子供でもクリシュナ意識において訓練することができ、そして彼は完ぺきになります。

第7段落
もしも子供がクリシュナ意識において訓練されておらず、その代わりに物質主義において発達するなら、彼にとって霊的な人生を発達させるのは困難です。物質主義とは何でしょうか?

物質主義とは、この物質世界にいる私たちすべてが、自分は霊魂であるにも関わらず、どういうわけかこの物質世界を楽しみたいと思う、ということを意味します。楽しみの精神は、霊的な世界においてクリシュナとの関係で、その純粋な形で存在しています。

しかし、私たちは汚染された楽しみに参加するためにここに来ました。バウアリー街(訳注:ホームレスが多いことで悪名高いマンハッタンの安ホテル街)の人が「自分は幾らかの酒を飲むことによって楽しむことができる」と考えるようなものです。

物質的な楽しみの基本的な原則は性交です。そのため、あなたは性交を人間の社会だけでなく、猫の社会、犬の社会、鳥の社会、、、どこにでも見出します。鳩は昼間は少なくとも20回性交をします。これが彼の楽しみです。

第8段落
シュリマッド・バーガヴァタムは、物質的な楽しみは男と女の性的な繋がりだけに基づいている、と確認します。はじめは、少年は「おお、あの少女は素敵だ」と考えます。そして少女は「あの少年は素敵だ」と言います。

彼らが会うとき、その物質的な汚染はもっと顕著になります。そして、彼らが実際に性交を楽しむとき、彼らはもっと執着し、完全に執着します。どうやって?少年と少女が結婚すれば直ちに、彼らはアパートを望みます。

それから彼らは子供を作ります。そして彼らが子供を持つとき、彼らは社会的な認識を求めます。社会、友情、そして愛です。このようにして彼らの物質的な執着は増していきます。そして、これらすべてはお金を必要とします。

過度に物質的な人は誰でも騙し、誰でも殺し、物乞いをし、借り、あるいは盗み、、、お金を得るためには何でも(します)。彼は、自分の建物、自分の家族、自分の妻と子供たちは、永遠に存在し続けることはできない、と知っています。それらはちょうど海の泡のようなものです。

それらは現れ、そしてまもなく消えます。しかし、彼は過度に執着しています。彼はそれらを維持するために、お金を求めて自分の霊的な発達を犠牲します。彼の歪んだ意識、、、「私はこの体だ。私はこの世界に属している。私はこの国に属している。私はこの共同体に属している」、、、は、もっともっと強くなります。

第9段落
彼のクリシュナ意識はどこですか?彼はあまりにも絡まっているので、彼にとって自分の人生(life)よりもお金が大切になります。言い換えると、彼はお金のために自分の人生を危険にさらすことができます。

家庭人、労働者、商人、泥棒、強盗、ごろつき、、、すべての人がお金を追い求めています。これは幻想です。人はこの絡まりの真ん中で自分自身を見失います。

第10段落
プラーラーダ・マハーラージャは、この状態において、あなたが物質主義に過度に関わっているとき、あなたはクリシュナ意識を培うことはできない、とおっしゃいます。したがって、人は幼い子供の頃からクリシュナ意識を実践すべきです。

もちろん、主チャイタンニャ・マハープラブはとても親切でいらっしゃるので、主はおっしゃいます。「遅くなったとしても、始めないよりは良いのです。あなたは子供の頃にクリシュナ意識を始める機会を逃しましたが、今、始めなさい。どの立場にいるとしても。」

それがチャイタンニャ・マハープラブの教えです。主は決して「あなたは子供の頃からクリシュナ意識を始めることをしなかったので、進歩することができません」とはおっしゃいませんでした。いいえ。主はとても親切でいらっしゃいます。

主は私たちにこのハレ・クリシュナ、ハレ・クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ、ハレ、ハレ。ハレ・ラーマ、ハレ・ラーマ、ラーマ、ラーマ、ハレ、ハレを唱えるという、素晴らしい方法を下さいました。

あなたが若かろうが、年とっていようが、、、あなたが何であっても、ただ、始めなさい。あなたはいつ自分の人生が終わるか知りません。もしもあなたがたとえ一瞬でも誠実に唱えるなら、それは大いなる効果を持ちます。それはあなたを最も大きな危険、来世において動物になる危険から救います。
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by ammolitering4 | 2011-06-24 15:13 | プラーラーダ・マハーラージャ


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