第19章

第19章 科学的な進歩:大げさな言葉

シュリーラ・プラブパーダと彼の弟子バークティスヴァルーパ・ダーモダラ・スワミ(Ph.D.)(訳注:博士号。以下、スワミ)との間のこの対話は、1975年3月に(アメリカの)アトランタで交わされました。

スワミ:  現代の科学者たちは、実験室で生命を作り出すために懸命に働いています。

SP:  これを理解しようとしなさい。ちょうど神が既に存在しているように、同じく神の欠かすべからざる小片である生命体も、既に、永遠に存在しています。ですから、あなたは「作り出す」必要はないのです。それは愚かさです。なぜなら生命体は永遠であるからです。彼らは決して作り出されません。

それらは単に、物質世界において4つの異なる方法で顕現します。それらの一部は種を通して顕現し、別の一部は発酵を通じて、別の一部は卵を通じて、そして別の一部は胎児を通じて顕現します。しかし、生命体は既に存在しています。ですから、作り出すということはあり得ません。これが生命体の科学です。

(改行)既に何百万何百兆という(訳注:無数の)生命体が存在しています。そして、それにも関わらず、物質主義的な科学者たちは、いかにして何かを作り出すかということについて大きな会議を開いています。この子供じみた提案をご覧なさい。彼らは時間を無駄にしており、人々を誤って導いており、みんなが一生懸命に稼いだお金を無駄にしています。

したがって私は、彼らが悪者であると言います。彼らは「作り出そう」としています。彼らは何を作り出すでしょうか?すべては既に存在しています。しかし彼らは、彼らのすべての高度な教育をもってしても(訳注:高度な教育を受けているにも関わらず)、これを知りません。したがってバガヴァッド・ギーターは彼らをムーダー、悪者と描写します。

(改行)さて、あなたはこれらのムーダーたちにこう言います。「我が親愛なる先生(My dear sir)、あなたは作り出すことはできず、何ものも作り出され得ません。ただ、生命体はどこから生じているか、彼らの源は何であるか、すべての自然の背後にある脳は誰であるかを見つけ出してください。

それを見つけ出してください。それが本当の知識です。もしもあなたがこの知識を求めて努力し、すべてのもののもともとの源を見つけようとするなら、そうすればいつの日かあなたは(サンスクリット引用)(BG7.19)の水準に至るかもしれません。あなたは神がすべての源であると理解するでしょう。そしてあなたの知識は完璧になります。

(改行)このきれいな花を見なさい。あなたはこれが何らの脳からの指示もなく、自動的に生じたと思いますか?それは馬鹿げた(nonsensical、意味をなさない、愚かな、無意味な)哲学です。これらのいわゆる科学者たちは、非常に多くの大げさな言葉を使いますが、彼らは実際はどれだけ説明していますか?

他の誰も理解することができません。それは彼らによってのみ理解されます。彼らは、自分たちこそが説明しなければ誰も理解できないようなやり方で複雑な言葉を述べます。彼らは、すべては「自然によって」自動的になされる、と言います。それは事実ではありません。

(改行)ちょうど素晴らしいコンピューターのように、自然は道具です。しかし、それでも(それを)操作する人がいます。これらの悪者たちは、何らの常識も持ちません。操作する人なくして動く機械がどこにありますか?彼らの経験の中にそのような機械がありますか?

どうして彼らは自然が自動的に動いていると提唱することができるのですか?自然は素晴らしい機械です。しかし、操作する人は神、クリシュナです。それが本当の知識です。機械が非常によく動いているからといって、それが「操作する人はいない」ということを意味しますか?

(改行)例えば、ハーモニアムもまた機械です。そして、もしも熟練した音楽家がそれを弾けば、そうすればそれはとても旋律的で心地よい音を奏でます。「おお、なんと素晴らしいのでしょう。」しかし、ハーモニアムは自動的に演奏して旋律的な音を出しますか?

ですから、彼らは何らの常識すら持たないのです。そしてそれでも彼らは自分たちを科学者と呼んでいます。それが私たちが残念に思うことです。これらの人々が何らの常識すら持たず、それでも科学者として通用していることが、です。

スワミ:  彼らはこう考えています。化学を通して彼らは人工的に幾らかの原始的なアミノ酸を、、、(校正:adds→acids)

SP:  それは技巧(craftsmanship)です。それは知識ではありません。例えば、あなたがバラの絵を描くと仮定しましょう。あなたは絵描きです。知識を持った人ではありません。「知識を持った人」とは、物事が「どのように」なされるかを知っている誰かを意味します。絵描きは単に自分が見るものを模倣します。それだけです。したがって、芸術と科学は二つの異なる部門です。

スワミ:  では、もしも彼らが何らかの合成物を作り出すなら、それは単に技芸(art)に過ぎない(のですね)。

SP:  そうです。例えば、腕の良い料理人は、香辛料と調味料をどうやって混ぜてとてもおいしいものを作るかを知っています。ですから、あなたは化学者を腕の良い料理人と呼ぶことができます。化学とは異なる化学物質を混ぜる術(art)に他なりません。それだけです。油があり、アルカリがあり、あなたが非常に巧みにそれらを混ぜると石鹸が生じます。非常に役に立ちます。

スワミ:  しかし、化学者たちは、どうにかして自分たちは生命を作り出すことができ、人間さえ作ることができると確信しています。

SP:  あなたが生命を作り出すこと無くしては世界は地獄に落ちる、ということは、これは問題ではありません。(訳注:「自分たちが生命を作りださなかったら世界は地獄に落ちる、とでも言うのでしょうか。そんなことはありません。」という意味だと思います。)

例えば、非常に多くの自動車が存在します。もしも私がもう一つの自動車を作れば、私に何かすばらしい功績はありますか?非常に多くの自動車が既にあります!自動車がなかったとき、それを作った最初の人には幾らかの功績がありました。

「はい、あなたは何か良いことをしました。馬のない馬車です。人々はそれから便利さという利益を得るでしょう。それは構いません。」しかし、何百万台も何百万台も自動車があって単に事故を起こしているとき、そして私がもう一つの自動車を作れば、私の功績は何ですか?私の功績は何ですか?

スワミ:  ゼロです。

SP:  ゼロです。そしてこのゼロを達成するために、彼らは何かの大きな会議を開こうとしています。そして非常に多くの人が来てお金を遣うでしょう。

スワミ:  彼らはより良い人間を作りたいのです。彼らは人生をより良いものにしたいのです。

SP:  そうです。それが私たちの提案です。私たちは科学者たちに言います。「生命を作ろうとして時間を無駄にしてはいけません。あなたの人生をより良いものにしようとしなさい。あなたの本当の霊的な正体が何であるかを理解しようとしなさい。この人生においてあなたが幸せになれるようにするためです。この研究がなされねばなりません。」

(改行)彼らが学ばねばならない最初のことは、体という「自動車」の中に運転手、すなわち魂がいるということです。これが知識の最初の要点です。この単純なことを理解しない限り、人は馬鹿者(ass)です。運転手、すなわち魂が、この体という自動車を動かしています。

そしてもしも運転手が教育されているなら、それなら彼は自分の体を自己認識のために動かすことができます。家へ、至高神のもとへ帰れるようにするためです。そうすれば彼は完璧になります。ですから私たちは、運転手を教育しています。私たちはもう一つのブリキの車を作ろうとはしていません。これがクリシュナ意識です。
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by ammolitering4 | 2011-04-23 12:08 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」


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