第17章

第17章 中絶と「ウサギの哲学」について

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子たちとの間の次の会話は、1973年12月にカリフォルニアのヴェニス海岸での早朝の散策の折に交わされました。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、時として私たちは、「自然の法則はとても強いが、もしも主クリシュナに服従するなら、病気や死などの物事を乗り越えることができる」と議論します。主が統治力を持った自然だからです。しかし懐疑主義者たちは、私たちは徐々に、神無しで自分たちだけで、自然の法則を統御できるようになると言います。

SP:  いいえ。私たちは自然の法則を受け入れることを強要されます。誰がどうして、自分は自然の法則を征服したと言えるでしょうか?

弟子:  しかし、医者たちと生物学者たちは、非常に多くの病気を征服しました。

SP:  しかし、人々はまだ病気になっています。医者たちはどのように病気を止めたのですか?

弟子:  例えばアフリカとインドでは、彼らはすべての人を天然痘に対して予防接種しており、そして彼らは何千人もの子供たちを死から救いました。

SP:  しかし、子供たちはどちらにしても育ち、年を取り、やがて死にます。ですから、死は止められていません。そして、それに、なぜ彼らはこれらの子供たちを気にするのですか?彼らは人口過多を望みません。ですから論理的には、医者たちは彼らを死なせるべきです。しかし医者たちは非論理的です。

一方で彼らは子供たちの死を止めようとし、そして他方では彼らは避妊具の使用を勧め、中絶によって子宮の中の子供たちを殺します。なぜですか?なぜ彼らは殺しているのですか?人口の増加を防ぐためです。それなら、子供たちが世界の別のところで死んでいるとき、なぜ彼らは彼ら(子供たち)を救おうと躍起になるのですか?

弟子:  いったん子供が生まれると、彼らは彼(子供)を救いたいと思います。しかし、子供がまだ子宮の中にいるときは、彼らは彼を殺すことができます。彼らは、彼はまだ人間ではない、と言います。

SP:  しかし子供は、女性が妊娠した途端に、既に生まれています。妊娠とは、子供が既に生まれているということを意味します。どうして彼らは、子供はいない、と言えるのですか?この無意味なことは何ですか?女性が妊娠しているとき、なぜ私たちは彼女が「子を宿している」と言うのですか?これは、子供が既に生まれていることを意味します。したがって、私はこの中絶ということは、単に悪事であると言います。

弟子:  しかし、彼らはそれを正当化しました。

SP:  どんなふうに?

弟子:  時として彼らは、自分たちは単に自分たちが最良と感じることをしているだけだ、と言います。そしてもちろん彼らは、後に自分たちを罰するカルマなどというものがあることを否定します。彼らは一種の「ウサギの哲学」を持っているように見えます。ウサギが自分に襲い掛かる狼を見ないでいいように目を閉じるとき、彼は実際に自分は安全だと考えるかもしれません。

SP:  ですから、中絶主義者はウサギの哲学を信じています。それは人間の哲学ではありません。それはウサギの哲学、カエルの哲学、ロバの哲学です。そして彼らはシュリマッド・バーガヴァタム(2.3.19)に描写されています。(サンスクリット引用)

指導者たちは往々にして中絶を支える悪者であり、そして彼らは他の一団の悪者たちと愚か者たち、つまり一般の人々によって讃えられます。集団全体が悪者で構成されているので、彼らは自分たちの指導者として悪者を選びます。それから、満足しないと(訳注:期待通りにいかないと)、彼らは最初の悪者を執務室から投げ出し、別の悪者を選びます。

これは(サンスクリット引用)、既に噛まれたものを噛む、と呼ばれます。人々は誰を選んだらいいかを知りません。したがって彼らは、神意識である指導者、実際に指導者となる資格のある指導者を選ぶために、教育されなければなりません。そうすれば彼らは幸せになります。そうでなければ、彼らはある悪者を選出して彼を退け、別の悪者を選んで今度は彼を退け、などということを続けるでしょう。

(改行)アメリカには「神を私たちは信頼する(In God We Trust)」という標語があります。(訳注:アメリカの公式なモットーであり、貨幣などに記されている。)私たちは単に、「指導者の基準は、彼が神が誰であるかを知っており、そして彼が主を信頼している、ということであるべきだ」と言います。そしてもしも人々が実際に神は誰であるかを知りたいと望むなら、彼らはバガヴァッド・ギーターを読むことができます。

彼らは知性をもってそれを読むべきであり、理解しようとすべきです。そしてそれから、更なる発達のために彼らはシュリマッド・バーガヴァタムを学ぶのが良いでしょう。私たちが理論化を行っているというのではありません。私たちは、神に関する自分たちの情報を権威ある書物から受け取っています。

弟子:  政治に関する私たちのチラシの中に、私たちは指導者の資格を列挙しています。まず私たちは、彼が4つの規律的な原則に従わなければならない、と言います。肉食をしないこと、不正な性交をしないこと、賭け事をしないこと、陶酔物を摂らないこと、です。そして、私たちが与える一つの肯定的な命令(訳注:~するな、ではなく、~しろ、というもの)は、指導者が主の聖なる御名を唱える、というものです。

SP:  もしもあなたが神を信じるなら、なぜ神の聖なる御名を唱えることに何らの異議があるでしょうか?もしもあなたが「神を私たちは信頼する」と言うなら、それなら(あなたは)神の名と神の住所(訳注:居所)を知っていなければなりません。そうすればあなたは実際に主を信頼することができます。

そして、もしもあなたがこれらのことを知らないなら、私たちから学びなさい。私たちはあなたに神の名、居所、性質、、、すべてを与えています。そしてもしもあなたが神はいないと言うなら、それなら「神を私たちは信頼する」という言葉の意味は何ですか?

弟子:  彼らは教会を国家(state)を分離するためのプロパガンダ(訳注:主義や主張の宣伝)を作りました。しかし、彼らは神と国(country)もまた分離しました。

SP:  このプロパガンダを行っている者は、神とは何であるかを理解していません。神は何ものからも分離され得ません。なぜなら、すべては神であるからです。(サンスクリット引用)もしも彼らがバガヴァッド・ギーターを研究するなら、彼らは神はどこにでもいらっしゃることを理解するでしょう。

何ものであれ主から分離することは可能ではありません。ちょうどあなたの意識があなたの体のすべての部分にあるように、至高の意識、神も、宇宙のどこにでも存在します。クリシュナは「ヴェダーハム・サマティーターニ」、「私は生じたすべての物事を知っています」とおっしゃいます。主がどこにでもいらっしゃるのでないなら、どうして彼はすべてを知ることができるでしょうか?あなたは何と言いますか?

弟子:  これは論理的です、シュリーラ・プラブパーダ。

SP:  どうしてあなたは政府から神を分離させることができるのですか?あなたは「はい、神と国家は分離しているべきです」と同意する、いかなるいわゆる「教会」や、いかなるいわゆる「宗教」も退けて構いません。そしてそれが、そのようないわゆる「宗教」を私たちが退けるというのが、神の教えです。(サンスクリット引用)

「すべての種類のいわゆる宗教を放棄し、単に私に服従しなさい」とクリシュナはバガヴァッド・ギーター(18.66)においておっしゃいます。人々は、自分たちは神を信じている、と言うかもしれません。しかし、彼らが政府から神を分離しようとするとき、あなたは彼らが神とは何かについて無知であることを知ることができます。
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by ammolitering4 | 2011-04-17 13:33 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」


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