第13章

第13章 性交と苦しみについて

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子との間の次の会話は、1974年1月にカリフォルニア州のヴェニス海岸での早朝の散策において交わされました。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、ここカリフォルニアでは、離婚率はほぼ50%です。なぜそうなのだと思われますか?

SP:  インドでは、結婚している者は嘆き、結婚していない者も嘆く、という諺があります。結婚している男は嘆きます。「なぜ私は結婚したのだろう?私は自由なままでいられたのに。」そして、結婚していない者は嘆きます。「おお、なぜ私は妻を娶らなかったのだろう?私は幸せになっただろうに。」(笑)

(改行)性交によって人は子供をもうけます。そして子供ができれば直ちに苦しみがあります。子供は苦しみ、彼の世話をするために両親もまた苦しみます。しかし、再び彼らは次の子供を作ります。したがって、シュリマッド・バーガヴァタム(7.9.45)には、(サンスクリット引用)と書かれています。この、子供を作るということに関しては、非常に多くの困難や問題があります。しかし、それを知っているにも関わらず、人はまた同じことをします。

(改行)この物質的な世界では、性交が主要な幸せです。それは主要な幸せであり、そしてそれは非常に忌まわしいものです。幸せとは何でしょうか?(サンスクリット引用)それは、痒みを止めるために両方の手をこするようなものです。性交は非常に多くの悪い結果をもたらしますが、それでも人は満足しません。今では、避妊具や中絶など、非常に多くのものがあります。マーヤー(幻想)は非常に強いのです。彼女は言います。「そうです、これをして巻き込まれなさい。」

(改行)したがって、バーガヴァタムは(サンスクリット引用)と言います。ディーラ、冷静で正気の者は、性の欲求というこの痒みを我慢します。この痒みを我慢することのできる者は、非常に多くの問題をまぬがれることができます。しかし、そうでない者は直ちに巻き込まれます。不正なものであろうが正当なものであろうが、性交は問題です。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、私たちがこちらの方向へ歩いたのは初めてです。すべてが違って新鮮に見えます。

SP:  (笑)これが物質的な人生です。私たちは時としてこっちにさまよい、時としてあっちにさまよいます。そして私たちは考えます。「おお、これは新しい。」ブラーマーンダ・ブラミテ。私は何か新しいものを見つけようとして宇宙全体をさまよっています。しかし、新しいものは何もありません。すべてが古いのです。

(改行)年をとると、人は一般的に「おお、この人生は非常に問題が多い」と考えます。ですから彼は新しい体に、子供の体に着替えることを許されます。子供は世話をされ、彼は「今では僕はとても快適な人生を送っている」と考えます。しかし、再び彼は年を取り、うんざりします。ですからクリシュナは親切にも「いいでしょう、体を替えなさい」とおっしゃいます。

これは(サンスクリット引用)、既に噛まれた物を噛むことです。クリシュナは生命体に多くの設備を与えられます。「いいでしょう、木になりなさい。いいでしょう、ヘビになりなさい。いいでしょう、半神になりなさい。いいでしょう、王になりなさい。いいでしょう、靴直し職人になりなさい。天国のような惑星に行きなさい。地獄のような惑星に行きなさい。」

非常に多くの種類の生命がありますが、そのすべてにおいて、生命体はこの物質世界の中に閉じ込められています。彼は自由を探し求めていますが、彼は自由はクリシュナの庇護のもとでのみ得られるということを知りません。それを彼は受け入れません。

(改行)この物質世界における苦しみを見て、マーヤーヴァーディー(非人格主義者)たちは生命の種類を無くしたいと願い(ニルヴィセシャ)、仏教徒たちはそれを無にしたいと望みました(シューニャ)。しかし、どちらの提案も可能ではありません。

しばらくの間は種類のない状態に留まるかもしれませんが、再びあなたは種類を欲するようになります。偉い偉いサンニャースィー(放棄階級者)が、(サンスクリット引用)(「非人格の完全存在が実在(true)であり、この宇宙は非実在(false)である」)について非常に多くを教えます。

しかし、再び彼らは政治的および社会的な活動をするためにブラーマンから下りてきます。彼らは長くブラーマンに留まることはできません。ですから彼らはこの物質的な多様性を受け入れなければなりません。なぜなら、多様性が楽しみの母だからです。したがって、私たちの提案はこれです。本当の多様性、クリシュナ意識に至りなさい。そうすればあなたの人生は成功するでしょう。

弟子:  ほとんどの人は、この人生において大いに楽しもうとしているので、彼らは来世のことを考えることさえしません。

SP:  彼らは来世とは何かを知らないので、それを無にします。彼らは言います。「来世は存在しません。」そして、そうすることで彼らは満足しています。ウサギが何らかの危険を見るとき、それは目を閉じて、危険はないと考えます。これらの悪者たちはそのようなものです。それはすべて無明です。

弟子:  ストア哲学と呼ばれる哲学があります。それは、人生は苦しみのためにあるので、人は単に強くなり、大いに苦しむべきである、と言います。

SP:  では、彼らの考え方は、何の抗議もせずに苦しむことができる者、その人が第一級の人物である、というものです。そのような哲学を信じることは、人はどうやって苦しみを止めるかを知らない、ということを意味します。ある部類の哲学者たちは、苦しみは退散させられ得ず(訳注:苦しみを消すことはできず)、したがって私たちはそれに耐えるために強くなければならない、と言います。

そして別の部類の哲学者たちは、人生は苦しみに満ちているので、私たちは人生を無にすべきだ、と言います。しかし、どちらの部類も、苦しみのない本当の人生があるということについて何の情報も持ちません。それがクリシュナ意識です。

人生はあります。しかし苦しみはありません。アナンダマヨ・ビャーサート。単に喜びあるのみ。踊ること、食べること、そして真言を唱えること。苦しみはありません。誰がそれを拒否しますか?そのような愚か者がいますか?

弟子:  人々は、そのような人生が存在することを否定します。

SP:  しかし、そのような人生があると仮定しましょう。そこではあなたは単に踊り、食べ、そして永遠に幸せに生きます。あなたはそれを受け入れたくはないですか?

弟子:  誰もがそれを受け入れたいと思うでしょう。しかし、人々はそれが存在しないと考えます。

SP:  ですから、私たちの最初の提案は、幸せだけがあり苦しみがないという、このような人生がある、ということであるべきです。誰もが「はい、それはいいですね。(Yes, I would like it.)」と言うでしょう。彼らは受け入れます。

不幸にして、人々は繰り返し繰り返し騙されてきたので、彼らはこれはもう一つの詐欺だと考えます。したがって、クリシュナ意識を布教することは、人々に、幸せに満ちて苦しみが無い人生が存在するのだ、ということを納得させることを意味します。

弟子:  私たちもまた騙しているのではない、ということを、何が彼らに納得させるでしょうか。(訳注:何によって納得させたらいいのでしょうか?)

SP:  彼らを私たちの寺院に来て私たちの献身者に会うように招きなさい。(訳注:寺院に招いて献身者に会わせなさい。)私たちは真言を唱え、踊り、そしておいしい食べ物を食べています。これは実際的な証明です。

弟子:  しかし、人はこれらのことを認識する前に浄化されなくてもいいのですか?

SP:  いいえ。私たちは言います。「来て、私たちと一緒にハレ・クリシュナを唱えなさい。あなたは浄化されるでしょう。私たちはあなたから何も望んでいません。私たちはあなたに食べ物をあげます。私たちはあなたにすべてをあげます。単に、来て私たちと一緒に唱えなさい。」これが私たちのメッセージです。

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現代の技術は便利なものです。電気があり、インターネットがあり、コンピューターがあるおかげで、こうして翻訳をして遠くの誰かに伝えることができます。飛行機がなければプラブパーダが世界をまわって大勢の人に言葉を伝えてくださることもなかったでしょうし、ビデオやカメラやテープレコーダーがなければ、こうしてプラブパーダの言葉が今の私たちにそのまま伝わることもなかったでしょう。

技術は諸刃の剣だなと思います。とても便利だけれど、とても怖い。頭を切り落とされた社会では、方向性を失った科学技術が肥大して暴走しています。今、第一にすべきことは原子力発電所の状況がこれ以上悪化しないように努力するということであり、運転中の原発をすべて直ちに止めることであり、被災した人を救うことであり、諸外国と連帯しながら最悪の事態に備えて準備をすることでしょう。個人としては、原子力とは何かを学ぶことであり、健康のためにすべきことを模索することなどでしょうか。不安になるからと言って自分で調べることを怠ってしまうことだけは避けなければなりません。おそらくは、みんながそれをしてきた結果が「知らないうちに地震国に原子炉が76個!」という今なのですから。

そして、心の余裕ができたら、プラブパーダのお言葉に耳を傾ける時間をとって欲しいのです。正しく導く人を失った社会で科学が暴走する危険について、プラブパーダはまるで今の私たちの様子を目の前で見ているかのように語ってくださっています。

このサイトを訪れてくださる方はほとんどいません。平均して一日に4人程度です。どうか、その数少ない皆様にお願いします。どうぞこのサイトを印刷して保存してください。そしてできるだけ多くの方に、ちょっとでも興味を持ちそうな方に伝えてください。用語を変更したり、滑らかな日本語にするための編集も、どうぞご自由になさってください。配布にあたっても、私に許可をとる必要はありません。(コピー代などの実費を越える値段での販売は不可。)プリントしてヨガの教室とか自然食のお店などに置いてもらうとか、そんなこともできるかなあと考えています。

今翻訳している小冊子は、今日で半分終わったところです。あと半分は、技術と失業、科学と信仰、教育と「良い暮らし」、中絶、「力が正義」、科学的な発達と誇大妄想的な言動、技術に霊的な光を当てる、神を見失った科学者たち、神にノーベル賞を、社会革命、、、など、こんな現実を招いてしまった私たちの一人一人が考えるべき事柄に満ちています。どうぞ楽しみにしてお待ちください。そして、繰り返しますが、できるだけ多くの方に読んでいただきたいのです。もう間に合わないかもしれません。でも、間に合うかもしれません。私たちはまだやり直せるかもしれません。
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by ammolitering4 | 2011-04-10 15:30 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」


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