第5章

第5章 簡素な暮らし、高潔な考え

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子たちとの間の次の会話は、1976年6月にウェストバージニア州(アメリカ合衆国)のニュー・ヴリンダーバンで交わされました。

SP:  西洋の文明は、人工的に暮らしの必要性を高めている、ひどい文明です。例えば、電灯をご覧なさい。電灯は発電機を必要とし、発電機を動かすためには石油が必要です。石油の供給が止まれば、直ちにすべてが止まります。

しかし、石油を得るためには大変な苦労をしてそれを探さねばならず、地面や、時には海の真ん中に深い穴を掘らねばなりません。これはウグラ・カルマ、ひどい仕事です。ヒマの種を育て、油を絞り、芯を入れた壷にその油を入れることで、同じ目的が達せられます。(訳注:ひまし油)

私たちは、あなた方が電気によって明かりのあり方(lighting system)を改良したことを認めます。しかし、ひまし油のランプから電気のランプに改良するために、あなたは非常に大変な労働をしなければなりません。あなたは海の真ん中に行って穴を掘り、石油を引き出さねばなりません。

そして、このようにしてあなたの人生の本当の目的が見失われます。あなたは不安定な立場にいます。生命の様々な種の中で、常に死んだり生まれたりしています。この生と死の循環からいかにして自由になるか、これがあなたの本当の問題です。

そして、この問題は人間の人生において解決されるべきものです。あなたは自己認識のための発達した知性を持っています。しかし、自分の発達した知性を自己認識のために使う代わりに、あなたはそれをひまし油のランプから電気のランプに改良するために使っています。それだけです。

弟子:  人々は、あなたの提案は実際的でないと言うでしょう。それに、電気は明かりを灯すだけでなく、他の多くのこともします。私たちの現代の快適さは、ほとんどが大なり小なり電気に頼っています。

SP:  この人生において、あなたは非常に快適に生きているかもしれません。しかし、次の人生においてあなたは犬になるかもしれません。

弟子:  人々はそれを信じません。

SP:  彼らが信じようが信じまいが、それは事実です。例えば、少年は自分が育って若者になるということを知りません。しかし、彼の母親と父親は知っています。もしも少年が「いいえ。僕は若者にはなりません」と言うなら、それは子供じみています。

父親と母親は少年が育って若者になることを知っており、彼が正しい境遇を得られるように(訳注:properly situated、この場合は明確なクリシュナ意識を持った大人になることを意味するのだと思います)自分たちは彼を教育すべきである、ということを知っています。これが保護者の義務です。

(改行)  同様に、私たちが魂の転生について語るとき、悪者たちは「私はそれを信じません」と言うかもしれません。しかし、それはそれでも事実なのです(校正:原文はピリオドが抜けている)。悪者、狂った者は、転生は事実ではないと言うかもしれません。しかし本当の事実は、彼はこの人生における自分の努力の質に応じて別の体を受け入れなくてはならないというものです。(サンスクリット引用)

弟子:  もしも誰かがこう言ったらどうしますか?「ヒマの種を育てるというこの暮らしは、大変難しい。そして農業も全体的に難しい。工場に行って8時間働いて、自分のお金を持って家に帰って楽しむほうが簡単だ。」

SP:  あなたは楽しむかもしれませんが、楽しむことによってあなたは人生におけるあなたの本当の目的地を忘れます。それは知性的ですか?あなたは自分の次の人生を改善するために人間の体を与えられました。例えば、あなたが次の人生で犬になると仮定しましょう。それは成功ですか?あなたはクリシュナ意識の科学を知らねばなりません。そうすれば、犬になる代わりにあなたは神のようになります。

弟子:  かつて、ロンドンにあるジョン・レノンの屋敷で、あなたはトラクターが今日の非常に多くの問題の原因であるとおっしゃいました。それは若者からすべての仕事を奪い、彼らに仕事を求めて都会へ行くことを強いました。私は、田舎での暮らしはより簡素で、より平和的であると気づきました。霊的な人生について考えるのは、(田舎のほうが)容易です。

SP:  そうです。田舎は(都会より)妨害が少なく、脳への負担が少ないのです。ただ自分の食べ物のために少し働き、その他の時間はクリシュナ意識に携わる。これが理想的な人生です。

(改行)  (シュリーラ・プラブパーダ、一輪の花を差しのべる。)この花の細かい繊維をご覧なさい。誰がこれを、このような細かい繊維を、工場で作ることができますか?そして、色の何と鮮やかなことか!もしもあなたがただ一つの花を研究するなら、あなたは神意識になります。あなたが「自然」と呼ぶ機械があり、そしてこの機械からすべてが生じています。しかし、誰がこの機械を作ったのですか?

弟子:  ロンドンであなたは「人々は、花はクリシュナによって、考えをもって描かれたのだということを知らない」とおっしゃいました。

SP:  はい。あなたは、芸術家なくして花がこれほど美しく現れると思いますか?これは愚かです。自然とは何でしょうか?それはクリシュナの機械です。すべてはクリシュナの機械によって為されています。

(改行)  ですから、ニュー・ヴリンダーバンにおいてあなたの人生の相を改善しなさい。広々とした場所に住み、自分の食物となる穀物を育て、自分の牛乳を作り、時間を節約し、ハレ・クリシュナを唱えなさい。簡素な暮らし、高潔な考え、、、理想的な人生です。

しかし、もしもあなたが自分の人生の人工的な必要性、あなたのいわゆる快適さを増すなら、そしてクリシュナ意識という自分の本当の仕事を忘れるなら、それは自殺行為です。私たちは、この自殺的な方針を止めたいと思っています。もちろん、私たちは人々が現代の技術的な発展を止めることを主張しているわけではありません。

私たちは単に、シュリー・チャイタンニャ・マハープラブ(*脚注)によって与えられた単純な方法を提示するだけです。「ハレ・クリシュナを唱えなさい。」

(*) (シュリー・チャイタンニャ・マハープラブは、ご自分自身の献身者という役割を取られた、主クリシュナご自身です。主は聖なる御名を唱えることを通して神への愛を広めるために15世紀後半にお現れになりました。)

技術的な工場においてさえ、唱えることができます。何の難しいことがあるでしょう?機械のボタンを押し続けながら、同時に「ハレ・クリシュナ、ハレ・クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ、ハレ、ハレ。ハレ・ラーマ、ハレ・ラーマ、ラーマ、ラーマ、ハレ、ハレ」と唱えることができます。

弟子:  そして、もしも人々が(ハレ・クリシュナを)唱えることを習慣づけるなら、徐々に彼らは技術を放棄しますか?

SP:  もちろんです。

弟子:  それでは、あなたは彼らの崩壊(destruction)の種を蒔いていらっしゃるのですね。

SP:  いいえ。崩壊ではありません。むしろ建設(construction)です。生と死の繰り返し、常に体を変えること、これが崩壊です。しかし、私たちの方法によって、あなたは永遠に生きます。(サンスクリット引用)(BG4.9)あなたは別の体を得ることがありません。

しかしクリシュナ意識がないと(サンスクリット引用)(BG2.13)、あなたは別の体を受け入れなくてはなりません。それは苦しみを意味します。では、どちらが優れているでしょう?次から次へと物質的な体を受け入れることと、もはや物質的な体を受け入れないことと?

もしも私たちがこの体で自分の苦しみを終えれば、それは知性的です。しかし、もしも私たちが更なる苦しみのために別の体を作り出すなら、それは非知性的です。しかし、クリシュナを理解しない限り、あなたは別の体を受け入れなければなりません。他の方法はありません。
[PR]
by ammolitering4 | 2011-03-28 15:05 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」


<< 第6章 第4章 >>