第3章

第3章 私たちは英知(wisdom)に年代をつけることができるか?

シュリーラ・プラブパーダと英国人の学生との間のこの対話は、1973年8月にロンドンの早朝の散策の間に交わされました。

SP:  クリシュナ意識のメッセージは霊的な世界から来ています。それはこの物質世界のものではありません。したがって、時として人々はそれを誤解するかもしれません。ですから私たちはそれを上手に説明しなければなりません。

彼らは、魂とは何であるかということさえ理解できません。偉い偉い科学者たち。偉い偉い哲学者たち。彼らは霊と霊的な世界について何の情報も持っていません。したがって、時として彼らはそれを理解するのに困難を感じます。

客:  最近、私はヴェーダの年代決定について幾らかの研究をしています。ご存知でしょう(訳注:You know, 「あのぅ、」などの特に意味のない言葉でもある)、ハラッパ遺跡(訳注:dig、発掘中の遺跡)とモヘンジョ・ダロからの証拠は、ヴェーダの年代がかつて考えられたよりも実際はかなり新しいものであることを示している、と、一部の考古学者たちは主張しています。これはヴェーダから幾らかの権威を奪うように見えます。なぜなら、それはもはや世界中で一番古い宗教的な聖典であるように見えないからです。

SP:  ヴェーダは「宗教」を意味するのではありません。ヴェーダは「知識」を意味します。ですから、もしもあなたが知識の歴史を辿って起源を突き止めることができれば、そうすればあなたはヴェーダの年代を突き止めることができます。あなたは、いつ知識が始まったか、起源を突き止めることができますか?それを突き止めることができますか?

客:  私は、私たちにできるとは思いません。

SP:  それでは、どうやってあなたはヴェーダの歴史を遡って起源を突き止めることができますか?ヴェーダは「知識」を意味します。それなら、まず最初にどの日付から知識が始まったかを見つけなさい。そうすればあなたはヴェーダの年代を知ることができます。

(改行)  ヴェーダの歴史は、この物質世界の創造の日から始まりました。誰も創造の日付を特定することはできません。創造はブラーマーの生とともに始まります。そしてあなたはブラーマーの一日の長ささえ計算することができません。

ブラーマーの夜の間、宇宙はある程度まで壊滅させられ、彼の昼の間、再び創造が生じます。壊滅には2種類あります。一つの壊滅はブラーマーの夜の間に生じ、もう一つの最終的な壊滅は宇宙顕現全体を滅ぼします。しかし、これらのちっぽけな人々はヴェーダの年代について推量しています。それは滑稽なことです。

(改行)  夜に育ち、一日が始まる頃に死ぬ多くの微生物がいます。一晩が彼らの全生涯なのです。そして、私たちの人生はそのようなものです。私たちに何の歴史が書けるでしょう?ですから、私たちはヴェーダの知識をヴェーダの権威から受け取ります。

(改行)  人はカエルの哲学者であるべきではありません。あなたはカエルの哲学について知っていますか?カエル博士は大西洋を見たことがありませんでした。すると誰かが彼に告げました。「おお、私はものすごくたくさんの水を見ました。」

(改行)  それでカエル博士は言いました。「おお、それはこの井戸より大きいですか?」

客:  はい、それは彼の概念を越えていました。

SP:  そうです。ですから、これらの学者たちは自分たちの井戸の中で朽ちていくカエルのようなものです。彼らがヴェーダの知識についていったい何を理解できるというのでしょう?

客:  はい、分かります。話は変わりますが、人生の最も正しい(true)形、人生の最も純粋な形は、自然に寄り添って生きるそれであり、私たちが自分たちの都会という環境で行っているような自然に逆らったものではない、ということをヴェーダは肯定している、とあなたは感じていらっしゃるのでしょうか?

SP:  おお、そうです。本当の人生は、あなたの身体的な活動を最小化しなければならないことを意味します。時間を節約して、自らを霊的な理解に捧げることができるようにするためです。それが本当の人生です。そして、人生の身体的な概念に基づいた現在の文明は、動物の人生です。それは文明化された人生ではありません。(サンスクリット引用)

文明化された人生は、人が非常に発達して、彼が霊魂について問うときに始まります。しかし、そのような問いがないとき、人々が霊魂とは何であるかと問えないとき、彼らは猫や犬のようなものです。ヴェーダの人生は人に身体的な妨害からできるだけ自由になることを教えます。

したがって、ヴェーダの教育はブラーマチャリャ、(訳注:性的な)禁欲から始まります。分かりますか?しかし、これらの悪者たちは自分たちの性生活を抑えることができません。彼らの哲学は、人は何の規制もなく性生活を続けるべきであり、妊娠が生じれば子供を殺す、というものです。

客:  はい。

SP:  それは彼らの、悪者の哲学です。彼らは、人は訓練によって性生活を忘れることができるということを全く知りません。そして、もしも性生活を忘れるなら、どうして中絶ということがあり得るでしょうか?しかし、彼らはそれができません。したがって、こう言われています。(サンスクリット引用)何の規制もない感覚の楽しみによって、彼らは徐々に動物の人生の水準へ降りて行きつつあります。

(改行)  中絶、すなわち子宮の中の赤ん坊を殺すことに手を染める者は、次の生において子宮の中に入れられ、誰かが彼を殺します。殺した赤ん坊の数と同じだけ、彼は生を受け入れなければならず、殺されます。ですから、何百年もの間、彼にとって昼の光を見ることは不可能になります。彼は子宮の中に留まり、殺されます。人々は自然の法律を知りません。

人は国家の法律を犯すように自然の法律を犯すことはできません。例えば、あなたが誰かを殺すと仮定しましょう。あなたは計略によって逃れることができます。しかし、あなたは自然の法律から逃れることはできません。あなたが殺したのと同じ回数だけ、あなたは子宮の中で殺されなければなりません。それが自然の法律です。

客:  ほんの先週、私はロンドンの主要な病院の一つの中の中絶病棟で働く看護婦と話していました。それはひどいものです。一部の胎児は非常に発達した状態にあるので、明らかに生は高い可能性があります。(訳注:life is a strong possibility、生命が宿っていた可能性が高い、という意味か?)

SP:  可能性の話ではありません。生は性交の一番初めから始まります。生命体は非常に小さいのです。自然の法則によって、彼のカルマに応じて、彼は父親の精液の中に送られ、母親の子宮の中に注射されます。男の精子と女の卵子は乳化し、ちょうどエンドウマメのような形を形作ります。それからそのエンドウマメのような形が徐々に発達します。これはすべてヴェーダ文献に描写されています。最初の段階は、耳、目、鼻腔、口、性器、肛門という9つの穴の形成です。

(改行)  それから徐々に感覚が発達し、6ヶ月半たってすべてが完成したとき、生命体の意識が戻ってきます。体が形成される前は、生命体は麻酔にかかった状態のように無意識の状態でいます。それから彼は夢を見て、それから徐々に意識が戻ります。そのとき彼は「出て行きたくない」と強く願いますが、自然は彼を押し、そして彼は出てきます。これが誕生の過程です。

(改行)  これがヴェーダの知識です。ヴェーダ文献の中に、あなたはすべてが完全に描写されているのを見ることができます。(訳注:ヴェーダ文献の中にはすべてが完全に描写されています。)したがって、どうしてヴェーダが歴史に影響され得るでしょうか?しかし、難しいのは私たちが霊的な事柄について語っているということです。ですから、全くの物質主義者にとっては、それは時として理解するのが困難です。彼らは非常に頭が鈍いので、理解できないのです。
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by ammolitering4 | 2011-03-27 03:29 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」


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