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序論 第41段落から終わりまで

第41段落

ヴィシュヌは、単にマーヤー、すなわち物質自然をちらりと見ることによって彼女をはらませました。これが霊的な方法です。物質的には、私たちは自分たちの体の特定の一部だけによって妊娠させられるという限界がありますが、至高主、クリシュナ、あるいはマハー・ヴィシュヌは、どの部分を使っても、そしてどの部分をもはらませることができます。

単にちらりと見ることによって、主は物質自然の子宮の中に無数の生命体をはらませることができます。ブラーマ・サムヒターもまた、至高主の霊的な体は非常に強力なので、その体のいかなる部分も他のあらゆる部分の機能を果たすことができると確認しています。

私たちは自分の手や肌でしか触ることができませんが、クリシュナは単にちらっと見ることで触ることができます。私たちは目でしか見ることができません。私たちは目で触ったり匂いをかいだりすることはできません。

しかし、クリシュナはご自分の目で匂いをかぐことも食べることもおできになります。クリシュナに食べ物が捧げられるとき、私たちは主が召し上がるのを見ることはできません。しかし主は単に食べ物をちらっと見ることだけで食べることがおできになるのです。

わたしたちは、ありとあらゆるものが霊的である霊的世界において物事がどのように機能するか、想像することができません。クリシュナが食べることをなさらないとか、主が召し上がるのだと私たちが想像するとか、そういうことではありません。

主は実際に食事をなさいます。しかし、主の食べるという行為は、私たちのそれとは異なるのです。私たちの食事(eating process)は、私たちが完全に霊的な水準に至ったときには主のそれと似通ってくるでしょう。その水準においては、体のすべての部位が他のすべての部位の代わりに機能することができます。

第42段落

ヴィシュヌは創造するために何も必要となさいません。主はブラーマーを誕生させるために女神ラクシュミーを必要とはなさいません。ブラーマーはヴィシュヌのヘソから育った蓮の花からお生まれになったからです。

女神ラクシュミーはヴィシュヌの足元に座って主に奉仕なさいます。この物質世界においては、子供を作るためには性交が必要です。しかし霊的世界においては、人は自分の妻の助けを得ずに好きなだけたくさんの子供を作ることができます。

私たちは霊的エネルギーを全く経験していないので、ヴィシュヌのヘソからブラーマーが誕生したというのは単なる作り話だと考えます。私たちは、霊的エネルギーはとても強力なのでそれはどんなことでもできる、ということに気づいていないのです。物質的なエネルギーは特定の法則に依存していますが、霊的なエネルギーは完全に独立しています。

第43段落

ブラーマーは、マハー・ヴィシュヌの部分的な顕現に過ぎないガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌのヘソからお生まれになりました。マハー・ヴィシュヌの肌の毛穴の中に無数の宇宙が種のように存在しており、主が息を吐くときそれらはすべて顕現します。

物質世界では、私たちはそのようなことを全く経験しません。しかし私たちは発汗という現象の中で歪んだ反映を経験します。しかし、私たちはマハー・ヴィシュヌの一回の息の長さを想像することはできません。一回の息の中ですべての宇宙が作られ、滅ぼされるからです。

主ブラーマーは一回の息の間だけ生きます。そして私たちの時間によれば43億2千万年がブラーマーの12時間にあたるに過ぎず、ブラーマーは100年生きます。それにも関わらず、ブラーマーの一生はマハー・ヴィシュヌの一回の息の中に納まるのです。このように、至高主の息の力を想像することは私たちには可能ではありません。そのマハー・ヴィシュヌは単にクリシュナの部分的な顕現に過ぎません。

第44段落

こうしてクリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーは、主チャイタンニャ・マハープラブをシュリー・クリシュナご自身、すなわち至高の人格神として、そして主ニテャーナンダをバララーマ、すなわちクリシュナの最初の拡張体として論じました。

主チャイタンニャ・マハープラブのもう一人の主要な弟子であるアドヴァイターチャーリャは、マハー・ヴィシュヌの拡張体であるとして受け入れられています。このように、アドヴァイターチャーリャもまた主、あるいはもっと正確には主の拡張体です。

アドヴァイタという言葉は二重性がないということを意味し、彼がそのような名前であるのは、彼が至高主と異ならないからです。彼はまた、アーチャーリャとも呼ばれます。彼はクリシュナ意識を広めたからです。このように、彼はちょうどチャイタンニャ・マハープラブのようなものです。

チャイタンニャはシュリー・クリシュナご自身でありながら、一般の人々にいかにしてクリシュナを愛するかを教えるために献身者としてお現れになります。同様に、アドヴァイターチャーリャはただクリシュナ意識の知識を配布するためだけにお現れになりました。

このように、彼もまた、献身者として化身なさった主でいらっしゃいます。クリシュナは五つの異なる拡張体として顕現なさり、主と主の仲間たちのすべては、シュリー・クリシュナ・チャイタンニャ、ニテャーナンダ、アドヴァイターチャーリャ、ガダーダーラ、シュリーヴァーサおよび他の人々の形をとって、至高主の献身者としてお現れになりました。

どの場合でも、チャイタンニャ・マハープラブはご自分のすべての献身者にとってエネルギーの源です。このようなわけで、もしもクリシュナ意識をうまく遂行するためにチャイタンニャ・マハープラブに依り頼めば、私たちは必ず進歩することができます。

ナロッタマ・ダーサ・タークラによる献身歌の一つには、次のように歌われています。「我が親愛なる主チャイタンニャよ。どうぞ私に慈悲を賜りますように。あなたほど慈悲深い方はいらっしゃいません。私の嘆願は緊急を要します。あなたの使命は堕落した魂を救うことであり、私より堕落した者はいないからです。どうぞ私を優先してください。」

第45段落

チャイタンニャ・チャリタームリタの著者、クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーは、ヴリンダーヴァンの住人であり、偉大な献身者でした。彼はベンガルのブルドワン地域のカトワという小さな町に家族と一緒に住んでいました。

彼の家族もまたラーダー・クリシュナを崇拝していましたが、あるとき、献身奉仕について家族の間で何らかの意見の食い違いがあり、 クリシュナダーサ・カヴィラージャは夢でニテャーナンダ・プラブに家を出てヴリンダーヴァンに行くように助言されました。

彼は非常に年取っていましたが、その夜に出発して、ヴリンダーヴァンに行って住みました。そこにいた間に、彼は何人かのゴスヴァーミーたち、主チャイタンニャ・マハープラブの主要な弟子たちに会いました。彼はヴリンダーヴァンの献身者たちにチャイタンニャ・チャリタームリタを書くように頼まれました。

彼は非常な高齢でこの仕事を始めましたが、主チャイタンニャの恵みによってこれを終えました。今日なお、これはチャイタンニャの哲学と人生に関する最も権威ある本であり続けています。

第46段落

クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーがヴリンダーヴァンに住んでいたときは、寺院はあまり多くありませんでした。当時はマダナ・モハナ、ゴヴィンダジー、およびゴピーナーターが三つの主要な寺院でした。

ヴリンダーヴァンの住人として、彼はこれらの寺院の神像に敬意を捧げ、神の恩寵を乞いました。「霊的な人生における私の進歩は大変遅々としています。どうか助けてください。」チャイタンニャ・チャリタームリタの中で、 クリシュナダーサはまず、私たちがクリシュナ意識において進歩できるように助けることのできるマダナ・モハナのヴィグラハ神に敬意を捧げます。

クリシュナ意識の遂行において、私たちの最初の仕事は、クリシュナおよび私たちの主との関係を知ることです。クリシュナを知ることは自己を知ることであり、自己を知ることは自分のクリシュナとの関係を知ることです。この関係は、マダナ・モハナのヴィグラハを崇拝することによって学ばれ得るので、 クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーはまずヴィグラハ神との関係を確立なさいます。

第47段落

これが確立されたとき、クリシュナダーサは機能的な神像であるゴヴィンダの崇拝を始めます。ゴヴィンダは永久にヴリンダーヴァンにお住まいになります。ヴリンダーヴァンの霊的な世界では、建物は試金石(touchstone、金や銀の純度を測るのに使われた玄武岩などの黒い石)でできていて、牛は豊富な乳を出すスラビー牛として知られ、木は何でも人の望むものを実らせるので「望みを叶える木」として知られています。

ヴリンダーヴァンでは、クリシュナはスラビー牛たちを飼い、主は何百何千ものゴピー、すなわち牛飼いの娘たちに崇拝されています。彼女らは皆、幸運の女神です。クリシュナが物質世界に降臨なさるとき、この同じヴリンダーヴァンが降臨します。

ちょうど側近が名士に同伴するようなものです。クリシュナがおいでになるときに主の国(land)も来るので、ヴリンダーヴァンは物質世界に存在しているとは考えられません。したがって、献身者たちはインドのヴリンダーヴァンに依り頼みます。

それはもともとのヴリンダーヴァンの複製だと考えられているからです。そこにはカルパ・ヴリクシャ、すなわち「望みを叶える木」がない、と人は文句を言うかもしれませんが、ゴスヴァーミーたちがそこにいたときはカルパ・ヴリクシャがありました。

人が単にそのような木のところへ行って要求をするというのではありません。人はまず献身者にならねばなりません。ゴスヴァーミーたちは、木の下で一晩だけ過ごし、木々は彼らの望みのすべてを満たします。俗人にとっては、これは全く非常にすばらしいことに見えるかもしれませんが、人が献身奉仕において発達するにつれて、これらのことのすべては理解できるようになります。

第48段落

ヴリンダーヴァンは、物質的な楽しみから喜びを得ようとすることをやめた人々によって、実際にありのままに経験されます。「いつ私の心から物質的な楽しみへのすべての渇望が消え去るのですか?そうすれば私はヴリンダーヴァンを見ることができるのです」と、ある偉大な献身者は尋ねます。

私たちがもっとクリシュナ意識になってもっと発達すれば、それにつれてすべては霊的なものとしてもっと明らかにされます。こうして、クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーはインドのヴリンダーヴァンを霊的世界にあるヴリンダーヴァンと同じくらい良いものだと考え、彼はチャイタンニャ・チャリタームリタにおいて、ラーダーラーニーとクリシュナがヴリンダーヴァンの「望みを叶える木」の下で、貴重な宝石で飾られた玉座に座っていらっしゃる様子を描写しています。

そこでは、クリシュナの愛しい友人たち、すなわち牛飼いの少年たちとゴピーたちが、歌ったり踊ったり、ベテルナッツ(ビンロウの実)と軽食を捧げたり、主なるお二人を花で飾ったりして奉仕しています。今日でさえ、インドでは7月には人々は王座を飾ってこの様子を再現します。普通は、そのときには人々はヴリンダーヴァンに行って、その地の神像に敬意を捧げます。

第49段落

クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーは、ラーダーとクリシュナの神像は私たちにどうやってラーダーとクリシュナに奉仕をするかを教える、と主張します。マダナ・モハナの神像は、単に「私はあなたの永遠なる従者です」ということを確立します。

しかし、ゴヴィンダにおいては実際の奉仕の受容があり、したがって主は機能的な神像と呼ばれます。ゴピーナーターの神像は、ゴピーたちの主人であり所有者としてのクリシュナです。主はご自分の笛の音ですべてのゴピー、すなわち牛飼いの娘たちを魅了しました。

そして彼女らがやってきたとき、主は彼女らと踊られました。これらの活動は、すべてシュリマッド・バーガヴァタムの10巻に描写されています。これらのゴピーはクリシュナの子供時代の友人たちでした。そして彼女らは皆結婚していました。インドでは女の子たちは12歳までには結婚しているからです。

しかし男の子たちは18歳前には結婚しません。したがって、その頃15歳か16歳だったクリシュナは結婚していませんでした。それにも関わらず、主はこれらの女の子たちを家から呼び出し、ご自分と一緒に踊るように誘いました。

その踊りはラーサ・リーラーの踊りと呼ばれており、それはすべてのヴリンダーヴァンの娯楽の中で最も高位なものです。したがって、クリシュナはゴピーナーターと呼ばれています。主はゴピーたちの愛する主人であられるからです。

第50段落

クリシュナダーサ・カヴィラージャ・ゴスヴァーミーは、主ゴピーナーターの恵みを請願します。「あのゴピーナーター、ゴピーたちの主、クリシュナがあなたを祝福してくださるように。あなたがゴピーナーターによって祝福されますように。」

ちょうどクリシュナがご自分の笛の美しい音色によってゴピーたちを魅了なさったように、チャイタンニャ・チャリタームリタの著者は、主がご自分の超越的な振動によって同じく読者の心をも魅了なさることを祈ります。その振動の真髄を簡単に読める要約によって伝えることが、この本「主チャイタンニャの教え」の目的です。

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以上で序論を終わります。まだあと320ページくらいありますので、5ヵ年計画くらいでやっていきましょう。この後はしばらく絵の方にかかりますので、続きはだいぶ先になります。しばらくお待ちください。どうぞ皆様、良いお年をお迎えください。
by ammolitering4 | 2009-12-31 04:58 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(2)
Commented by amorcam at 2010-01-07 17:51 x
貴重な翻訳をありがとうございます。本来なら一生読むことができなかったかもしれないこのご著書を拝読でき、心から感謝しています。5ヶ年計画とのこと、どうか無事に成就されますよう、主クリシュナ様にお祈り申し上げます。葉子様のお仕事の方も、つつがなく順調に運ばれますように。本当に、ありがとうございます。
Commented by Yoko at 2010-01-08 03:18 x
こちらこそ、読んでいただいて嬉しいです。すばらしい内容の本ですので、翻訳できる機会が得られたことを私はクリシュナに感謝しています。

今はちょっと道草を食っています。アルバイトが主ですが、描きたい絵もいくつかあります。通勤途中や休み時間などは、持ち歩ける別の小さな本を翻訳しています。「ハイヤーテイスト」の改訂版です。

これは内容が違っていて気分転換にもなるので、近いうちにご紹介しようと思っています。つたない翻訳ですが、どうぞ楽しみにお待ちください。
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