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第2段落 後半

第16段落

功利主義者が主張するように、聖典に定められた幾らかの規則と規律を当面の利益のために受け入れることは、ニヤマ・アーグラハと呼ばれます。そして、霊的な発展のためにあるシャーストラの規律と規則を守らないことはニヤマ・アグラハと呼ばれます。アーグラハという言葉は「熱心に受け入れる」を意味し、アグラハは「受容し損ねる」を意味します。

ニヤマ(規則と規律)という言葉にこれらの二つの言葉のどちらかを組み合わせて、ニヤマーグラハという言葉ができます。そのため、ニヤマーグラハには特定の言葉の組み合わせに従って理解される二重の意味があります。クリシュナ意識に興味のある者は、経済的な発展のために規律と規則を受け入れることに熱心であるべきではありません。しかし彼らはクリシュナ意識の発展のために非常に忠実に(faithfully、信心深く)聖典に示された規則と規律を受け入れるべきです。彼らは不正な性交と肉食と賭け事と陶酔物の摂取を避けることによって、厳格に規律と規則に従うべきです。

第17段落

人はまた、単にヴァイシュナヴァ(献身者)を冒涜するだけのマーヤーヴァーディーとの関わりも避けるべきです。物質的な幸せに興味のあるブークティ・カーミー、形の無い完全存在(ブラーマン)の存在に同化することによる解放を望むムクティ・カーミー、そして神秘的なヨガの修行の完成を望むスィッディー・カーミーは、アテャーハーリーに分類されます。そのような人々との関わりは、全く望ましくありません。

第18段落

神秘的なヨガの完成によって、ブラーマンの存在に同化することによって、あるいはいつ消えるか分からない(whimsical、気まぐれな)物質的な富を得ることによって心を拡大する欲求は、どれも貪欲さ(ローリャ)に分類されます。そのような物質的な利益や、いわゆる霊的な発達を得ようとするすべての試みは、クリシュナ意識の道における障害物です。

第19段落

資本主義者と共産主義者の間で争われている現代の戦争は、アテャーハーラに関するシュリーラ・ルーパ・ゴスヴァーミーの助言を彼らが避けていることが原因です。現代の資本主義者たちは必要以上の富を蓄え、そして彼らの豊かさをねたむ共産主義者たちは、すべての富と豊かさを国有化したいと望みます。不幸にして、共産主義者たちは富とその配分の問題を解決するにはどうしたらよいかということを知りません。結果として、資本主義者たちの富が共産主義者たちの手に落ちるとき、何の解決も生じません。

これらの二つの哲学と反対に、クリシュナ意識の観念形態(イデオロギー)は、すべての富はクリシュナに属する、と述べます。このように、すべての富がクリシュナの管理の下に来ない限り、人類の経済的な問題に解決はあり得ません。富を共産主義者や資本主義者の手中に置くことによっては、何事も解決され得ません。

もしも道に100ドル札(訳注:一万円札に相当する)が落ちていれば、誰かが拾ってポケットに入れるかもしれません。そのような人は正直ではありません。もう一人の人は、そのお金を見て、他者の所有物を触るべきではないと考えてそのままにしておくかもしれません。この2番目の人は、自分自身の目的のためにそのお金を盗むことはしませんが、彼はその正しい使い方に気づいていません。

100ドル札を見た3番目の人は、それを拾って、落とした人を探して、それをその人のところに届けるかもしれません。この人は、自分のために使うためにお金を盗みもせず、無視して道に落ちたままにするでもありません。拾って落とした人に届けることによって、この人は正直であって賢くもあるのです。

第20段落

単に富を資本主義者から共産主義者に移動させても、現代の政治の問題を解決することはできません。共産主義者がお金を得ると、彼はそれを自分の感覚の満足のために使う、ということが証明されているからです。世界の富は実際はクリシュナに所属しており、そして人間も動物も、すべての生命体は自分の維持のために神の所有物を使う生来の権利を持っています。資本主義者であれ、共産主義者であれ、誰かが自分の維持のために必要な分以上を取るなら、その人は泥棒であり、そのため彼は自然の法によって罰せられます。

第21段落

世界の富は、すべての生命体の福祉のために使われるべきです。それが母なる自然の計画だからです。すべての人は、主の富を利用することによって生きる権利を持っています。人々が主の所有物を科学的に利用する術を学ぶとき、彼らはもはや互いの権利を侵害しないようになります。そして理想的な社会が形作られます。そのような霊的な社会のための基本的な原則は、シュリー・イーショパニシャッドの最初のマントラに述べられています。

(サンスクリット引用)

「宇宙の中の動的であるもの、あるいは動的でないもののすべては、主によって統御され、所有されています。したがって、人はすべてが誰のものであるかを良く知り、自分の割り当て分として取り分けられている、自分に必要なものだけを受け入れるべきであり、その他のものを受け入れるべきではありません。

第22段落

クリシュナ意識の献身者は、互いの人生や権利を侵害する必要無くしてすべての生命体が人生のすべての必要性を満たすことができるように、この物質世界は主の完全な配剤によってデザインされていることを非常によく知っています。この完全な配剤は、すべての者にそれぞれの本当の必要性に応じて富の適正な分け前をあてがいます。そして、このようにして、すべての者が簡素な暮らしと高い思考という原則に添って平和に暮らせます。

不幸にして、神の計画への信仰も、より高い霊的な発展への欲求もない物質主義者たちは、神によって与えられた自分の知性を、単に自分の物質的な所有物を増大させるためだけに誤用します。彼らは、自分たちの物質的な地位を向上させるために、資本主義や共産主義などの多くの体系を考案します。彼らは、神の法や、より高い目的地に興味がありません。感覚の満足のための無限の欲求を満たすことにいつも一生懸命で、彼らは自分の仲間である他の生命体を食い物にする能力が際立っています。

第23段落

人間の社会がシュリーラ・ルーパ・ゴスヴァーミーによって列挙されたこれらの欠点(アテャーハーラなど)を放棄するとき、人間と動物、資本主義者と共産主義者などの間のすべての対立は終わります。さらに、経済的あるいは政治的な不調和(maladjustment、調整不十分、不適応)と不安定さのすべての問題も解決されます。この純粋な意識は、クリシュナ意識運動によって科学的に提供される正しい霊的な教育と修練によって呼び覚まされます。

第24段落

このクリシュナ意識運動は、世界に平和な状態をもたらすことのできる霊的な共同体を提供します。すべての知性的な者は、このクリシュナ意識運動を真剣に受け入れることによって(by taking wholehearted shelter of)自分の意識を浄化し、上述の献身奉仕への6つの障害物を捨て去るべきです。
by ammolitering4 | 2009-12-04 20:22 | 「教えの甘露」


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