記事3

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サンデータイムズ
1977年9月4日

「挑戦はまだ続いている」
シュリーラ・ハムサドゥータ・スヴァーミー

まず、コヴォール博士は私が先の記事において予言したのと全く同じことをした―――つまり、主たる問題を避けるために読者を巧みに操った言葉の洪水で水浸しにした、ということが記しておかれるべきです。その主な問題とは、これです。もしも生命が偶然の生化学的な組み合わせによって生じるのであれば、科学者であるコヴォールは適切な化学物質を与えられれば化学物質に生命を吹き込むことができるのでしょうか?

この点に答える代わりに、彼は賢くも(訳注:原語はcleverly、この場合は「ずる賢い」という意味合いを持つ)こう書きました。「科学者たちはフェルミニウム、プルトニウム、アインスタイニウムなど10以上の元素を作り出しました。」

しかし、元素は生命からはかけ離れたものです。コヴォール博士は、シリル・ポンナムペルマ博士と、ノーベル賞受賞者であるバル・ゴビンド・コーラナ博士が生命原形質の構築ブロックを合成したと言います。もしもこれが事実なら、なぜコヴォール博士はこれらの構築ブロックを使って生命を作ることで挑戦に応えていないのですか?私の挑戦はまだ続いています。

試験管の中で赤ん坊を人工保育することについては、これは「生きた男と女の」(訳注:強調)精子と卵子を使ったときにのみ、なされ得ます。言い換えると、試験管の中の赤ん坊を作り出すのに必要とされる生命の種は、いわゆる科学者たちによっては作り出され得ません。もしも彼らが試験管の中で赤ん坊を作るなら、彼らの栄誉は何なのですか?神は既に自然の試験管、子宮の中で毎日何百万もの赤ん坊を作っています。一方で、科学者たちは堕胎によって子宮の中の赤ん坊を何千と殺し、それを「科学的な発展」と呼んでいます。

コヴォール博士の、「科学者たちは客観的な思考者です。彼らは自分たちの考えを実験的な知識に基づかせるからです」という言明は、魂は限られた感覚の範疇を超えたところにあるという私たちの論点を強調するだけに留まります。したがって、完全に異なるアプローチの方法が採用されなくてはなりません。実験的という言葉の定義は、「観察と実験に基づいているもの」というものです。観察と実験は限界のある感覚を使ってなされ、そしてそのため、そのようにして得られた結論は当然限界があり、不完全です。このように、魂と神の存在は、事実まことにコヴォール博士の観察能力を超えているのです。なぜ彼はこれほど頑固であるべきでしょうか?これは、誰でも理解できる常識的な論点です。

コヴォール博士は、「創造的な考えに携わることは、人間の独特の能力です。それは彼をして自然の法則に対する戦いに勝利させました」と言います。これは愚か者たけが言う不合理な主張です。自然は、すべての人が老齢と病気、そして最終的に死を経験することを強制します。世界の最も強大な征服者でさえ、自然によって、すべてを滅ぼす死という形で生命の舞台から無力にも引きずり下ろされます。コヴォール博士は、歴史上初の死なない生命体になるのでしょうか?それはまだ分かりません。
最後に、コヴォール博士は「近年の人類のすばらしい業績の一部は、原子エネルギーの解放、宇宙飛行、月への着陸」などであると言います。原子エネルギーを発見した後で、科学者たちが最初にしたことは、原子爆弾を作ってそれを直ちに日本に落とし、そうして何千何万もの罪のない被害者たちを一瞬で滅ぼしたことであることを誰もが知っています。まことに素晴らしいではありませんか。

気の遠くなりそうな何十億ドルというお金と何年もの研究と大変な労働を費やして、科学者たちは恐らくは月へ行きました。もちろん、彼らが「持ち帰った」ものは、いくらかのピンボケした写真と、少々の岩と、月は荒涼としているという新事実だけです。そして今、彼らは火星へ行くためにもっとお金が欲しいと言います。これの何がそんなに素晴らしいのですか?それは完全な狂気です。私たち自身の惑星の上で、何百万という人々が食べ物や住みかや基本的な教育を得られずにいます。もしも月から岩を持ってくることに何億ドルも使う代わりに納税者が汗水流して稼いだお金を地上で彼らの暮らし(lot)を改良するために使うのであれば、科学者たちはもっと栄誉があるでしょう。中国から来たものであれ、月、あるいは火星から来たものであれ、岩は岩です。あるいは、科学者は岩に何かの化学物質を加えてパンとチーズに変えられるのですか?

さて、主な論点に言及すると、コヴォール博士は、どのような客観的な証拠に基づいて私たちが「生命と物質はどちらも生命から生じる、魂が存在する、魂の再生が存在する、そして至高の魂、神が存在する」(訳注:分かりやすくするために括弧を付加)という素晴らしい言明をするのか、と聞きます。「火には火をもって戦え」と言われます。したがって、私は単にコヴォール博士に、3人の研究者による権威があって合理的で全く科学的な発見を参照していただきたいと思います。彼らは皆、博士号があり、バクティヴェダンタ協会の会員です。彼らが提示した証拠(*)を検討したあと、本当に合理主義者である者は、生命は決して物質からは発生せず、生命のみから生じるのであるという彼らの結論に同意するでしょう。(should)

ハムサドゥータ・スヴァーミー
ISKCONスリランカ

*バクティヴェダンタ協会学術論文
#1「物質とは何であり、生命とは何であるか」
#2「生命が物質からは生じ得ないということの情報理論による論証」
#3「意識と自然の法則」
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by ammolitering4 | 2009-09-24 07:27 | 「生は生より来たる」


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