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朝の散策16

朝の散策―――16

1973年12月10日、ロサンゼルス近くの太平洋岸にて録音。
シュリーラ・プラブパーダの同行者は、Dr.シング、フリダヤーナンダ・ダーサ・ゴスワミ、および他の生徒たち。

1.「至高」の意味

SP:この物質世界における至高性の意味は何ですか?なぜあなたはニクソン大統領をあなたの国家の中の最高の人物として受け入れるのですか?

DS:彼には幾らかの力があるからです。

SP:はい。そして、なぜ彼は至高なのですか?政府の一番の従者として、彼は一番高い給料を受け取り、すべての一番良い設備を持ち、そして彼の命令は最終的だからです。

DS:彼は他の人を納得させる力を持っています。

SP:いいえ。あなたは彼に同意しないかもしれません。しかし彼は至高なので、あなたは彼の命令を受け入れなければなりません。それが彼の立場です。それは、あなたが受け入れるか受け入れないかに左右されません。それが至高性の意味ではありませんか?ヴェーダ文献には、至高性の特徴を持つ者は幸運であると書かれています。至高的に幸運な人は神です。(サンスクリット引用)「主は何百何千ものラクシュミー、すなわち幸運の女神にかしづかれています。」(BG5.29)ここ、この惑星においては、私たちは幸運の女神からほんの少しの恵みを乞うています。しかし、クリシュナはいつも何千もの幸運の女神たちに崇拝されているのです。

DS:それほど幸運な誰かのことを知覚するのは、私たちの考える能力を超えています。


SP:そうです。したがって、クリシュナはアチンテャ、計り知れないのです。私たちは、主がいかに偉大か、あるいは幸運か、見積もることができません!亜アチンテャとは、「私たちが見積もることができないもの」を意味します。私たちは、神の栄光の一部―――この物質的な自然だけを見ることができます。それは単に神の力の部分的な展示に過ぎないのです。至高の人格には多くの力があります。彼は劣性なエネルギーと優性なエネルギーを持っています。バガヴァッド・ギーター(7.4)において、クリシュナはおっしゃいます。

(サンスクリット引用)

「土、水、火、空気、エーテル、心、知性、および偽りの自我―――これらの八つが合わさって私の離れた物質的なエネルギーを構成しています。」バガヴァッド・ギーターの次の節において、クリシュナはご自分の優性なるエネルギー(パラー・プラクリティ)を描写なさいます。それは霊的な世界として顕現しています。ですから、もしも劣性なる物質エネルギーの中に非常に多くの素晴らしいものがあるなら、霊的な世界の中にはもっとどんなに素晴らしいものがあるか、想像して御覧なさい。これが優性ということの意味です。

2.「ヨガの力の神秘」

フリダヤーナンダ:そして、私たちが地上で見るすべての生命の多様性は、霊的な世界の中にも含まれているのですか?

SP:はい。そしてさらに、もしもこの劣性なるエネルギーの中にそれほど多くのすばらしい生命の多様性があるなら、霊的な世界における優性なる生命の多様性がいかにすばらしいか、考えてごらんなさい。この物質的な宇宙においてさえ、一部の惑星の住人は他の惑星の住人よりはるかに優れているのです。例えば、地球の人々は素晴らしい力を手に入れるために神秘的なヨガを実行しますが、スィッダーロカと呼ばれる惑星の人々はこれらの偉大なるヨガの力を自然に持っています。地球では、鳥は飛べて、しかし私たちは非常にお金のかかる機械を使わなくては飛べないのは自然です。しかし、スィッダーロカのような惑星では、住人は機械を使わなくても一つの惑星から別の惑星に飛ぶことさえできるのです。彼らは単に意思することで他の惑星に行くことができます。地球においてさえ、一部のヨギーは早朝に四つの場所―――ジャガンナーサ・プリー、ラーメシュヴァラ、ハードウォー、およびドヴァーラカー(脚注22)で、同時に沐浴することができます。あるヨギーの友人は、よくカルカッタの私の父を訪ねていました。そのヨギーは、自分が単に座って自分のグルに触れると、カルカッタからドヴァーラカーへ2分で行ける、と父に言いました。それがヨガの力です。それでは、今日の飛行機は何ですか?ドゥルヴァーサー・ムニは、宇宙全体と、そしてヴァイクンター(脚注23)までも一年の間に旅しました。現代の計算によれば、この宇宙におけるある惑星は、4万光年(脚注24)以上も離れています。これは、もしもあなたが光の速度で進めば、これらの惑星に着くのに4万年かかるということを意味します。たとえ彼らに手段があったにしても、どうして宇宙飛行士たちが4万年生きられるでしょうか?それでは、なぜ彼らはそれほど誇らしいのですか?

DS:科学者たちは、自分たちが光の速度で進むことのできる機械を作り出すことができるという理論を持っています。

SP:それは彼らが悪者であることの証しです。彼らはそう言いますが、彼らは決してそうすることができないでしょう。

3.「ヴェーダの宇宙論」

SP:多くの目に見えない惑星や星が存在します。例えば、ラーフという惑星が太陽と月の前を通るとき、日食や月食が起きます。しかし、科学者たちは日食や月食を異なるふうに描写します。実際には、ラーフ惑星が日食や月食を起こします。現代の科学者たちの日食や月食に関する理論には、多くの疑問の残る点があります。ヴェーダの情報によれば、彼らの説明は不正確です。

DS:しかし、科学者たちは自分たちの理論を証明できると言います。

SP:彼らは科学がすべてを証明すると言います。しかし、それは無意味です。科学者は、自分が何であるかということを除いてすべてを証明しました。それは彼は知りません。そして、なぜ彼は死ぬのですか?それも彼は知りません。それが彼の知識の限界です。

DS:彼らは宇宙の模型を作ることができます。彼らは惑星や月の模型を作ることができます。

SP:もしも彼らが物を作ることができるのなら、なぜ彼らは電力を節約するために模造品の太陽を作らないのですか?これらの悪者たちは何でも言いますが、何もできません。それが彼らの立場なのです。もしも彼らが宇宙の模型を作ることができるなら、彼らに太陽の大きな模型を作らせなさい。そうすれば、暗い夜に私たちは電力にこれほど多くのお金を使わなくてもすむでしょう。しかsh、彼らにはそうすることができません。それなのに彼らは納税者からお金を取るだけのために大きな大きな口を利くのです。彼らは月の成分と太陽の成分を知っていると言います。それなら、なぜ彼らはそれらを作ることができないのですか?なぜ彼らはアイスランドやグリーンランドの人々があんなにひどい寒さから救われるように人工的な太陽を作ることができないのですか?

4.「「神は決してゼロではない」

SP:主チャイタンニャ・マハープラブは、かつてチンターマニと呼ばれる宝石の例を挙げられました。それは、自身はそのままでありながら、他の多くの宝石を作り出します。

(サンスクリット引用)(シュリー・イショパニシャッド、祈り)

この節の意味は、すべては至高の人格神から生じるにも関わらず、主は決して減少しない、ということです。ここ地球では石油が枯渇しつつあり、これは大変な問題になりつつあります。しかし太陽はまだ輝いており、これからもまだ数え切れないほどの年月の間輝き続けるでしょう。そしてクリシュナは無数の太陽を作ることができます。事実、主は既にそうなさったのです。しかし、主はまだ完全に力を持っておられます。主は何も失ってはおられません。それが神です。そしてそれが神の至高のエネルギー、アチンテャ・シャクティなのです。

私たちには幾らかの所持金があり、次の日には口座はゼロになります。悪者たちは、究極の真実はゼロ、シューニャヴァーダだといいます。彼らは、神は決してゼロではない―――神はいつもプラスであるということを知りません。ですから、私たちは神についてはっきりとした考えを持たねばなりません。神学者は、これらの考えをヴェーダの描写から取るべきであり、愚か者や悪者によって誤って導かれるべきではありません。神と主の完全なエネルギーはヴェーダ文献に説明されています。私たちのエネルギーは失われますが、神のそれはそうなりません。それが神と私たちの違いです。私は、速く歩いたり、若い人ができる非常の多くの他のことをすることができません。私は自分の若々しいエネルギーを失ったからです。しかし、神はいつも若々しくいらっしゃいます。(サンスクリット引用)「至高の人格神クリシュナは、完全であり、決して誤りがなく、そして始まりがありません。無限の形に拡大する主は、もともとの人格、最年長であり、いつも初々しい若者のように見えます。」(ブラーマ・サムヒター5.33)クリシュナはバガヴァッド・ギーターにおいて(サンスクリット引用)とおっしゃいます。「至高の主はすべての者の心臓に位置しています。」主はすべての原子の中にもいらっしゃいます。しかしそれでも主は一人です。それが神です。そして主はアドヴァイタ、二重性のない存在です。主があなたの心臓の中に住んでいて、私の心臓の中には別の人格が住んでいるというのではありません。違います。彼らは一つなのです。神は主のあまねく行き渡る特徴によってどこにでも存在し、主は、また局地的でもあり、それでありながら主は一人なのです。

5.「クリシュナの愛の完全なる性質」

DS:シュリーラ・プラブパーダ、一部の西洋の神学的な文献においては、彼らは神は愛であると言います。

SP:神はすべてです。なぜ彼らは主はこれであるとかあれであるとか言うのですか?どんなものでも神です。主は完全であるからです。主の愛と主の憎悪は同じです。物質的な世界においては、私たちは愛と憎悪の区別をつけます。しかし、神の憎悪と神の愛は同じものです。したがって主はアチンテャ、すなわち計り知れないと呼ばれます。神のゴピーたち(脚注25)への愛と神のカムサ(脚注26)への憎悪は、同じ結果をもたらしました。カムサとゴピーたちは、どちらも霊的な世界へ行きました。また、プータナー(脚注27)はクリシュナに毒を盛りに来て、母ヤショダーはいつもいたずらな子供であるクリシュナが傷つけられないように心配していました。つまり、母ヤショダーとプータナーは反対だったのですが、どちらも同じ結果を獲得しました。クリシュナはこう考えました。「私はプータナーの乳房を吸った。だから彼女は今では私の母である。彼女もヤショダーと同じ目的地に到達せねばならない。」これがクリシュナの憎悪とクリシュナの愛の完全なる性質です。

(サンスクリット引用)

「完全真理を知る学識のある超越主義者たちは、この二重性のない実体(substance)をブラーマン、パラマートマー、あるいはバーガヴァーンと呼びます。」(SB1.2.11)神はご自分の非人格的であまねく行き渡る特徴(ブラーマンとして知られる)と、ご自分の局地的なパラマートマーという特徴をお持ちです。同時に主はバーガヴァーンであり、それは主の元来の人格的で超越的な形です。三者は異なりますが、同じなのです。これが神の性質、アチンテャ・ベーダーベーダ・タットヴァ―――同時に一つにして異なるのです。バーガヴァーンの人格的な概念に到達した者は、自動的にブラーマンとパラマートマにも到達したのです。それらはすべてクリシュナであり、しかしそれらの間には違いがあります。それらは同時に一つであって異なるのです。

6.「学識のある人から知識を受け入れる」

DS:シュリーラ・プラブパーダ、多くの人は神を受け入れるのに困難を感じます。

SP:彼らは病んでいるのです。しかし彼らは治療を受けたくありません。もしも彼らが治療を受けることに同意しないならば、それは彼らの落ち度です。クリシュナ意識―――神意識でない者は狂人です。幻想エネルギー―――劣性なる物質エネルギー―――の力の下で、彼は無意味なことだけを話します。ちょうど幽霊に取り付かれた人のようなものです。あなたは学識のある人に近づかねばなりません。あなたはそのような人、グルを見つけ、彼に服従しなければなりません。そして彼に質問し、彼から得るすべての答えをあなたは受け入れなくてはなりません。それが神を理解するための過程です。あなたはまずグルを見つけなければなりません。それからあなたは奉仕と彼に服従することによって彼を満足させねばなりません。グルはすべてを説明なさいます。クリシュナはバガヴァッド・ギーター(4.34)において説明なさいます。

(サンスクリット引用)

「ただ、霊的指導者に近づくことによって真実を学ぼうとしなさい。彼から従順に問い、彼に奉仕をしなさい。自己を認識した魂はあなたに知識を授けることができます。彼は真実を見たからです。」
by ammolitering4 | 2009-09-22 04:48 | 「生は生より来たる」


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