朝の散策13

朝の散策―――13

1973年12月2日、ロサンゼルス近くの太平洋岸にて録音。
シュリーラ・プラブパーダの同行者は、Dr.シング、フリダヤーナンダ・ダーサ・ゴスヴァーミー、クリシュナカーンティ・ダーサ・アディーカーリーおよび他の生徒たち。

1.「欲望を超えた献身者たち」

SP:さて、誰かカルミーとジナーニとヨギーとバークタの違いを知っていますか?

フリダヤーナンダ:カルミーは物質的な感覚を楽しみたいと欲し、ジナーニーはかすかな心―――精神的な推察―――を楽しみたいと欲し、ヨギーは神秘的な力で宇宙を操作したいと望みます。

SP:これらはすべて物質的な力です。

フリダヤーナンダ:そして、バークタは物質的な欲望を持ちません。

SP:そうです。そして、人が実際に欲望のない状態にない限り、彼は幸せではあり得ません。カルミーとジナーニーとヨギーは欲望に満ちています。したがって彼らは不幸です。カルミーは最も不幸せで、ジナーニーはそれよりは少し不幸せではなく、そしてヨギーはさらにもっと発達しています。しかし、バークタ、献身者は完全に幸せです。一部のヨギーは、何千キロも離れた他の国からザクロの実を採ってくることができるような神秘的な力を持っています。飛行機を使わずに飛ぶことができるような者もいます。そして、誰でも催眠術にかけることのできるヨギーもいます。そうして彼らは、ある人を指して「この人が神です」と言い、彼らの被害者は彼らを信じます。私は実際にそのような魔術的な無意味な行いを見ました。
(訳注とは言えませんが、、、私もすごいのを目の前で見たことがあります。現実と思い込んでいたものなんて何てあっけないのだろう、と思ったのを鮮烈に覚えています。)

クリシュナカーンティ:純粋な献身者はクリシュナよりも慈悲深いですか?

SP:はい。本当のヴァイシュナヴァ、本当の献身者は、クリシュナよりももっと慈悲深いのです。たとえば、主イエス・キリストを御覧なさい。主イエスはすべての人の罪をその身に被ったと言われています。それでも彼は十字架に架けられました。私たちは、彼がいかに慈悲深かったかを見ることができます。今日では、悪者たちがこう考えます。「罪深い行いを続けよう。キリストが私たちのために苦しむという契約をしてくれた。」(長い、思いにふけった静寂あり。)

2.「物質と霊の違い」

DS:科学者たちは、木にもまた意識があると言います。

SP:そうです。それは本当です。しかし、木の意識と私の意識は違います。私の意識はもっと発達しています。もしもあなたが私の体をつねれば、私は直ちに抗議します。しかし、もしもあなたが木を切れば、それは抗議しません。本当は、すべてのものがその中に意識を持っています。それは単に程度の問題なのです。意識が物質によって覆われていればいるほど、それはより物質的であると考えられます。そして、意識が発達していればいるほど、それはより霊的であると考えられます。これが物質と霊の違いです。

霊魂はどこにでもあります。彼らは土から出てこようとしているのです。(草を指し示す)機会があれば直ちに彼らは自分たちの意識を表現したいと望みます。より高位の惑星からこの惑星に降りてくる魂は、時として雨粒に入って地面に落ちます。それから彼らは草になり、徐々により高位の形の生命へと進化します。

DS:おお、それはひどい。

SP:これらは、密度の薄いエネルギーの働きです。科学者たちは、これらについて何を知っていますか?実際には、彼らの知識はマーヤー、幻想によって奪い去られています。そして彼らは「おお、私は非常に学識のある学者だ」と考えているのです。

3.「魂の移植?」

DS:シュリーラ・プラブパーダ、心臓移植についてはどうですか?私たちは、霊魂は心臓の中にあると知っています。しかし、昨今では医者たちは古い心臓を新しい心臓と入れ替えることができます。それぞれの心臓の中の霊魂には何が起こるのですか?新しい心臓を受け取る人は、新しい人格も得るのですか?

SP:いいえ。

DS:なぜそうではないのですか?

SP:たとえば、私が一つの椅子から降りて別の椅子に座るとしましょう。私の人格は変わりますか?私は席を替わるかもしれませんが、それは私が変わったということを意味しますか?

DS:しかし、心臓が取り替えられます。そして心臓は霊魂を内包しています。

SP:ヴェーダは心臓を霊魂の座る場所として描写します。そのため、心臓が移植されるとき、彼らは単に魂の席を替えるのです。同じ魂が留まります。もしも彼らが心臓を取り替えることによって患者の寿命を延ばしたと証明することができれば、そうすれば彼らは霊魂を捉えたと証明できます。しかし、彼らは寿命を延ばすことはできません。人々は高位の配剤(訳注:原語はsuperior arrangement、人間より優れた誰かが取り決めること)によってそれぞれの体を得たからです。あなたはこの体を持っています。そしてあなたは、ある一定の期間その中で生きなければなりません。もしもあなたが単にあなたの体のある部分を取り替えるならば、それはあなたの人生を長くする助けにはなりません。それは不可能なのです。医者たちは心臓を取り替えることによって寿命を延ばすと考えますが、それは可能ではありません。

DS:それでは、心臓移植は古い心臓から新しいそれへの、魂の一種の人工的な転生なのですか?

SP:そうです。それはクリシュナがバガヴァッド・ギーター(2.13)において説明なさるようなものです。

(サンスクリット引用)

「体に閉じ込められた魂が継続的にこの体の中を少年時代から若者から老齢へと通り過ぎるように、魂は同様に死のときに別の体に入ります。自己を認識した魂は、そのような変化によって惑わされません。」心臓を取り替えることは、単なる物質的な身体の内臓の変化です。心臓は本当の生命の源ではありません。そして、そのため心臓を取り替えることは寿命を延ばしません。

DS:はい。心臓移植患者のほとんどは、手術の後、ほんの短い時間しか生きません。しかし、魂を一つの体から別の体に移植することができる可能性はありますか?

SP:時として、一部のヨギーはそうすることができます。彼らはより良い体を見つけて自分をその中に移すことができます。

DS:医者たちが心臓移植をするとき、彼らは死んだばかりの人から心臓を取って、別の人の体の中の弱い心臓と取り替えます。死んだ心臓の魂は、弱い生きた心臓の中の魂と場所を替わるのですか?

SP:いいえ。魂はすでに死んだ心臓を去っています。別の魂を持ってくるということはあり得ません。

DS:私があなたのおっしゃることを正しく理解しているかどうか、確認させてください。医者たちが死んだばかりの人の心臓を取り除くとき、魂はすでに彼の心臓を去っています。そして、彼らが彼の死んだ心臓を患者の体に移植するとき、患者の魂が移植された心臓に入ります。

SP:そうです。魂は、ある特定の体の中である特定の年数を生きるように運命づけられています。あなたはどれでも体の好きな部分を取り替えるかもしれませんが、あなたはその体の寿命を変えることはできません。

DS:それでは、心臓は単なる機械―――道具なのですか?(訳注:原語は、前者がmachine, 後者がinstrument)

SP:そうです。それは魂の座する場所です。

4.「からし種の袋の中のからし種」

DS:シュリーラ・プラブパーダ、生物学者たちは私たちに、性交せずに再生産することのできる種がたくさんあると言います。ヴェーダはこれに同意しますか?

SP:もちろんです。

DS:それでは、私たちは彼らの再生産を削減することはできないのですか?

SP:できません。どうして私たちがそうできるでしょうか?この物質世界に人生を楽しみにきた生命体がたくさんあります。そして、そのため再生産は継続しなければなりません。この物質世界は牢獄のようなものです。あなたは牢獄を終わらせることはできません。一人が牢獄を去れば、直ちに別の人が入る用意があります。この同じ問いは、主チャイタンニャ・マハープラブ(脚注21)によって論じられました。主の献身者の一人、ヴァースデヴァ・ダッタが言いました。「この宇宙全体のすべての生命体をお連れになり、彼らを物質的な呪縛から解放してください。そして、もしもあなたが彼らが改められるにはあまりにも罪深いとお考えになるのであれば、彼らの罪のすべてを私に与えてください。」しかし、チャイタンニャ・マハープラブはおっしゃいました。「たとえば、私がこの宇宙全体とその中のすべての生命体をつれていると仮定しましょう。これは単に無数の宇宙の中の一つに過ぎません。それはちょうど、とても大きなカラシ種の袋の中の一粒のカラシ種のようなものなのです。もしもあなたが袋から一粒を取り去れば、それで何の違いがあるでしょうか?」(訳注:この場合のカラシ種は、唐辛子ではなくてマスタード。一ミリくらいと小さいので、とても小さいものの例えとして使われることが多い。)再生産は、実際には止められないのです。生命体は無数にあり、そしてそのため、それは継続しなければなりません。

DS:あなたは、この物質世界は人に物質的な呪縛と繰り返す生と死の循環から抜け出る方法を教える更正施設のようなものである、とおっしゃいました。

SP:そうです。したがってあなたはクリシュナ意識を実行しなければなりません。
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by ammolitering4 | 2009-09-20 09:28 | 「生は生より来たる」


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