朝の散策11

朝の散策―――11

1973年5月15日、ロサンゼルスのチェヴィオット・ヒルズ公園にて録音。
シュリーラ・プラブパーダの同行者は、Dr.シングと他の生徒たち。

1.「霊魂を探知する」

DS:科学者たちは霊魂を見るのに大変な困難を感じています。彼らは、その存在は大変疑わしいと言います。

SP:彼らはどうしてそれを見ることができるでしょうか?それは見るには小さすぎるのです。誰がその見る力を持っているでしょう?

DS:それでも彼らはそれを何らかの方法で感知したいのです。

SP:もしもあなたが誰かにほんの一粒の100分の1の非常に有毒な毒を注射すれば、彼は直ちに死にます。誰も毒やそれがどのように働くかを見ることはできませんが、それにも関わらず、それは働いています。では、なぜ科学者たちは魂をその働きによって見ないのですか?そのような場合には、私たちは効果によって見なければなりません。ヴェーダには、魂と呼ばれる微細な粒が原因で体全体がうまく機能している、と書かれています。もしも私が自分自身をつねれば、私はそれを直ちに感じます。私は体中の皮膚に意識が行き渡っているからです。しかし、魂が体を去れば直ちに、私の体が死ぬときはそうなるのですが、あなたは同じ皮膚を取って切り刻むことができますが、誰も文句を言いません。なぜこの単純なことがそれほど理解し難いのですか?これは霊を探知しているのではありませんか?

DS:私たちは霊をこの方法で探知するかもしれませんが、神についてはどうですか?

SP:まず、魂を理解しましょう。魂は神の小片です。もしもあなたが小片を理解することができれば、そうすればあなたは全体を理解することができます。

2.「現代科学:助けか、危害か」

DS:科学者たちは、生命を作り出そうという努力の過程にあります。

SP:「過程」!「努力」!それを私たちは蹴り出します。それは私たちは認めません。物乞いが「私は億万長者になろうと努力しています」と言います。私たちは「あなたが億万長者になったとき、そのときに語りなさい。今はあなたは貧しい物乞いです。それだけです」と言います。科学者たちは、自分たちは努力していると言います。しかし、私があなたに「あなたは何ですか」と尋ねると仮定しましょう。あなたは、「私は何々になろうと努力しています」と言いますか?あなたは今は何ですか?それが問いです。「私たちは努力しています」は正しい答えではなく、科学的な提言でないことは言うまでもありません。

DS:ああ、彼らは今のところ生命を作り出していませんが、彼らはすぐにそうできるであろうと言います。

SP:どの悪者であってもそう言うかもしれません。もしもあなたが「未来において私は何か非常にすばらしいことをすることができるでしょう」と言うなら、なぜ私はあなたを信用したり信頼したりすべきでしょうか?

DS:ああ、科学者たちは自分たちが過去において多くを為し、未来にはもっと多くを達成するであろうと言うのです。

SP:過去において死が存在し、人々は今も死んでいます。では、科学者は何をしたでしょうか?

DS:彼らを助けました。

SP:科学者たちは寿命を縮める助けをしたのです!かつて人間は100年生きていました。今では彼らは滅多に60年や70年以上は生きません。そして科学者たちは原子エネルギーを発見しました。今では彼らは何百万人もの人を殺すことができます。そのため、彼らは死ぬことだけ助けたのです。彼らは生きることは助けていません。そして、それでも彼らは図々しくも自分たちが創り出すと宣言するのです。

DS:しかし、今では私たちは飛行機を持ち、そして―――

SP:科学者たちは死を止めることができません。彼らは誕生を止めることができません。彼らは病を止めることができません。彼らは老齢を止めることができません。それでは、彼らは何をしたでしょうか?かつて、人々は老いていました。そして、今でも人々は老いています。かつて、人々は病んでいました。今でも彼らは病んでいます。今はもっと多くの薬があり―――そして、もっと多くの病があります。それでは彼らは何を達成したでしょう?科学者たちは世界の秩序を改善する手助けをしてはいません。私たちは、生命が物質から生じたというすべての悪者たる科学者に挑戦します。事実は、物質が生命から生じたのです。

3.「進歩という幻想」

SP:科学はどれくらいの間人々を騙すことができるでしょうか?100年、それとも200年くらいでしょうか?彼らはずっと人々を騙すことはできません。

DS:騙すことは、記憶にないほどの太古から続いています。ですからおそらく彼らは自分たちが永遠に騙し続けられると考えるでしょう。

SP:記憶にないほどの太古からではありません!科学は人々を過去の200-300年の間だけ騙しているのです。その前ではありません。

DS:おお、そうですか?

SP:そうです。過去200年の間、彼らは生命は物質から生じると布教しています―――何千年もの間ではありません。そして、欺きは今後50年で終わるでしょう。

DS:はい。今は反知性主義運動があります。人々は科学と現代的な進歩に反抗しているのです。

SP:そして、その科学とは何ですか?それは科学ではありません!それは無明です。無明が科学として通用しており、非宗教が宗教として通用しているのです。しかし、この欺きは長続きすることはできません。一部の人々は知性的になりつつあるからです。

DS:米国で一番大きな雑誌の一つであるニューズウィーク誌の中に、キリスト教の堕落に関する記事がありました。その記事の中に、悪魔が地震を起こしている漫画がありました。最近、南アメリカで大きな地震があり、何千人もの人が死にました。その漫画はそのようなことを悪魔のせいと考えていました。悪魔のすぐ横にはリチャード・ニクソンが描かれ、彼は自分をキリストの信者であるとしつつも東南アジアを爆撃していました。この漫画の中で、悪魔はリチャード・ニクソンのほうを向いて「キリスト教徒についていくのは全く大仕事だ」と言いました。

SP:そうです。人々はそのように非難するでしょう。人々は発達しつつあるのです。どれくらい長く彼らはいわゆる科学やいわゆる宗教によって騙され得るでしょうか?もしもニクソン氏が自分の同胞を愛しているなら、なぜ彼は自分の国の牛たちを愛さないのですか?彼らもまた同じ土地に生まれ、同じ生きる権利を持っています。なぜ彼らは殺されるのですか?「汝、殺すべからず。」しかし、動物たちは殺されています。それは不完全さです。クリシュナは牛とラーダーラーニー(脚注18)の両方を抱きしめられます。それこそが完成です。クリシュナは鳥とさえもお話になります。あるとき、ヤムナー川の河岸において、主は鳥と話しておいでになりました。主は鳥たちの言葉でさえお話しになるからです。ある老女がこれを見て驚嘆しました。「おお、主は鳥とお話しになっている!」

DS:あなたは主が実際に鳥が話すようにお話しになっていたとおっしゃるのですか?

SP:そうです。ヴェーダに描写されているクリシュナの性質の一つは、主がどんな言語でもお話しになれるというものです。主はすべての生命体の父であり、父は自分の子供たちの言葉を理解することができます。

クリシュナは至高の享楽者です。実際には、クリシュナ意識である者以外は、誰も本当の知識を持つこともできず、楽しむこともできません。人は単に苦しみます。しかし彼は、苦しみが楽しみだと考えるのです。これはマーヤー、すなわち幻想と呼ばれます。アメリカでは、人々は日夜懸命に働き、そして彼らは「私は楽しんでいる」と考えます。これはマーヤーです。制約された魂は、何も楽しむことはできません。彼は単に苦しみます。しかし、彼は自分が楽しんでいると考えるのです。

したがって、シュリマッド・バーガヴァタムの中で、制約された魂はラクダと比べられています。ラクダは、彼の舌を切るトゲのある小枝を食べるのを非常に好みます。彼がそれを食べている間、彼の舌から血が出てトゲのある小枝と混じります。それらは少しおいしくなり、彼は「おお、これらの小枝はとても良い」と考えているのです。それはマーヤーと呼ばれます。マーヤーとは「それでないもの」を意味します。「マー」は「―――でない」を意味し、「ヤー」は「これ」を意味します。そのため、マーヤーは「これでない」を意味します。それがマーヤー、すなわち幻想の本当の説明です。科学者たちはマーヤーの中にいます。彼らは、自分たちが物事を改良して幸せになりつつある、と考えるからです。しかし、この世界とその中にあるすべては、やがて終わります。それはマーヤーだからです。それは私たちがそれと考えるものではありません。シュリマッド・バーガヴァタムに説明されているように、物質主義者たちは自分たちは勝利しつつあると考えていますが、彼らは実際は敗北しているのです。
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by ammolitering4 | 2009-09-19 13:03 | 「生は生より来たる」


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