「生命は生命より来たる」前書き

お待たせしました。私は今日の夜から2週間ほど留守にしますが、今日は昼間は時間があったので前書きのところだけタイプしました。読んでみて、何が言いたいのだろうか、と思うような文章もところどころにあります。特にパスツールのところなどは、直訳すると全く謎かけ文のようになるので、仕方なく単純化しました。詳細は前出の原文を参照してください。なお、続きは帰ってきてからになります。


「生命は生命より来たる」

表紙

生命と宇宙の起源に関する現代の科学的な理論への驚くべき挑戦―――ISKCON創設者、尊師A.C.バクティヴェダンダ・スワミ・プラブパーダ睨下との朝の散策

裏表紙

「私は科学者たちに言います。“もしも生命が化学物質から生じたのであれば、そしてもしもあなたたちの科学がそれほど発達しているのであれば、それならなぜ、あなたがたこそ生化学的にあなたがたの実験室で生命を作り出せないのですか”」

「彼らは原子エネルギーを発見しました。今では彼らは無数(の生命体)を一度に殺すことができます。彼らは単に死への道を整えたのです。そして、それなのに彼らは図太くも自分たちは生命を作るのだと宣言するのです。」

前書き

第1段落

現代科学者のすべての意見を、試験されて証明された真実である、と受け入れるようになった人にとって、この本は目からうろこが落ちるようなものでしょう。「生命は生命より来たる」は、今世紀(20世紀)の最も偉大な哲学者であり、学者の一人である尊師A.C.バクティヴェダンダ・スワミ・プラブパーダ睨下による、現代の科学と科学者のいくつかの支配的な方針、理論、および仮定に関する、即興でありながら見事な批評です。シュリーラ・プラブパーダの鮮やかな分析は、生命の起源と目的に関する現代もてはやされている学説の底流にある、隠れた、そして明らかに根拠のない仮定を露わにします。

第2段落

この本は、シュリーラ・プラブパーダがロサンゼルス地域で1973年に何人かの弟子と朝の散策の折に交わした会話の録音テープに基づいています。科学に焦点を当てた朝には、シュリーラ・プラブパーダは主に弟子のソーダム・D・シング博士と話しました。有機化学者であるシング博士は、現在は、科学、哲学および進学における高度な研究と調査のための国際センターであるバークティヴェダーンタ協会を指揮しています。

第3段落

世界のどこに居合わせようと、シュリーラ・プラブパーダは毎日早朝の肌寒い静けさの中で長い散歩にいらっしゃいました。そして、暖かい毛布にくるまって、少数の生徒、弟子、および特別な客人と一緒に親密な時間を共有なさいました。ときには、彼は沈思黙考や周囲を静かに楽しむことにふけり、ほとんど対話のない朝もありました。別のときには、彼は様々な主題に関して、しばしば相当の熱意をもって、大いに語りました。これらの生き生きとした会話の間に、彼は、哲学的な分析は退屈で難解なものである必要はなく、人生のすべての側面への動的な刃先でありうる、ということを実証なさいました。彼の鋭い知性、深い霊的な理解および非凡な英知を逃れることのできるものはありませんでした。表面的で教条的な考え方を退け、彼は自分の生徒たちを啓発し、挑戦し、おだて、魅了し、教化しました。そして彼は注意深く彼らをより深い洞察と理解に導きました。

第4段落

シュリーラ・プラブパーダ(1896-1977)は、国際的に認められた著者、学者、ならびに霊的な教授者です。また、彼はインドの世界に対する最も偉大な文化大使であるとして広く尊敬されています。「生命は生命より来たる」の中で、シュリーラ・プラブパーダは哲学者・社会批評家の役割を演じられます。哲学的な厳格さ、卓越した常識、および心を和らげる率直さをもって、彼は現代科学の方法論的な欠点と調査されていない偏見だけでなく、信じやすい大衆に科学者が既知の事実として提供する立証されていない(そして立証され得ない)推察をも白日の下にさらします。こうしてシュリーラ・プラブパーダは、科学と偽って現代の文明を惑わせた、物質的で虚無的な社会通念の魔法を解きます。

―――出版者


はじめに―――科学:真実と虚実

第1段落

「科学の絶え間ない進歩の結果、生命は永遠であるが物質はそうではない、と科学者たちが結論づけることにならないと誰が言えるだろう。今から一万年の後に、物質は生命より生じた可能性が高い、と科学者たちが考えないと誰が言えるだろう。」―――ルイ・パスツール

第2段落

昔々、(おとぎ話のように、)私たちのほとんどは、私たちの食べるものは基本的に健康的で栄養があって、危険な化学物質は含まれない、と、そして広告は信用できる、と、そして製品のラベルは私たちの食べるものの品質と内容物を正しく描写していると信じていました。昔々、世界のほとんどは私たちの国家の指導者たちや位の高い政治的な役人たちや地方の指導者たちの高潔さを信じていました。昔々、私たちは自分たちの子供たちは公共の学校でしっかりした教育を受けていると信じていました。昔々、私たちの多くは、原子力エネルギーは完全に安全で、かつ幸せで健康的な社会と調和した「平和時の用途」があると信じていました。

第3段落

しかし、近年では私たちの幻想は粉々にされました。蔓延した消費者詐欺、大規模な政治スキャンダル、および有害廃棄物の投棄の繰り返しは、私たちのかつての無邪気さを完全に破壊しました。私たちは今では、マスメディアを通じた空前の専門技術によってファンタジーと誤魔化しのヴェールが作られ、実体と仮想、現実と幻想の区別をつけるのを不可能にしていることを知っています。

第4段落

階層としての科学者たちは、長い間不実さから免除されて、自分たちの象牙の塔に守られて座っていました。他のすべての分野の中で、科学は真実を捜し求める者たちと分け与える者たちにとって、究極の会合の場であるとみなされていました。現代の科学の輝かしい技術的な達成は、科学に絶対的な確実性のオーラを与えました。「地上の道」(Passages About earth)の中で、ウィリアム・アーウィン・トンプソンは次のように書いています。「かつて天罰の危険を冒すことなく宗教の力から逃れることができなかったように、今では非合理あるいは狂気の罪という危険を冒すことなく科学の力から逃れることはできない。」しかし、学術界、産業界、および政府の重要な地位にある科学者たちは、彼らが実際に個人的な信念と野心を自分の研究と混同し、そうして結果を変える力があるということを示しました。

第5段落

これが起こるとき、私たちはもはや真実の探求を相手にしているのではなく、偽物の科学とその結果たる様々な歪みや作り事や偽りの情報を相手にしています。不幸にして、この非科学的な方法は科学の最も基礎的な探求―――生命の特質と起源に当てはめられました。しかし、科学者が生命の起源に関する、試験されておらず立証もし得ない推察を提示するとき、人々はそれらを盲目的な信頼をもって受け入れがちです。

第6段落

一部の科学者は、人間は単なる意識のない分子の寄せ集めであるという概念を広めています。しかし彼らは、どうやって単なる分子が愛する人を見て喜びを感じるのか、あるいはその死によって動揺するのかを説明することができません。

第7段落

ロサンゼルス自然歴史博物館における最近の展示会では、それぞれ人体に見られる化学物質を入れたいくつものフラスコとビーカーを展示していました。説明書きには、これらの化学物質は人体のすべての内容物を正しい重さと割合で表しているけれど、それらは生命であるとは考えられず、いかなる科学的な操作をもってしてもこれらに命を吹き込むことはできない、と説明してありました。

第8段落

「原子反応」の著者、マイケル・ポリアンニは次のように述べています。「現在の生物学は、生命の過程を化学と物理学によって説明することができるという仮定に基づいています。そしてもちろん物理学と化学は究極的には原子の粒子間で働く力によって表されています―――これが人間を無感覚な自動装置、あるいは食欲の塊にまで引き下ろした、私たちの人間に関する概念の崩壊の原因です。これが、科学がいともたやすく全体主義的な暴力を支えるように行使される理由です。これが、科学が危険な誤信の最も重大な源になった原因です。」

第9段落

今日では、多くの科学者が生命は物質から生じるという教義を広めています。人気のある研究や教科書は、生命は徐々に化学物質から、アミノ酸とたんぱく質と他の必要不可欠な材料からなる「原初のスープ」から生じた、と断定しています。しかし、科学はこの証拠を実験的にも理論的にも示すことができません。事実、これらの科学者は、様々な科学的な反論を前にしてさえ、彼らの立場を本質的には信仰に基づいて維持します。物理学者ヒューバート・ヨッキーは、情報理論によって、サイトコームなどのたった一つの情報分子でさえ、(複雑な生命体は言わずもがな、)推定された地球の年齢の間に偶然によって生じたことはあり得ないと論証しました。「人は、確立された現在の知恵に反し、信仰ではなく事実に基づいて受け入れられるところの、地球上の生命の起源を偶然と自然な要因によって描写する筋書きは未だ書かれていない、と結論しなければならない。」

第10段落

同様に、一部の科学者たちは太陽や星や惑星や銀河や意識ある生命が突然「ビッグ・バン」から弾け出たという、広く受け入れられた信仰(belief,考え)を奨励しています。プリンストン大学の生物学者エドウィン・ゴッドウィン博士は、私たちのそれのような惑星が「ビッグ・バン」から生じる確率を、印刷工場における爆発の結果として完全な辞書が出来上がる可能性になぞらえています。

第11段落

有名な生物学者W.H.ソープは次のように書いています。「私たちは、宇宙の起源のように、生命の起源が科学にとっての破られえない境界線、および生物学と化学と物理学へ変形させようとするすべての試みに抵抗する障害物になる可能性に直面するかもしれない。」そしてアインシュタインはこう述べます。「科学を追究することに真剣に関わる者は誰しも、宇宙の法則の中に霊が―――人間よりはるかに優れた霊が―――顕現していることを確信するにいたる。そしてそれに対峙したとき、自分たちの慎ましやかな力を前に、私たちは卑小に感じざるを得ない」

第12段落

「生命は生命より来たる」は、生命は原子と分子に変形され得ない、そして物質―――生命力、あるいは霊の無い―――は、いかなる形であれ生命を生じさせることはできないという単純な論理を立証します。また、この本が科学者をして、真実と知識のためのもっと本物で熱心な探求に自らを改めて捧げさせ、そうして彼らの価値ある知性と資源と研究を世界の本当の利益のために向けなおすことも望まれています。

ソーダム・ダモダラ・シング博士
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by ammolitering4 | 2009-08-25 05:23 | 「生は生より来たる」


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