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第4章 第6段落まで

第3段落
これらの罪深い活動を相殺するための物質的な方法はありません。痛み止めを処方することは一時的な安堵(訳注:relief、苦痛を取り除いたり軽減したりすること)を提供しますが(訳注:一時しのぎにはなりますが)、病気の根本的な原因を取り去ることはできません。

同様に、罪深い反応を相殺することを目的としたどんな物質的な努力も、究極的な安堵を提供することはできません。人は至高主に服従することによってのみ、最大の恩恵を得ます。「バークティ・ラサームリタ・スィンドゥー(献身の甘露)」は、私たちに、主への献身奉仕がどのように罪深い反応、罪深い反応の種、そしてすべての罪の根源である無明を滅ぼすかという、おびただしい(numerous)証拠を提供します。

したがって私たちは、敬虔な者は苦しみのときにただ至高主だけに寄り頼む、ということを見ます(to see、知る)。

第4段落
自分の現在の苦しみを取り除こうとする(to relieve、苦しみを取り除く、軽減する)のは、人間の主たる義務ではありません。人生における探求は、物質的な病気を全て(altogether、全く、完全に)癒すその薬---その万能薬(panacea)---を目的とします。

この病(訳注:物質的な病)は、それ自身を誕生、老い、病、そして死など、無数のあり方で顕現させます(訳注:この病は、~など様々に顕現します)。敬虔な人は聖人的な人々との関わりを探し求め、聖典に従います。そしてこのようにして彼は自分の最善の利益のために(for his greatest good)努力します。

献身奉仕の始まりは、聖典と聖人の言葉への信頼(faith)の発達です(訳注:~への信頼を育むことです)。この信頼は、心(heart)の中のすべての望ましくない(unwanted)欲望を滅ぼし、至高主のご意志(will)への人の服従を増します(to increase one's surrender、人がもっと~に服従するようにします)。

第5段落
無邪気な探求者(innocent enquirers)はジジニャース、「知識欲のある(inquisitive、知りたがる)者」として知られます。これらの無邪気な探求者たちは、未来のための社会の希望です。ほとんどの知性的で無邪気な若い子供たちは知りたがりです。

彼らは両親に多くのことについて問い、答えを覚えます。これらの賢い少年少女が自分の質問(queries、疑問)に明快に(lucidly)答えることのできる両親と教師たちから正しい導きを受け取るとき、彼らは簡単にそれぞれの要点(point)を理解し、徐々にすばらしい(fine)脳を発達させます。

これらの知性的な魂のうちから、特に敬虔な者が神と他の霊的な事柄について熱心に(keenly)問い始めます。卑しい(ignoble)物質的な知識を追求する(to pursue)他の者たちは人生において成功することができず、もみ殻を打つ結果になります(訳注:to beat the chaff、殻だけになった穀物をどんなに叩いても実は得られないことから、ここでは徒労に終わることを意味する。一般的な表現ではないように思われる)。

自己と完全真理、ブラーマンについて知りたがる者は、すばやく主クリシュナと主の献身者に服従します。そのような服従は、彼らの前世(previous births)からもたらされた深い敬虔さ(their good measure of piety、measureは程度や大きさを表す)を証明します。

ブラーマンに関する基礎的な問いかけから始まり、彼らはすばやく(swiftly)高い水準に上げられ
(to become elevated)、主が非人格的なブラーマンの源(basis、基礎、土台)であるという、バガヴァッド・ギーター(14.27)における主クリシュナの言明を理解し、主を崇拝し始めます。

第6段落
しかし、貧弱な敬虔さ(meager piety)を備えた人は(訳注:信仰心の薄い人は)、決して至高主の献身者になることができません。聖典にはこのように述べられています。

(サンスクリット引用)

「おお、王よ。ほとんど敬虔さを持たない人は、決して主ゴヴィンダ、主の慈悲、主の聖なる御名、あるいは主の純粋な献身者への(in)信頼を育むことができません。」
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今日の一言、という副題をつけたほうがいいほどほんのちょっとずつお届けしてます。できればまた明日もほんのちょっとだけでもアップしたいと思っています。でも私のことですから漫画を読んでしまうかもしれないし、鑑定団を見てしまうかもしれません。あの番組は面白いですね。うちにも何かお宝がないかと思っても、あるわけないですね。私の全財産は軽トラック一台あれば楽々運べてしまいます。いっそのことロバが一匹いれば上等、というくらいに減らせればすっきりするかもしれませんね。

でも、クリシュナを描いて途中までで終わっているガラス絵があります。これは私の大きな財産ですよね。いつの日か、これを仕上げる心の準備はできるものでしょうか。
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ああ、そういえば明日からは一つ二つ仕事が入っています。本業である喫茶店のおばちゃんという仕事とはまた別で、冷暖房用の特殊な塗り壁のマニュアルを訳すのと、都市計画に関する市民ワークショップの書記という仕事です。葉子さん、正体見たり何でも屋、、、一句できました。
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by ammolitering4 | 2014-09-22 15:01 | 「英知による放棄」 | Comments(1)

第3章 (たったの)第2段落まで

第4章 至高主を探して

第1段落
ヴァルナーシュラマの宗教は、そのような混沌と暴力の雰囲気の中では行われ得ません。今ヴァルナーシュラマと呼ばれている体系は、実際は不信心な(ungodly、罪深い)で悪魔的な(demoniac)偽りの宗教(religion in disguise)です。

聖なる糸をまとって、この悪魔的な体系の中で浄化の過程を辿ることは、敬虔さ(piety、信心)という結果をもたらしません。(訳注:「聖なる糸」とはヒンズー教の習慣で、聖職者が胸の前に斜めにかけるもの。Yajnopavita と呼ばれる。)

すべての浄化の過程と宗教的な儀式(rites、儀礼、型通りで壮麗なものを指す)を捨てて、カリ・ユガの人々は最大で最強の者になるために互いに競い合います(to vie)。人は、単に頭から聖なる糸をかぶるだけで「ブラーマナ」になります---実に、そのようなことは聖典において予言されていました---が、これは彼に何の敬虔さももたらしません(does not earn him any piety)。

主チャイタンニャは、この種の偽りのヴァルナーシュラマ体系を退けられました(to reject)。カリ・ユガの堕落した状態を予見して、主クリシュナはバガヴァッド・ギーターにおいてヴァルナーシュラマの宗教をほとんど論じられず、その代わりに犠牲としての仕事を行うことを強調なさいます。

したがって、主ヴィシュヌ、至高の人格への犠牲を行うことによって主が満足なさり、すべての悪い影響が根絶やしになる(to be eradicated)、と理解されます。

第2段落
病、あるいは他の悲惨さによって苦しめられている(to be afflicted)人々は、アールタ、「苦しんでいる者」として知られます。一般に、病気の人は自分の病気を治すために医者と薬に頼ります。しかし、賢明な(far-sighted、この場合は「遠視の」ではなく、物事を見通せるような卓見のある様子)学者たちは、あらゆる苦しみは過去に行われた罪深い活動の結果であると言います。

普通の人々は、罪深い反応が無明の結果として生じることを理解しません。この無明は、顕現(プラーラブダー)、非顕現(アプラーラブダー)、そして潜在(latent)(クタシュタ)の形で存在します。
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こんばんは。いつもながら長らくお待たせしております。引っ越したりいろいろしていて、なかなか落ち着かないでいました。暗くて寒い地下室の一室でクモと共に暮らすことになったので、これではあまりにも人生が薄暗いと思って、明るい色のカーテンやテーブルクロスなどを買ってきました。1ドルショップのものばかりですが、それでもだいぶ華やかになっていいものです。どうやら私は本質的に流浪の身であるようなので物は増やしたくないのですが、一応ビジュアルアーティストでもあることだし、やはり視覚的にあまりに味気ないと影響を受けて気持ちまで陰鬱になってしまいがちなのです。

引越しを繰り返すうち、物に対する執着心はかなり薄れたような気がします。たくさんたくさんの愛着のある大事なものを手放さなくてはならなかったので、新しい物を手に入れても「どうせこれもしばらく使うだけ」という気持ちがあります。「どうせ」というのともちょっと違うのですが、対価に関してもしばらくの間の使用料という感じです。引越しではない事情でいろんなものを手放したこともあったし、神様が私の物質的な執着心を減らす手助けをしてくださっているのだと思います。ともあれ、いろんなものが去来しても、それでも私の目の前にはいろんなものがあるわけで、それらと共に過ごすしばしの時間を感謝したいと思います。

翻訳はほんのちょっとだけですみません。こんなことをだらだら書いてる間にがんばればいいのですが、お許しください。また続きはのちほどお届けします。おやすみなさいませ。
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by ammolitering4 | 2014-09-21 14:42 | 「英知による放棄」 | Comments(2)