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彗星のお話

2005年7月ころ、小さな彗星が地球に近づいていました。彗星は別に地球に用があったわけではなく、単にいつものように太陽の周りを回っていたのでした。周期は大体5年半です。2005月の7月初め頃は、太陽に一番近づいていました。もっと正確に言うと、5日が一番近かったのです。7月5日の一日前は、7月4日。アメリカの独立記念日です。その日、アメリカの航空宇宙局は彗星に爆弾を撃ち込んで壊しました。粉々になったわけではありません。総重量のおよそ7分の1から6分の1が吹き飛ばされたそうです。彗星は丸くなくて、どちらかと言うと細長い形をしていました。狭いところは4kmくらい。370kgだかの爆弾が高速で撃ち込まれたので、その衝撃は小さな彗星にとってはずいぶん大きかったことと思います。

ちょっと計算してみましょう。公転周期が5年半、つまり5年と6ヶ月であれば、次に彗星が地球に近づくのは2010年13月、いや、2011年1月になるでしょうか。もうすぐですね。あと半年ちょっとです。壊れた彗星、お帰りなさい。あなたを壊した人たちのところへ、ようこそお帰りなさい。待ちどおしいでしょうね。どんな顔をしてやってくるかな、彗星。ねえ、誰と一緒にやってくるかな。

彗星には意識がない、と本気で思っている人たちがいます。まあ、世の中の大抵の人はそう思っているのでしょうけれど。彗星という物質の塊には意識はないかもしれません。私たちの体という物質には意識がないのと同じことです。でも、私たちの体は生きて動いています。私たちの動きと彗星の動きは違いますが、相違というのはなんにでもあるものです。クリシュナは多様性がお好きでいらっしゃるからです。

私たちは「母なる地球」などと言ったりします。たかが岩とマントルの塊なのだから、そんな大層なことを言う必要なんかないのに、なぜか地球は生きているのが当然みたいな言い方です。地球の支配神はどなたでしたっけ。マヌは人間の父だったし、月はチャンドラさま、太陽は誰でしたっけ。全然覚えられないのですが、そういうどなたかがいらっしゃいます。つまり、地球はその方の体と言ってもいいわけです。ブラーマーの死がそのまま宇宙の死であるのと同じです。

そうするとやっぱり彗星には彗星の魂が、あるいは彗星の神様がいらっしゃるでしょうし、私たちの目には見えなくても彗星に住む人たちがいらっしゃるでしょう。そうじゃないのもしれませんが、そうなのだろうと私は思います。爆弾にはこの計画に賛同した大勢の人たちの名前が搭載されていました。彗星に住む人たちに「こんにちは。私は地球の誰それです。あなたの星を壊した者の一人です」と名乗りを上げたわけですね。まあいいですけど。

この件について私はマイケル・クレモ先生にご意見を伺いました。プラブパーダのお弟子さんで、素粒子物理学者のリチャード・トンプソン先生(故人)とご一緒に、プラブパーダの命を受けてヴェーダの科学的な検証を生涯の使命としていらっしゃる方です。日本語になった著作もあります。邦題は何だか覚えていませんが。。。トンデモ本だ、という評価があるのを見たことがありますが、原書を見た限りではごく詳細で立派な書籍です。先生はプラブパーダが彗星について発言なさった内容をどこからか引用してくださり、そのほかにもプラブパーダが宇宙開発についていろいろ批判的な発言をなさっていることを教えてくださいました。

そのときに紹介していただいたのが「簡単な宇宙旅行」です。そのまま英語で読んでみましたが、難しい単語がたくさんあるし、はっきり言って「一応読んでみた」というだけでは全然頭に入りません。それで仕方なく、というか、そうしなければ自分でも理解できないので翻訳しました。それが最初です。

宇宙はクリシュナがお作りになったものです。だから当然クリシュナのものであり、私たちが用も無く出かけていって壊すべきではありません。壊して元に戻せるものでもないからです。そして、どんなことであれ、行為の結果は必ず返ってきます。これはもう、そういうことになっている場所にいるのだから仕方がないのです。彗星に物をぶつけたから彗星がぶつかってくる、というような安直な結果で返ってくるとは限りません。いつ返ってくるのかも私たちには分かりません。ただ、必ず絶対に返ってくるのであることを、私たちはせめて覚えておきましょう。

よろしかったらNASAが行った彗星の破壊実験に関する資料をご覧ください。ディープ・インパクトというミッションです。この実験が報道されたとき、同時に冗談のようにしてロシアの占星術師がNASAを訴えたという記事も取り上げられました。そういえば、と思い出される方もあるかもしれません。私はあの方の主張の内容が気になったのでロシア語で書かれた告訴状を入手して翻訳してみました。私はロシア語はできませんので、自動翻訳で英語にしてから和訳して、ロシア語と英語の分かる科学者に監修していただきました、、、と書きましたが、よく思い出したらそれは別の人で、監修してくださったのは地元の大学で長年ロシア語を教えていた方でした。科学者の方は別にいろいろ面白いご意見を下さいました。

この「占星術師」はマリーナ・バイさんとおっしゃる敬虔なキリスト教徒ですが、その方の許可を得て全文を掲載しています。「がめつくて頭のおかしいいおばさんがたわごとを言ってる」裁判のように世界中のメディアで流れていましたが、ロシア科学アカデミーの科学者たちと共同で書かれた告訴状の内容はそのような描写とはかけ離れたものです。非常に貴重な資料だと思いますので、どうぞ気をつけて精読していただくことをお願いいたします。

なお、なぜか日本スペースガード協会の方からのご意見とか大学の神学部の先生方からの意見とか、それぞれの専門分野からの詳細なご意見を頂いてたのが抜け落ちてます。探せば私のファイルのどこかにあるのかもしれないのですが、5年の間にはコンピューターも2回は壊れたし、何度も引越ししたし、もう消え失せてるかもしれません。有名な方でいえば、坂本龍一さんという音楽家の方がいろいろと親切に教えてくださいました。今見たらコメントには何度か頂いたお手紙の一部しか載せてませんでしたけど。私は実はこの方がそんなに有名だとは知らなかったのですが、いろんな人がすごく驚いたので、ネームバリューってすごいなと思いました。皆様も興味本位でかまいませんので、どうぞご一読ください。
彗星のページ
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by ammolitering4 | 2010-06-30 18:00 | Comments(0)

事情について

こんにちは。皆様お元気でいらっしゃいますか?「近日中に閉じる」とか言いながら、なかなか閉じないでいますが、、、そうなのです、私はベリー摘みに忙しくてサイトを閉じている暇もないのです。週末は3日続けて出歩いていました。バンクーバー地域には野生の小果実がたくさんあります。狩猟採集生活が合っているらしい私は、狩猟のほうはさておき、季節になると「何か食べられるものはないか」と山野を徘徊します。遠いご先祖様の血が色濃く残っているのでしょう。

お世辞にもハイテクでないという事情もあります。このサイトはできることならそのまま続けたいのですが、今は法的な問題その他を確認していただいているところですので、それで「やっぱり駄目」ということになれば閉じなければなりませんし、そうでなければ閉じてもまた開けられます。でも、そういう手続きは難しそうだし、内容だって全部消えるだろうし、人には「保存してくれ」とか言いながら、自分では自分の書いたものをちゃんと保存してません。想定できる様々な頭痛の種を考えると、ぎりぎりまでそっとしておくのが一番だなと思います。そういうわけで、今のところは閉じないことにしました。

翻訳そのものを続けるべきかどうかは、私は個人的にはとりあえず死ぬまでしようと思っていましたし、長年翻訳をなさっているナーガナターナさんや寺院長さんはじめ、大勢の方が「続けてくれ」と言ってくださいました。こちらのサイトでの励ましも本当に嬉しいです。やめようかなと思ったのは法的なことなどの二次的な問題のためなので、つまりそれは配布方法の問題です。まあとりあえず本義である私自身の意欲がある限りは、ひっそりと誰にも見せずに書き溜めるというのだっていいだろうし、続けるのが自然だろうなと思っています。

問題点には3つあります。一つは著作権に関するものです。私の活動は私のみならず関係各位に罪が及ぶ可能性があるそうなのです。それは私の意図するところではありません。このことの真偽は私には分からないのですが、親切に確認してくださっている皆さんがいらっしゃいます。OKということになれば、その旨をこちらでも改めて明示します。

もう一つは私の翻訳者としての資格に関するものです。私は入門した信者ではなく、翻訳の学校に通ったわけでもなく、ISKCONで翻訳テストを受けて採用されたわけでもなく、依頼されたわけでもありません。つまり、どこの誰とも知れぬ素人の部外者が、勝手に誰かの大事な聖典を訳して流通させているのです。このことに不快感を持つ方がいたとしても、それはごく自然なことだと思います。それを思い至らなかったのは、ほんとに私の落ち度でした。これに関しては、翻訳、編集、記事書き、校正などの語学的なことに関する私の詳しい経歴をISKCONの責任者の方にお送りしたので、それで十分だと認定していただければ不満のあった方にもとりあえず申し訳が立つかなと思っています。

それともう一つは、用語と文体に関する問題です。できれば触れずに済ませたい問題の第一はこれだったわけですが、、、ご覧のように、私の文体は直訳です。自然で滑らかな日本語ではありません。ぎこちないなあ、と我ながら思います。通常、翻訳というのは、ある言語での自然な文章を別の言語での自然な文章に置き換えることを至上とします。いかにも「訳しました」という文章は、上手な翻訳とはいえないのです。プラブパーダの文章も、一般流通のためには私の文章では不適切です。もっと日本語の上手な誰かに書き直してもらうというステップが欠かせません。日本を離れて20年の私には、ちょっと荷が重い作業です。

あえて不自然な直訳をしている理由は、私の日本語の力の不足ということのほかに、プラブパーダの英語を可能な限り英語のままでご紹介したいからでもあります。プラブパーダの本の翻訳は、もともとは自分の勉強のために「簡単な宇宙旅行」を訳したのがきっかけです。私はもともと英語でクリシュナ意識を知りましたし、日本語の資料もなかったので、自分でいろいろ考えて適切と思う用語を選びました。その後、ワーキングホリデーで滞在していた若い日本人に出会いました。彼の英語はどうもあんまりぱっとせず、しかし英語でクリシュナ意識の本を読みたいというので、それなら、と思って小さな本を一文一文訳してあげました。英語の文章を理解するための補助ですので、関係代名詞だの不定詞だの、文法の本と辞書そのままです。つまり、「この文はこういう仕組みになっている」という詳細な解説です。そもそもの初めから、自然な日本語を書こうとしていないのです。

こうして始まった作業をずーっとそのままの方針で続けているわけです。これは、実はプラブパーダのご本のような性格の文書を訳す上では、どうしても欠かせない作業ではないかと私は考えています。聖書の翻訳でもそうですが、単語の一つ一つや構文の一つ一つが問題となります。プラブパーダの本も、どうでもいいような単語でも実はいろんな意味があって解説が必要だったりします。プラブパーダの英語を私はできる限り一言一句変えずに伝えたいのです。その結果として滑らかさが犠牲になっても、それは編集作業によって修復が可能です。その逆はできません。

つまり、プラブパーダの本の翻訳には、両方の手法が必要です。私はそのうちの直訳の部分を独自に請負い続けたいだけです。我ながら頑固だと思うのですが、用語の変更の要求にも応じたくありません。報酬を要求しないのも入門しないのも、束縛のない立場を保ちたいからです。

用語についても同様のことが言えます。公式に採用されている用語を使うべきなのだろうとは思いますが、どうもやっぱりわがままなので、自分の好きなように訳したいです。かの有名な「献身者」と「献愛者」の議論ではありませんが、こういうのは言葉に対する個人的な思いいれもあるし、お金を貰ってする仕事でもないのに用語表に従うのは嫌だ、と思ってしまうのです。こうしてみると、単に好き勝手したい、と言ってるだけに聞こえますが、、、、ほんとにそうなのです。ご迷惑をお掛けします。

以上のような問題点が全部クリアされるのであれば、このままの形でひっそりと活動を続けていくつもりです。
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by ammolitering4 | 2010-06-29 00:56 | その他 | Comments(1)

お礼

こんばんは。たくさんの温かいメッセージ、ありがとうございました。今日はもう遅いので、とりあえずお礼だけ申し上げます。今は野生のベリーの季節で、つまり私は忙しいのです。毎日遊びまわらねばなりません。どういうことだ、と思われる方は、どうぞ写真サイトをご覧ください。

事情はのちほどよく考えてからご説明します。状況によっては続けられるかもしれませんし、個人的なファイルの配布という形になるかもしれません。まだどうするか分かりません。ご支援、心から嬉しく思っています。
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by ammolitering4 | 2010-06-26 16:20 | その他 | Comments(6)

お知らせ

こんにちは。いつも楽しみに読んでくださってありがとうございます。今の翻訳はまだ途中ですが、気が変わったので続けないことにしました。翻訳をして紹介することについてはKrishna.comの方から了解を得ましたが、「どうぞどんどんやってください」だけでは済まない法的な問題がいろいろあるようです。また、独自の用語などもやはり公式になさっている方の気をそぐ結果になるようですし、いろいろ面倒なのです。申し訳ありませんが、どうぞご理解いただけますようお願いいたします。このサイトそのものも、近日中に閉鎖します。自分で読むために保存なさりたい方は、どうぞ早めに行ってください。
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by ammolitering4 | 2010-06-25 14:08 | その他 | Comments(5)

第9章 クリシュナの財産

第9章 クリシュナの財産(opulence、富裕さ, ぜいたくさ;豊富 )

第1段落
主チャイタンニャは、無明にあって洗練されていない人々に特に慈悲深くていらっしゃいます。そのため、主の名前はパティタパーヴァナ、すなわち「最も堕落した制約された魂を救う方」でもあります。たとえ制約された魂が最低の位置にまで堕落していたとしても、もしもその人が純粋(innocent、無罪、無邪気、悪気のない)であるなら、霊的な科学において進歩することは可能です。

サナータナ・ゴスヴァーミーはヒンズー社会の制度に照らせば堕落していると考えられていました。イスラム教の政府に奉仕をしていたからです(訳注:働いていたからです)。実際に、彼は自分の仕事のせいでブラーマナの社会から破門されていました。しかし彼は誠実な魂であったので、主チャイタンニャは彼にたくさんの霊的な情報を与えることによって、特別な恩寵をお示しになりました。

第2段落
主は次に霊的な天空における様々な霊的な惑星の位置づけについて説明なさいました。霊的な惑星はヴァイクンターの惑星としても知られています。物質的な創造の宇宙には限られた大きさがありますが、ヴァイクンターの惑星に関して言えば、その大きさには限りがありません。それらは霊的だからです。

主チャイタンニャはサナータナ・ゴスヴァーミーに、一つ一つのヴァイクンターの惑星はどれも何百万マイルも何十億マイルもある(訳注:途方も無く大きい)、とお知らせになりました。これらの惑星の一つ一つは無限の広がりをもっており、その一つ一つに六つの財産、すなわち富、力、知識、美、名声、そして放棄を完全に備えた住人がいます。

これらのヴァイクンターの惑星の一つ一つにクリシュナの拡張体がご自分の永遠の住処を持っていらっしゃいます。そして、クリシュナご自身はクリシュナ・ロカあるいはゴロカ・ヴリンダーヴァンと呼ばれるもともとの永遠の住みかをお持ちです。

第3段落
この宇宙では、最も大きな惑星でさえ天空の一角に位置しています。太陽は地球よりも何千倍も大きいですが、それでも天空の一角に位置しています。同様に、無限大の惑星の一つ一つは、無限の大きさであるにも関わらず、ブラーマジョティとして知られる霊的な天空の一角に位置しています。

ブラーマ・サムヒターにおいて、このブラーマジョティは(サンスクリット引用)、すなわち「分けられず(undivided)、無限であり、物質自然の相のカケラもない」と描写されています。すべてのヴァイクンターの惑星は蓮の花の花びらのようであり、クリシュナ・ロカあるいはゴロカ・ヴリンダーヴァンと呼ばれる、その蓮の主要な部分が、すべてのヴァイクンターの中心です。

したがって、ここで描写されているように、様々な形をとったクリシュナの拡張体、ならびに霊的な天空の中の霊的な惑星にある主の様々なお住まいは無限です。ブラーマーやシヴァのような半神でさえ、ヴァイクンターの惑星の大きさを見ることができず、推測することさえできません。これはシュリマッド・バーガヴァタム(10.14.21)において確認されています。

「誰もすべてのヴァイクンターの惑星の大きさを推測することはできません。」ブラーマーやシヴァのような半神たちがそのような推測をすることができないだけでなく、主の力という財産の化身そのものであるアナンタさえ、主の力や様々なヴァイクンターの惑星の大きさに、いかなる限界も確認することができません。

第4段落
シュリマッド・バーガヴァタム(10.14.21)に述べられているブラーマーの祈りは、このことに関して非常に説得力があります。そこで主ブラーマーは次のようにおっしゃるからです。

(サンスクリット引用)

「おお、我が親愛なる主よ。おお、至高の人格神よ。おお、超魂よ。おお、すべての神秘的な力の主よ。あなたがご自分のヨガマーヤーのエネルギーに顕現なさるあなたの拡張体を、知ることのできる者や説明することのできる者はいません。これらの拡張体は三つの世界全体を通して広がっています。」ブラーマーはご自分の祈りの中で次のようにもおっしゃいます。

(サンスクリット引用)(バーガヴァタム10.14.7)

「科学者たち、および学識のある人々は、一つの惑星の原子的な組成を推測することさえできません。たとえ彼らが空の雪の分子を数えることや、宇宙の星の数を数えることができたにしても、彼らはあなたがいかにこの地球やこの宇宙にご自分の無数の超越的な力、エネルギー、そして性質をもって降臨なさるのか、推測することはできません。」

主ブラーマーはナーラダに、自分を含む偉大な賢人の誰も、至高主の潜在的な力とエネルギーを推測することはできないと知らせました。ブラーマーは、たとえアナンタがご自分の何千もの舌をもって主のエネルギーを推測しようとしても失敗する、と認めました。したがって、人格化したヴェーダ(訳注:ブラーマー)は次のように祈りました。

(サンスクリット引用)(バーガヴァタム10.87.41)

「我が主よ。あなたは無限であり、あなたの力の大きさを推測することのできた者は誰もいません。私は、あなたでさえご自分の潜在的な力の幅をご存じないと思います。天空の中に、無数の惑星がちょうど原子のように漂っています。そして、あなたを見つけるために研究をしている偉大なヴェーダ学者たちは、何もかもがあなたとは異なることを発見します。こうして彼らはついに、あなたはすべてであると結論づけます。」

第5段落
主クリシュナがこの宇宙にいらしたとき、ブラーマーはヴリンダーヴァの牛飼いの少年が実際にクリシュナご自身であることを確かめるために、主にいたずらをしました。ご自分の神秘的な力によって、ブラーマーはすべての牛と子牛とクリシュナの牛飼いの友人たちを盗んで隠しました。

しかし、クリシュナが一人でどうしているかを見るために戻ってきたとき、ブラーマーはクリシュナがまだ同じ牛と子牛と牛飼いの少年たちと遊んでいるのを見ました。言い換えると、ご自分のヴァイクンターの力によって、主クリシュナはすべての盗まれた牛と子牛と友人たちを拡張なさったのです。

実に、ブラーマーは何百万もの何十億もの(訳注:無数の)牛や子牛や友人たちを見ました。また、何百万もの何十億もの(訳注:無数の)サトウキビと果物、蓮の花と角を見ました。牛飼いの少年たちは様々な衣類と装飾品で飾られていました。

そして、誰も彼らの膨大な数を数えることができませんでした。実にブラーマーは、牛飼いの少年たち一人一人が、それぞれのブラーマーンダの支配神のような4本の腕のあるナーラーヤナになっているのを見ました。ブラーマーはまた、無数のブラーマーたちが主に敬意を捧げているのも見ました。

ブラーマーは、かれらのすべてがクリシュナの体から放射しており、一瞬後にはまた主(クリシュナ)の体の中に入るのを見ました。主ブラーマーは驚きに打たれ、ご自分の祈りの中で「誰であれ、すべての人が”自分はクリシュナを知っている”と言うことができますが、自分に関して言えば、私は主のことを何も知りません」と認めました。

「我が親愛なる主よ」とブラーマーは言いました。「あなたがたった今お示しになった力と財産は、私の心の理解する能力を超えています。」

第6段落
主チャイタンニャはさらに、クリシュナロカだけでなく、この惑星におけるクリシュナのお住まいであるヴリンダーヴァンさえ、力に関して言えば推察され得ない、と説明なさいます。ある視点から見れば、ヴリンダーヴァンは32平方マイル(訳注:1マイルはおよそ1.6kmなので、51.2平方キロメートル、すなわち縦横およそ7kmくらいの広さ)であると推察されます。

しかし、このヴリンダーヴァンの一部にすべてのヴァイクンターが存在しています。現在のヴリンダーヴァン地区は12の森を含んでおり、およそ84クロシャ、すなわち168(平方)マイル(268.8km)の広がりがあります。そしてヴリンダーヴァン市はおよそ16クロシャ、すなわち32(平方)マイルと推定されています。

そこにどうやってすべてのヴァイクンターが存在しているのかは、物質的な計算を超えています。そのためチャイタンニャ・マハープラブは、クリシュナと力と財産を無限であると宣言なさいました。主がサナータナ・ゴスヴァーミーにおっしゃったことは何であれ、(全体の)一部に過ぎません。しかし、そのような部分的な提示によって、人は全体を想像しようとすることができます。

第7段落
サナータナ・ゴスヴァーミーにクリシュナの財産について話していた間、主チャイタンニャは深い恍惚の中にいらっしゃいました。そしてその超越的な状態におい8て、主はシュリマッド・バーガヴァタム(3.2.21)から一節を引用なさいました。そこでは、クリシュナがこの世を去られた後で、ウッダーヴァがヴィドゥラに次のように言いました。

(サンスクリット引用)

クリシュナは、主ブラーマー、主シヴァ、そしてこの宇宙の中のヴィシュヌの拡張体を含むすべての半神たちの主人です。したがって、主と同等、あるいは主を越える者は誰もいません。そして、主は6つの財産を完全に備えています。

それぞれの宇宙(ブラーマーンダ)の運営に携わるすべての半神たちは、主に心からの敬意(respectful obeisances、敬意を込めた敬意、敬礼)を捧げます。実に、彼らが頭に被っているヘルメットは、至高主の蓮の御足の足跡で飾られているから美しいのです。」

ブラーマ・サムヒター(5.1)においても同様に、クリシュナが至高の人格神であって、主と同等、あるいは主を越える者は誰もいない、と述べられています。すべての宇宙の一つ一つの主であるとはいえ、ブラーマー、シヴァそしてヴィシュヌは、至高主クリシュナの従者です。それが結論です。

すべての原因の原因として、主クリシュナは最初の化身であって、この物質創造の統御者であるマハー・ヴィシュヌの原因(源)です。マハー・ヴィシュヌからガールボーダカシャーイー・ヴィシュヌとクシローダカシャーイー・ヴィシュヌが生じます。

このため、クリシュナはガールボーダカシャーイー・ヴィシュヌとクシローダカシャーイー・ヴィシュヌの主人であり、主は宇宙の中のすべての生命体の中にいらっしゃる超魂でもあります。ブラーマ・サムヒター(5.48)において、マハー・ヴィシュヌの呼吸によって無数の宇宙が作られ、それぞれの宇宙の中には無数のヴィシュヌ・タットヴァがいる、と述べられていますが、主クリシュナがそれらすべての主人であり、それらは単にクリシュナの部分的な完全拡張体であると理解されるべきです。

(訳注:原語はpartial plenary expansions。部分的ではあるが完全な拡張体、という言葉の意味は、完全な力を備えてはいるが全体ではない、という意味でしょうか。)

第8段落
明かされた聖典から、クリシュナは三つの超越的な場所にお住まいになる、ということが理解されます。クリシュナの最も大切なお住まいは、ゴロカ・ヴリンダーヴァンです。主がご自分の父、母、および友人たちと共に住み、ご自分の超越的な人間関係(relationship)を表され、ご自分の永遠の側近の人々に恩寵を授けられるのは、ここにおいてです。

そこではヨガマーヤーは、ラーサ・リーラーの踊りにおいて主の侍女として振舞います。ヴラジャブーミの住人たちはこう考えます。「主はご自分の超越的な恩寵と愛情の粒子によって讃えられています(to glorify、賛美する、美化する)。そして私たちヴリンダーヴァンの住人は、主の情け深い存在により(訳注:主が情け深くもここにいてくださるので)、全く何の不安もありません。」

ブラーマ・サムヒター(5.43)に述べられているように、霊的な天空(ヴィシュヌロカとして知られる)の中のすべてのヴァイクンターの惑星は、クリシュナ・ロカ、ゴロカ・ヴリンダーヴァンとして知られる惑星の中に存在しています。

どの至高の惑星において、主は多くの形をとって(in multiple forms)ご自分の超越的な喜びを楽しまれます。そして、ヴァイクンターのすべての財産はその一つの惑星において完全に現されます。クリシュナの仲間たちもまた、六つの財産を完全に備えています。

パードモッタラ・カーンダ(225.57)において、物質的なエネルギーと霊的なエネルギーはヴィラジャー川として知られる水によって隔てられている、と述べられています。その川は、最初のプルシャ化身の汗から流れます。

ヴィラジャーの土手の一つの上に、霊的な天空と呼ばれる無限で喜びに満ちた永遠な自然があります。そしてこれが霊的な王国、あるいは神の王国です。霊的な惑星はヴァイクンターと呼ばれます。そこには嘆きや恐れはないからです。すべてが永遠です。

霊的な世界は至高主のエネルギーの4分の3を占めていると計算されています。そして物質的な世界は主のエネルギーの4分の1を占めると言われていますが、この4分の3が何であるのか、誰も理解することができません。

主のエネルギーのわずか4分の1を占めるに過ぎないこの物質的な宇宙でさえ描写され得ないからです。サナータナ・ゴスヴァーミーにクリシュナのエネルギーの4分の1の大きさの概念(訳注:something of、ある事柄に関する大まかなこと)を理解させようとして、チャイタンニャ・マハープラブはシュリマッド・バーガヴァタムから、ある出来事を引用しました。

そこでは、宇宙の主ブラーマーがクリシュナに会いにドヴァーラカーにやってきました。ブラーマーがクリシュナに近づいたとき(訳注:クリシュナのお住まいの前まで来たとき)、門番がクリシュナに、ブラーマーが主に会いに来た、と伝えました。これを聞いてクリシュナは「どの」ブラーマーが来たのか、と問いました。そして門番はブラーマーのところに戻って尋ねました。「あなたはどのブラーマーですか?クリシュナがお尋ねになりました。」

第9段落
ブラーマーは驚きに打たれました。なぜクリシュナはそのような質問をなさったのでしょうか?ブラーマーは門番に言いました。「どうぞ主に伝えてください。4人のクマーラの父であって、4つの頭を持ったブラーマーが主に会いに来ました、と。」

第10段落
門番はクリシュナに(それを)伝え、それからブラーマーに中に入るように頼みました。ブラーマーはクリシュナの蓮の御足に敬意を捧げました。そして、ブラーマーに同じく敬意を示した後(after receiving him with all honor)、クリシュナはブラーマーの訪問の目的について尋ねました。

第11段落
「私がここに来た目的はお話しします」とブラーマーは答えました。「しかし、まず、どうかご親切に取り除いていただきたい疑問があります。あなたの門番が、あなたが”どのブラーマーが会いに来たのか”とお尋ねになった、と言いました。私の他にもブラーマーがいるのか、お尋ねしたいと思います。」

第12段落
これを聞いてクリシュナは微笑み、直ちに多くの宇宙から多くのブラーマーを呼び出しました。それから、4つの頭を持ったブラーマーは、クリシュナに会って敬意を捧げるために多くの他のブラーマーたちがやってくるのを見ました。

彼らのうちの何人かは10個の頭を持っており、何人かは20個、何人かは100個、そして100万個の頭を持っている者たちさえいました。実に、4つの頭を持ったブラーマーは、クリシュナに敬意を捧げに来たブラーマーたちを数えることさえできませんでした。

クリシュナはそれから様々な宇宙から他の多くの半神たちを呼び、彼らは皆、やってきて主に敬意を捧げました。この素晴らしい光景を見て、4つの頭を持ったブラーマーはおどおどした気持ち(nervous)になり、自分のことを多くの象たちの中の蚊に過ぎないように考え始めました。

非常に多くの半神たちがクリシュナの蓮の御足に敬意を捧げていたので、ブラーマーはクリシュナの無限の力は推定し得ないと結論づけました。様々な半神たちとブラーマーたちのヘルメットは、大集合の中で明るく輝きました。そして半神たちの祈りは大きな音を轟かせました。

第13段落
「親愛なる主よ」と半神たちは言いました。「あなたに会うために私たちを呼んでくださったのは、あなたの偉大な恵みです。何か特定のご命令はありますか?もしもあるなら、私たちは直ちにそれを実行します。」

第14段落
「あなた方に特別してもらいたいことはありません」と主はお答えになりました。「私はただ、あなた方を一度に一緒に見たかったのです。私はあなた方に私の恵みを与えます。悪魔を恐れてはなりません。」

第15段落
「あなたの恵みによって、すべては大丈夫です」と彼らは皆答えました。「今は何の騒動(disturbances)ありません。あなたの化身によってすべての不吉なものは消滅させられたからです。」

第16段落
それぞれのブラーマーがクリシュナに会ったとき、彼らの誰もが主は自分の宇宙の中だけにいらっしゃるのだと考えていました。この出来事のあと、クリシュナはすべてのブラーマーにいとまを告げました。(訳注:「帰るようにおっしゃいました」のほうが適切かもしれません。)

そして、主に敬意を捧げたあと、彼らはそれぞれの宇宙に帰っていきました。これを見て、4つの頭を持ったブラーマーは直ちにクリシュナの足元にひれ伏して言いました。「私が最初にあなたに関して考えていたことは、すべて無意味です。

誰もが”自分はクリシュナを完全に知っている”と言うかもしれません。しかし、私に関して言えば、私はあなたがどれほど偉大か、想像し始めることができません。あなたは私の概念と理解を超えています。

第17段落
「この特定の宇宙は、たっだ40億マイル(64億km)の幅しかありません」と、それからクリシュナはブラーマーに教えました。「しかし、これよりももっとはるかに大きな宇宙が何百万個も何十億個も(訳注:無数に)あります。

これらのうちの幾つかは何兆マイルもの幅があり、これらすべての宇宙は、たった4つの頭を持ったブラーマーではなく、強いブラーマーを必要とします。」クリシュナはさらにブラーマーに教えました。「この物質創造は、私の想像的な力のたった4分の1の顕現です。私の想像的な力の4分の3は霊的な王国にあります。」

第18段落
敬意を捧げたあと、4つの頭を持ったブラーマーはクリシュナのもとを去りました。そして彼は主の「4分の3のエネルギー」の意味を理解することができました。

第19段落
したがって主は、ゴクラ、マトゥーラーおよびドヴァーラカーという主の主要なお住まいを指す名前である、トリャディースヴァラとして知られます。これらの三つのお住まいは素晴らしさに満ちており(full of opulence)、主クリシュナはそれらすべての主です。

ご自分の超越的な力の中に鎮座しておられる主クリシュナは、すべての超越的なエネルギーの主人であり、主は六つの財産を完全に備えています。主はすべての財産の主人であられるので、すべてのヴェーダ文献はクリシュナを至高の人格神として賞賛します。

第20段落
それから主チャイタンニャは、クリシュナの財産に関する素敵な歌を歌い、サナータナ・ゴスヴァーミーは聞きました。「クリシュナの娯楽のすべては、ちょうど人間の活動のようだ」と主は歌いました。「だから、主の形は人間のそれのようだと理解される。実に、人間は種の形の模倣に過ぎない。

クリシュナの衣類はちょうど牛飼いの少年のそれのようだ。主は手に笛を持ち、ちょうど成長したばかりの若者のように見える。主はいつも遊び心に満ち、ちょうど普通の普通の少年のように遊ばれる。」それから主チャイタンニャは、サナータナ・ゴスヴァーミーにクリシュナの美しい側面について語りました。

これらの美しい性質を理解する者は蜜の海を楽しむ、と主はおっしゃいました。クリシュナのヨガマーヤーの力は超越的で、物質的なエネルギーを越えていますが、主は単にご自分の親密な献身者を満足させるために、この物質世界の中でさえ、ご自分の超越的な力を表されます。

こうして、主はご自分の献身者を満足させるために物質世界にお現れになります。そして、主の性質は非常に魅力的なので、クリシュナご自身が自分自身を理解しようとして熱心になります。主が正装して(fully decorated)体の3箇所を曲げて立つと―――主の眉はいつも動いていて、主の目はとても魅力的です―――ゴピーたちはうっとりとなります。

主の霊的なお住まいは霊的な天空の一番上にあります。そして主はそこに牛飼いの少年たちやゴピーたちやすべての幸運の女神たちという仲間たちと共にお住まいになります。主がマダナ・モハナとして知られるのは、そこにおいてです。

第21段落
ヴァースデヴァやサンカルシャナの形を取った娯楽など、クリシュナの様々な娯楽が存在します。そして、物質的な天空においては、主の娯楽は最初のプルシャ化身、物質世界の創造者として実行されます。主が魚や亀として化身なさる娯楽もあります。

そして、主が物質的な性質の化身として主ブラーマーや主シヴァの形をとる娯楽もあります。力を与えられた化身としての娯楽において、主はプリトゥー王の形をとります。また、すべての者の心臓の中の超魂として、そして非人格のブラーマンとしても、主は娯楽を実行なさいます。

主は無数の娯楽をお持ちですが、最も重要なものはクリシュナが人間の形をとってヴリンダーヴァンで遊び戯れたり、ゴピーたちと踊ったり、クルクシェトラの戦場でパーンダヴァたちと演じたり、マトゥーラーとドヴァーラカーで演じたりなさるものです。

主の人間の形における重要な娯楽のうちで最も重要なのは、主が牛飼いの少年として、成長したばかりの笛を吹く若者として現れる娯楽です。ゴロカ、マトゥーラーおよびドヴァーラーヴァティ、あるいはドヴァーラカーにおける主の娯楽の単なる部分的な顕現が(訳注:単なる部分的な顕現でさえ)、至高主への愛で宇宙全体を溢れさせることができる、と理解されます。すべての生命体はクリシュナの美しい性質によって魅了され得ます。

第22段落
主の内的な力の顕現は、神の王国、すなわちヴァイクンターの惑星においてさえ現されていません。しかし主は、ご自分の個人的なお住まいから降臨なさるとき、宇宙の中でその内的な力を現されます。クリシュナは非常に素晴らしくて魅力的なので、クリシュナご自身がご自分の美しさに魅了されます。

そしてこれは、主はすべての計り知れない力を完全に備えていることの証拠です。クリシュナの装飾品に関して言えば、主の体を飾るときにそれらが主を(より)美しくすることはないけれど、装飾品自体が単に主の体の上にあることによって美しくなるように見えます。

主が体の3箇所を曲げて立つとき、主は半神たちを含むすべての生命体を魅了します。実に、主はすべてのヴァイクンターの惑星の一つ一つに鎮座するナーラーヤナの形でさえ魅了します。
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by ammolitering4 | 2010-06-16 08:35 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(4)

サイトの内容について

こんにちは。今日はこのサイトの内容について少々ご説明しようと思います。

1.こちらで翻訳してご紹介している本はすべてプラブパーダのものです。著作権の詳しいことは分かりませんが、翻訳および紹介についてはKrishna.comから了解を得ています。

2.翻訳文の著作権は私に帰属しますが、イスコン・ジャパンには当サイトの翻訳文を自由に編集して出版や販売をする許可を差し上げてます。販売による収益の一部あるいは全部が私に支払われるということはありません。サイトをご覧になった方がコピーするのも配布するのも、全く自由になさって構いません。リンクの許可を得る必要もありません。

3.私は正式に入門した信徒(devotee)ではなく、プロの翻訳家でもありません。翻訳に対する報酬はどの個人あるいは団体からも受け取っていません。

4.翻訳文はイスコン・ジャパンに認定された公式のものではありません。私が全く独自に行っている作業ですので、用語や文体は公認のものとは異なる場合が多々あります。この翻訳はもともと英語で直接プラブパーダの本を読むための補助として始めたものですので、英語を英語のままで理解するための助けとなるような用語や文体を私の独自の見解で選んでいます。自然な日本語、あるいは日本での公式な語法に添うことを目的としているわけではありません。

5.翻訳は正確を期していますが、間違いも多々あるものと思います。誤訳がないという保証はできかねます。

勝手を申し上げますが、以上のような特徴をご理解頂いた上でご覧ください。ご質問やご要望があれば可能な限りお答えしますが、文体や用語の変更についてはイスコン・ジャパンで編集してくださる方に一任いたしますので、こちらでの変更はいたしません。悪しからずご了承ください。

西山葉子 (2010年6月12日)
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by ammolitering4 | 2010-06-13 15:09 | その他 | Comments(1)

第8章 後半

第14段落
サテャ・ユガでは、自己認識の方法は瞑想でした。そして、この方法は神の白い化身によって教えられます。この化身は賢者カルダマに恩寵を授け、それによって彼が至高の人格神を息子として得られるようにしました。

サテャ・ユガでは誰もがクリシュナを瞑想し、生命体は誰もが(each and every living entity)完全な知識を持っていました。現代のカリ・ユガでは、完全な知識を持っていない人々が、過去の時代において勧められてたこの瞑想の方法を(訳注:still、それでも、資格が不足しているにも関わらず)試みています。

トレター時代に進められていた自己認識のための方法は、犠牲をささげることであり、これは神の赤い化身によって教えられました。ドヴァーパラ時代では、クリシュナが個人的に存在しておられ、主はマントラをもってすべての人によって崇拝されていました。

(サンスクリット引用)

「至高の人格神であるヴァースデヴァ、サンカルシャナ、プラデュムナおよびアニルッダーに、私は敬意を捧げます。」これがドヴァーパラ時代のための自己認識の方法でした。(訳注:クリシュナが降臨なさったのはこの時代の終わりであり、それ以前にも寺院での崇拝が勧められています。)

次の時代、すなわち現代のカリ・ユガでは、主はクリシュナの聖なる御名を唱えることを教えるために化身なさいます。この時代では主は黄色であり(チャイタンニャ・マハープラブ)、主はクリシュナの名前を唱えることによって人々に神への愛を教えられます。

この教えはクリシュナによって自ら実行され、主はご自分につき従う何千人もの人々と共に、(クリシュナの御名を)唱えたり歌ったり踊ったりすることによって、至高神への愛を表されます。至高の人格神のこの特定の化身は、シュリマッド・バーガヴァタム(11.5.32)において予言されています。

(サンスクリット引用)

「カリの時代には、主は献身者として化身なさいます。肌色は黄色っぽく、主はいつも「ハレ・クリシュナ、ハレ・クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ、ハレ、ハレ。ハレ・ラーマ、ハレ・ラーマ、ラーマ、ラーマ、ハレ、ハレ」を唱えておられます。

主はクリシュナでいらっしゃいますが、肌色はドヴァーパラ・ユガにおけるクリシュナのように黒っぽくはなく、黄金色です。サン・キールタン運動を通して主が至高神への愛を教えることにいそしまれるのは、カリ・ユガにおいてです。そして、知性のある生命体はこの自己認識の方法を取り入れます。」それはシュリマッド・バーガヴァタム(12.3.52)においても述べられています。

(サンスクリット引用)

「サテャ時代においては瞑想によって、トレター時代においては様々な犠牲を捧げることによって、そしてドヴァーパラ時代においては主クリシュナを崇拝することによって得られた自己認識は、カリの時代においては単に聖なる御名ハレ・クリシュナを唱えることで得られます。」

これはヴィシュヌ・プラーナ(6.2.17)においても確認されています。そこには次のように述べられています。

(サンスクリット引用)

「今の時代には、瞑想や犠牲や寺院での崇拝は無用です。単にクリシュナの聖なる御名を唱えるだけで――― ハレ・クリシュナ、ハレ・クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ、ハレ、ハレ。ハレ・ラーマ、ハレ・ラーマ、ラーマ、ラーマ、ハレ、ハレ―――人は完璧な自己認識を得ることができます。

第15段落
主チャイタンニャがこのカリの時代の化身を描写したとき、かつて政府の役人であって結論を導き出す能力を完全に備えていたサナータナ・ゴスヴァーミーは、主に直接尋ねました。「人はどうやって化身の降臨を理解することができますか?」

カリの時代のための化身の描写によって、サナータナ・ゴスヴァーミーは主チャイタンニャがまことにクリシュナの化身であることを理解することができました。そして、彼はまた、将来において多くの人々が主チャイタンニャの真似をしようとするということも理解することができました。

主の献身者たちは主を化身として受け入れていたにも関わらず、主は普通のブラーマナとして振舞っておられたからです。サナータナは、多くの偽物が現れることを知っていたので、主に尋ねました。「どうやって人は化身の特徴を理解することができますか?」

第16段落
主はお答えになりました。「ちょうど人がヴェーダ文献を参照することによって異なる時代のための異なる化身を理解することができるように、同様にして人は誰が本当にこのカリの時代における至高神の化身であるかを理解することができます。」

このようにして、主は特に権威ある聖典を参照することを強調なさいました。言い換えると、人は誰かを気まぐれに化身として受け入れるべきではなく、聖典を参照することによって化身の特徴を理解しようとすべきです。至高神の化身は、決して自分が化身であると宣言することはありません。

しかし、主につき従う者(followers、信者)は、権威ある聖典を参照することによって、誰が化身であり誰が偽物がを確かめなければなりません。

第17段落
知性的な人は誰でも、二つの特徴を理解することによってアヴァターラの性質を理解することができます。「人格」と呼ばれる主要な特徴と、二次的な(marginal、周辺的な)特徴です。聖典の中には化身の体と活動の性質の描写があります。

体の描写が主要な特徴であり、それによって化身が特定されます。化身の活動は二次的な特徴です。これはシュリマッド・バーガヴァタム(1.1.1)の初めにおいて確認されています。そこでは、アヴァターラの特徴がよく描写されています。

その節では、パラムとサテャムという二つの言葉が使われています。そして主チャイタンニャは、これらの言葉はクリシュナの主な特徴を明らかにしていると述べられます。その他の二次的な特徴は、主がブラーマーにヴェーダの知識を与えられたことと、宇宙の顕現を作り出すためにプルシャ・アヴァターラとして化身なさった、ということを示しています。

これらは、何らかの特別の目的のために顕現する一時的な(occasional、時折の、臨時の、予備の)特徴です。人はアヴァターラの主要な特徴と二次的な特徴を理解して、それらの区別をつけることができるべきです。これらの二つの特徴に当てはまらなければ、誰も自分が化身であると宣言することはできません。

知性ある人は、主要な特徴と二次的な特徴を研究せずしては何者をもアヴァターラとして受け入れません。サナータナ・ゴスヴァーミーが主チャイタンニャの個人的な特徴を今の時代の化身のそれとして確認しようとしたとき、主は「これらすべての議論を脇に置いて、シャクテャーヴェシャ・アヴァターラの描写を(研究し)続けましょう」とおっしゃり、それによって自ら間接的に(それを)確認なさいました。

第18段落
主はそれから、シャクテャーヴェシャ・アヴァターラには限りがなく、数えられない、と指摘なさいました。しかし、そのうちの一部は例として言及され得ます。シャクテャーヴェシャ化身には2種類あります。直接的なものと間接的なものです。

主ご自身がおいでになるとき、その化身はサークシャート、すなわち直接的なシャクテャーヴェシャ。;アヴァターラと呼ばれます。そして主がある生命体に力を与えてご自分を代表する者となさるとき、その生命体は間接的、すなわちアーヴェシャ化身と呼ばれます。

間接的なアヴァターラの例は、4人のクマーラたち、ナーラダ、プリトゥー、およびパラシュラーマです。彼らは実際は生命体ですが、(彼らには)至高の人格神によって彼らに与えられた特定の力があります。

至高主の特定の財産(opulence、富、富裕さ。wealthと区別するために「財産」としています)が特定の生命体に与えられるとき(invested)、彼らはアーヴェシャ・アヴァターラと呼ばれます。4人のクマーラは、至高主の知識という財産を特に代表しています。ナーラダは至高主への献身奉仕を代表しています。

献身奉仕は主チャイタンニャによっても代表されています。主は献身奉仕の完全な代表だと考えられています。ブラーマーには、創造的な力という財産が授けられています。そしてプリトゥー王には生命体を維持する力が授けられています。

同様に、パラシュラーマには邪悪な者(element、構成分子、要素)を殺す力が与えられています。ヴィブーティ、すなわち至高の人格神の特別な恩寵についていえば、バガヴァッド・ギーターの10章において、特別に強力であったり美しかったりするように見える者は至高主によって特に好まれている(favored)として知られるべきである、と描写されています。

第19段落
直接的な、すなわちサークシャード・アヴァターラの例は、シェシャ化身とアナンタ化身です。アナンタ化身には、すべての惑星を維持する力が与えられています。そしてシェシャ化身には至高主に奉仕をする力が授けられています。

第20段落
シャクテャーヴェシャ化身を描写した後で、チャイタンニャ・マハープラブは至高主の年齢について語り始めました。主は、至高主は常に16歳の少年のようであり、この宇宙に降臨しようと望まれるときには、まずご自分の献身者である父と母を送られ、それからご自身が化身として降臨なさるか、あるいは自分自身として(personally)いらっしゃいます。

悪魔プータナーを殺したことに始まる主のすべての活動は無数の宇宙において表されており、それは限りがありません。実に、毎瞬毎秒、主の顕現と様々な娯楽は様々な宇宙(ブラーマーンダ)において見られます。このため、主の活動はちょうどガンジス川の波のようなものです。

ガンジス川の波の流れに限りがないように、様々な宇宙における主クリシュナの化身が無くなることはありません。子供の頃から主は多くの娯楽を表され(to display)、究極的にはラーサの踊りを表されました(to exhibit)。

第21段落
クリシュナの娯楽のすべては永遠であると言われています。そしてこれはすべての聖典において確認されています。一般に人々はクリシュナがどのようにしてご自分の娯楽を行われるのか理解することができません。

しかし主チャイタンニャは、主の娯楽を太陽を回る地球の軌道と比較して、これを明らかになさいました。ヴェーダの占星学的な(訳注:astrological、「占星術の」と訳されるが、占いというより学問だと思うのであえて「占星学的な」としている)計算によると、昼と夜の24時間は60のダンダに分けられます。

一日は、さらに3,600のパラに分けられます。太陽(sun disk)は、60パラごとに知覚され得ます。そしてその時間が1ダンダを構成します。8ダンダは1プラパラを構成し、太陽は4プラパラの中で昇り、沈みます。同様に、4プラハラは一つの夜を構成し、そしてその後で太陽が昇ります。同様に、クリシュナの娯楽のすべてはどの宇宙においても見られ得ます。3600パラを通して太陽が動いているところが見られるようなものです。(訳注:以下を参照)

(1ダンダ=60パラ)
(8ダンダ=480パラ=1プラパラ)
(32ダンダ=1920パラ=4プラパラ)太陽が昇って沈む時間。あるいは一つの夜。
(60ダンダ=3.600パラ)昼と夜の24時間

第22段落
主クリシュナはこの宇宙に125年の間だけ留まられます。しかし、その期間のすべての娯楽はすべての宇宙の一つ一つにおいで表されます。これらの娯楽は、主のご降臨、主の少年時代の活動、主の青年時代、そしてその後のドヴァーラカーにおける娯楽にいたるまでの娯楽を含みます。

これらのすべての娯楽はいつでも無数の宇宙のどれらにおいて進行しているので、それらは永遠であると呼ばれます。太陽が昇ったり沈んだり、現れたり消えたりするのを、私たちが惑星上における位置に応じて見るにも関わらず、太陽は永遠に存在しています。

同様に、この特定の宇宙において、私たちは一定の間隔をおいてしか(主の娯楽が)顕現するのを見ることができませんが、それにも関わらず主の娯楽は続いています。主のお住まいはゴロカ・ヴリンダーヴァンと呼ばれる至高の惑星です。

そして、主のご意思によってこのゴロカ・ヴリンダーヴァンはこの宇宙および他の宇宙にも顕現します。このように、主はいつもご自分の至高のお住まいであるゴロカ・ヴリンダーヴァンにおられ、そして主の至高のご意思によって、そこでの主の活動もまた、無数の宇宙において顕現します。降臨なさるとき、主はそれらの特定の場所にお生まれになります。そして、すべての顕現において主の6つの財産が表されます。

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すいぶんお待たせいたしました。今回もやっぱりいろんな名前がでてきますが、それに加えて数字もたくさんでてくるので、かなり手ごわいです。何だかよく分かりませんが、どうぞ何度も繰り返し読んで理解を図ってください、と無責任なことを言っています。すみません。

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訳注の追加です。第21段落に「太陽(sun disk)は、60パラごとに知覚され得ます。」という一文があります。これはto perceiveという言葉を使ってあり、辞書を見た限りでは時間の単位を表す意味はありません。でも、この場合は一日を60ダンダに分けたその一つ一つ毎に時間が分けられるとか、そういう意味ではないかと思います。24時間x60分=1440分。これを60ダンダで割ると、1ダンダは24分に当たります。太陽が24分ごとに知覚される。。。謎ですね。

なお、計算が合わない部分もあります。4プラハラを2倍すると8プラハラですが、1プラハラは8ダンダなので8x8=64、つまり、24時間である60ダンダよりも長いのです。謎の4ダンダはどこから来たのでしょうか。
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by ammolitering4 | 2010-06-10 07:00 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(3)

第8章 前半

第8章 アヴァターラ

第1段落
主チャイタンニャはサナータナ・ゴスヴァーミーに、物質的な創造(の世界)においでになる主クリシュナの拡張体は、アヴァターラ、すなわち化身と呼ばれるのである、と説明を続けました。アヴァターラという言葉は「降臨する者」を意味し、この場合には、この言葉は特に霊的な天空から降臨する者を指します。霊的な天空には無数のヴァイクンターの惑星があり、そしてこれらの天空から至高の人格神の拡張体がこの宇宙においでになります。

第2段落
サンカルシャナの拡張体からの至高の人格神の最初の降臨は、プルシャ化身、すなわちマハー・ヴィシュヌです。シュリマッド・バーガヴァタム(1.3.1)において、至高の人格神が物質創造の最初のプルシャ化身として降臨なさるとき、主は直ちに16の基本的なエネルギーを顕現なさる、と確認されています。

マハー・ヴィシュヌとして知られる主は「原因の海」の中に横たわります。物質世界におけるもともとの化身は、この主です。主は、時間、自然、原因と(その)影響、心、自我、エゴ、5つの要素(訳注:火、水、土、空気、エーテル)、自然の3つの相、感覚、および普遍的な形(universal form)の主です。物質世界の中の、動くもの、および動かないもの全ての主であるにも関わらず、主は完全に独立しています。

第3段落
シュリマッド・バーガヴァタム(2・9・10)において確認されているように、物質自然の影響はヴィラジャー、すなわち「”原因の海”を越えたところ」に及ぶことはできません。物質自然の相(徳、熱情および無明)、および物質的な時間は、ヴァイクンターの惑星には何の影響も及ぼしません。それらの惑星では、クリシュナの解放された仲間たちが永遠に住み、彼らは半神たちおよび悪魔たち両方から崇拝されています。

第4段落
物質自然はマーヤーおよびプラダーナという二つの資質において働きます。マーヤーは直接的な原因であり、プラダーナは物質的な顕現の要素を指します。最初のプルシャ・アヴァターラであるマハー・ヴィシュヌが物質自然をちらっと見るとき、物質自然は興奮させられ、そしてプルシャ・アヴァターラはこうやって物質に生命体を孕ませます。

単にマハー・ヴィシュヌの一瞥によって意識が創造され、そしてこの意識はマハット・タットヴァとして知られます。マハット・タットヴァの支配神はヴァースデヴァです。この創造された意識は、それから三つのグナ、すなわち物質自然の相に応じて、3つの異なる(departmental、部門的な)活動に分けられます。

徳の相にある意識はシュリマッド・バーガヴァタムの11巻に描写されています。徳の相の支配神はアニルッダーと呼ばれます。物質的な熱情の相にある意識は知性を作り出し、この場合の支配神はプラデュムナです。プラデュムナは感覚の主です。無明の相にある意識は、エーテル、天空、および聴覚を生じさせます。宇宙の顕現は、これらの相のすべての組み合わせであり、このようにして無数の宇宙が作られます。誰も宇宙の数を数えることはできません。

第5段落
これらの無数の宇宙は、マハー・ヴィシュヌの体の毛穴から作られます。無数の埃の粒が網の小さな穴を通り抜けるように、同様にマハー・ヴィシュヌの体の毛穴から無数の宇宙が拡散します。(訳注:これは「毛穴」ではなくて「鼻腔」と書いてある場合もあります。人間の体の感覚をそのまま当てはめることをせず、「毛穴であり鼻腔である穴」と考えるのが妥当かと思います。)

主が息を吐くと無数の宇宙が作り出され、主が息を吸うとそれらは滅ぼされます。マハー・ヴィシュヌのエネルギーのすべては霊的であり、それらは物質エネルギーとは何の関係もありません。ブラーマ・サムヒター(5.48)には、それぞれの宇宙の支配神であるブラーマーはマハー・ヴィシュヌの一回の息の間しか生きない、と述べられています。このように、マハー・ヴィシュヌはすべての宇宙の根源的な超魂であり、すべての宇宙の主でもあります。

第6段落
第2のヴィシュヌ化身であるガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌは、すべての宇宙の一つ一つに入り、ご自分の体から水を湧き出させ(to spread、広げる)、その水の上に横たわります。主のへそから蓮の花の茎が伸びて、その蓮の花の上に最初の生命体(creature、被造物)であるブラーマーが生まれました。

その蓮の花の茎の中には、ブラーマーによって作られた14に分かれた惑星系があります。それぞれの宇宙の中に主はガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌとして鎮座しておられ、主はそれぞれの宇宙を維持し、その世話をします(to tend its needs、必要を満たす)。

主はそれぞれの物質宇宙の中にいらっしゃいますが、物質エネルギーの影響は主に触れることはできません。必要なときには、この同じヴィシュヌが主シヴァの形をとり、宇宙創造を破壊します。三つの二次的な化身、すなわちブラーマー、ヴィシュヌおよびシヴァは、物質自然の三つの相の支配神です。(訳注:前述のアニルッダーおよびプラデュムナとの関係は、ここでは不明。)

しかし、宇宙の主は、ヒラニャガルバー超魂として崇拝されるガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌです。ヴェーダの聖歌は、主は何千もの頭をお持ちである、と描写しています。主は物質自然の中にいらっしゃるにも関わらず、それに影響されておられません(not touched by it)。

第7段落
ヴィシュヌの第3の化身であるクシーロダカシャーイー・ヴィシュヌもまた、徳の相の化身です。主はすべての生命体の超魂でもあり、宇宙の中の牛乳の海に住んでおられます。このようにチャイタンニャ・マハープラブはプルシャ・アヴァターラを描写なさいました。

第8段落
主チャイタンニャは次にリーラー・アヴァターラ、すなわち「娯楽」のアヴァターラを描写しました。そして、これらには限りがないと主は指摘なさいました。しかし、主はそれらの一部を描写しました。例えば、マツャ(Matsya)、クールマ、ラグーナーター、ヌリスィムハ、ヴァーマナおよびヴァラーハなどです。

第9段落
グナ・アヴァターラ、すなわちヴィシュヌの性質上の化身について言えば、それには三つあります。ブラーマー、ヴィシュヌ、およびシヴァです。ブラーマーは生命体の一つですが、その献身奉仕のため(訳注:過去に(?)行った献身奉仕の結果として)、彼は非常に強力です。この最初の生命体、物質的な熱情の相の主は、ガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌによって無数の生命体を作るために直接に力を与えられています。

ブラーマ・サムヒター(5.49)において、ブラーマーは太陽の光線によって影響された(訳注:光を受けて輝く)貴重な宝石に例えられ、太陽は至高主ガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌに例えられています。

もしも、あるカルパ(訳注:ブラーマーの一日?)においてブラーマーの役割を果たす能力のある生命体がいなければ、ガルボーダカシャーイー・ヴィシュヌご自身がブラーマーとして顕現し、相応の行いをなさいます。

(訳注:「カルパ」は12段落において「ブラーマーの一日」と解説されていますが、ブラーマーはある宇宙が存在している間、すなわちヴィシュヌの一回の息の間を100年生きるので、この場合は「ブラーマーの一生」に当たる時間を指すのではないかと思われます。)

第10段落
同様に、ご自分を主シヴァとして拡張なさることによって、至高主は宇宙を滅ぼす必要があるときに働かれます。(訳注:宇宙を滅ぼす必要があるときには、至高主はご自分を主シヴァとして拡張し、その仕事をなさいます。)

マーヤーと関わりのある主シヴァは(Lord Siva, in association with maya)、多くの形をお持ちであり、それは一般に11個あります。主シヴァは生命体の一つではありません。彼は(訳注:he、大文字ではない)事実上クリシュナご自身です。

このことに関して、牛乳とヨーグルトの例がしばしば用いられます。ヨーグルトは牛乳からできたものですが、それでもヨーグルトは牛乳としては使えません。同様に、主シヴァはクリシュナの拡張体ですが、彼はクリシュナとして活動することはできません。

また、私たちはクリシュナから得るような霊的な回復を主シヴァから得ることはできません。本質的な違いは、主シヴァは物質自然と関わりがありますが、ヴィシュヌあるいはクリシュナは物質自然とは何の関係もないということです。シュリマッド・バーガヴァタム(10.88.3)には、主シヴァはヴァイカーリカ、タイジャサおよびターマサとして知られる3種類の変容した意識の組み合わせである、と述べられています。

第11段落
ヴィシュヌ化身は、それぞれの宇宙の中の徳の相の主であるにも関わらず、決して物質自然の影響とは関係がありません。ヴィシュヌはクリシュナと同等ではありますが、クリシュナがもともとの源です。ヴィシュヌは一部ですが、クリシュナは全体です。これがヴェーダ文献によって与えられた見解です。

ブラーマ・サムヒターにおいて、次のロウソクに火を灯すもともとのロウソクの例が挙げられています。どちらのロウソクも同じ力を持っていますが、一方はもともとのものとして受け入れられ、もう一方はもともとのものから点火されたものだと言われます。

ヴィシュヌ拡張体は第二のロウソクのようなものです。主はクリシュナと同じくらい強力ですが、もともとのヴィシュヌはクリシュナです。ブラーマーと主シヴァは至高主の従者であり、ヴィシュヌとしての至高主はクリシュナの拡張体です。

第12段落
リーラーとグナのアヴァターラを描写したあとで、主チャイタンニャはサナータナ・ゴスヴァーミーにマンヴァンタラ・アヴァターラを説明なさいます。主はまず、マンヴァンタラ・アヴァターラの数を数えられる可能性はない、と述べられます。

一つのカルパにおいて、すなわちブラーマーの一日において、14人のマヌが顕現します。ブラーマーの一日は43億2千万年であると計算されており、ブラーマーはその規模で100年生きます。したがって、もしもブラーマーの一日に14人のマヌが現れるなら、ブラーマーの一ヶ月には420人のマヌがいます。

そしてブラーマーの一年には5、040人のマヌがいます。ブラーマーはそのような一年を100年の間生きるので、ブラーマーの一生には504,000人のマヌがいます。無数のマヌが存在するので、誰もマンヴァンタラ化身の総数を想像することはできません。

すべての宇宙はマハー・ヴィシュヌの吐く息によって同時に作られるので、一度にどれだけの数のマヌが顕現するのか誰も計算し始めることができません。しかし、それぞれのマヌは異なる名前で呼ばれます。最初のマヌはスヴァーヤムブーヴァと呼ばれ、彼はブラーマーの息子です。

第2のマヌであるスヴァーロチシャは、火の支配神の息子です。第3のマヌはウッタマであり、彼はプリヤヴラタ王の息子です。第4のマヌ、ターマサは、ウッタマの兄弟です。ライヴァタと呼ばれる第5のマヌと、チャークシュシャという第6のマヌは、どちらもターマサの兄弟ですが、チャークシュシャはチャークシュの息子です。

第7のマヌはヴァイヴァスヴァタと呼ばれ、彼は太陽神の息子です。第8のマヌはサーヴァルニと呼ばれ、彼もまた太陽神の息子であり、チャーヤーという名の妻から生まれました。第9のマヌであるダクシャサーヴァルニはヴァルナの息子です。

第10のマヌであるブラーマサーヴァルニはウパシュロカの息子です。他の4人のマヌは、ルドラサーヴァルニ、ダールマサールヴァニ、デヴァサ=ヴァルニ、およびインドラサーヴァルニとして知られています。

第13段落
マヌ化身を描写した後で、主チャイタンニャはサナータナ・ゴスヴァーミーにユガ・アヴァターラを説明なさいました。サテャ、トレター、ドヴァーパラ、およびカリという4つのユガ、すなわち時代があります。(訳注:millenniaはmilleniumの複数形。「千年」を意味するが、この場合は単に時代を指す。)

それぞれの時代において至高神が化身なさり、それぞれの化身はユガに応じて異なる色をしています。サテャ・ユガでは、主要な化身の色は白です。トレター・ユガではその色は赤であり、ドヴァーパラ・ユガでは黒っぽく(クリシュナ)、カリ・ユガでは主要な化身の色は黄色です(チャイタンニャ・マハープラブ)。これは、ナンダ・マハーラージャの家でクリシュナのホロスコープを計算した占星術師カルカムニによって、シュリマッド・バーガヴァタム(10.8.3)において確認されています。
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by ammolitering4 | 2010-06-10 06:57 | 「主チャイタンニャの教え」 | Comments(0)