<   2008年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

モノローグ

英語が自分の言葉であると感じるには、自分の心の中でゆっくりと時間をかけてモノローグを展開するのがいいと私は思います。繰り返しますが、英語は道具に過ぎません。伝えたいことそのものが大切なのです。自分は誰で、何を言わんとしているのでしょう。まあ、大層なことを言う必要はないですが、一応考えてみてください。そして、それを繰り返し心の中で語ってください。

外国の献身者の人たちと話したりするときは、「どうやってハレ・クリシュナを知ったんですか」というのが会話のきっかけになることが多いでしょう。どう答えますか?長くて難しい構文を使わなくても、たくさんのことを伝えられます。

Ten years ago, I didn't know Hare Krishna movement at all. 
10年前はハレ・クリシュナ運動を知りませんでした。

Zero, really.
持てる知識はほんとにゼロだったんです。

I had heard of the name Krishna. 
クリシュナという名前は聞いたことがありました。

But I didn't know what it was. 
でも、それが何だかは知りませんでした。

I didn't even know if it was a person's name or something else.
人の名前なのか、それとも他の何かなのか、そんなことも知らなかったのです。

I knew that there was a blue person in Indian religious paintings. 
インドの宗教画に青い人がいることは知っていました。

But I didn't know who it was.
でも、誰なのかは知りませんでした。

Of course, at least I knew that cows are important in India.
もちろん、インドでは牛が大切だということくらいは知っていました。

But I didn't know why.
でも、それがなんでかは知りませんでした。

I didn't have much interest India.
インドにそれほど興味がなかったのです。

And I had very little knowkedge about it.
知識もほとんどありませんでした。

But, somehow or other, I am now a Hare Krishna devotee.
でも、どういうわけか、今はハレ・クリシュナの信者です。

Life is unpredictable, indeed.
人生は予想が付きませんね、ほんと。

Ten years ago, I used to work in busy downtown.
10年前、私は賑やかなダウンタウンで働いていました。

Back then, devotees used to do ’harinam’ very frequently.
当時は、献身者たちが頻繁に「ハリナム」をしていました。(街頭でマントラを歌って唱えること)

Almost daily in summer time, in fact.
実際、夏などはほとんど毎日でした。

I was selling souveniors to tourists.
私は観光客にお土産を売っていました。

I mildly enjoyed having shallow small talks with tourists from around the world.
世界中から来た観光客の人たちと中身のない軽い会話を交わすのは、ほどほど楽しいものでした。

All the products I sold were cheap and useless.
売っていた商品はどれも何の役にも立たない安物でした。

It was a boring, meaningless job.
つまらない、無意味な仕事でした。

Then, I heard the sound of the Hare Krishnas.
そんなときにハレ・クリシュナの音を聞いたのです。

I didn't know who they were.
彼らが誰だかは知りませんでした。

They were a group of strange looking people.
変な格好をした一団だったのです。

Somehow I felt uplifted every time I heard them and saw them.
なぜか彼らの音が聞こえて姿が見えるたびに気持ちが浮き立ちました。

I often stepped outside the store and watched them.
しょっちゅうお店の外に出て見ていました。

As the sound came nearer and nearer, I felt happier.
音が近づくと嬉しくなりました。

Then they walked passed the store.
やがて彼らはお店の前を通り過ぎました。

As the sound went further and further away, I felt sadder.
音が遠ざかると悲しくなりました。

It was the sound that really attracted me.
音がとても魅力的だったのです。

Then, one day, they stopped coming.
そしたら、ある日突然彼らが来なくなってしまいました。

They didn't come for a long time.
長い間来ませんでした。

I really missed the sound.
あの音が懐かしい、と思いました。

I really missed those strange looking people, too.
あの変な格好の人たちを見たい、と思いました。

I was surprised just how much I missed them.
彼らがいなくてこんなに淋しく感じるのにびっくりしました。

So I asked someone.
だからある人に尋ねてみたのです。

He told me that they were Hare Krishnas.
彼は「あれはハレ・クリシュナだ」と教えてくれました。

He also told me that there is their temple in town.
市内に彼らのお寺があることも教えてくれました。

I looked up the phone number in the telephone book.
私は電話帳で番号を調べました。

I phoned them, and said ' Hello. You used to sing on the street near my store.'
電話して「もしもし、私のお店の近くの街頭で歌ってましたね。」と言いました。

The devotee who answered the phone immediately apologized.
電話に出た献身者の人は、間髪を入れずに謝りました。

I think that people sometimes complain.
ときどき苦情が来るのだろうと思います。

'I'm sorry. Were we making too much noise?', he said.
「どうも申し訳ありません。うるさかったですか?」と彼は言いました。

'No. Why did you stop coming? I called because I miss you.' I said.
「いいえ。なんで来なくなったんですか。来てくれたらいいのに、と思ってかけたんです」と私は言いました。

He was very surprised and very happy.
その人はとても驚いて、喜んでいました。

Then he invited me to the temple.
そして、「お寺に来ませんか」と誘いました。

He said that I can hear the sound I like every Sunday.
私の好きな音が毎週日曜日に聞ける、と教えてくれました。

So I went there one day.
だからあるとき行ってみたのです。

I have been visiting the temple ever since.
それ以来ずっとお寺に通っています。

Of course, the Hare Krishna philosophy is equally attractive as the music.
もちろん、ハレ・クリシュナの哲学も音楽と同じくらい魅力的です。

When I read the books, I realized that I finally found the answer I was looking for.
本を読んでみたら、ずっと探していた答えがやっとみつかったということに気がつきました。

Before I found Hare Krishna, I was searching in vain.
ハレ・クリシュナに出会う前は、どんなに探しても見つけられなかったのです。

Krishna's music led me to the answer I was looking for.
クリシュナの音楽が探していた答えに導いてくれました。

I was very pleasantly surprised.
びっくりして、とても嬉しかったです。

I thank Krishna for my great fortune.
私は自分のすばらしい幸運をクリシュナに感謝しています。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-29 13:31 | 英語の勉強法 | Comments(0)

英語のサイト

英語でクリシュナ意識を学ぶなら、まずこのサイトに行ってみましょう。Listenのページでは各地のクリシュナラジオ局へのリンクもあるし、法話なども聞けます。
http://www.krishna.com/

こちらは子供のための歴史学習サイト。
http://www.historyforkids.org/

これはクリシュナ意識の子供の本を売ってるサイトです。
http://krishnastore.com/books-childrens-om-21_75.html

おなじみヤフーですが、アメリカ版の子供向けサイトです。
http://kids.yahoo.com/

インターネットで探し物をするのは私はあまり好きではないので、これくらいでやめておきます。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-24 15:10 | 英語の勉強法 | Comments(0)

読解力とボキャブラリー、表現の幅を広げる

では次に、片言脱却のための方法を見てみましょう。これには読書が有効です。子供の頃に日本語を学んだのと同じですね。絵本に始まって児童のためのお話や図鑑や、あれやこれや。。。たくさんの日本語を読んで、私たちは日本語を覚えました。そんな、今さら、と思っても、残念ながらこれを飛ばして大人の英語に近づくことはできません。洋画を見るだけじゃだめ?と思う人もいるのでしょう。もちろんそれで英語をものにする人もいるでしょうが、私はやっぱり読む経験は欠かせないと思います。英語のつづりを見て視覚的に理解することは大切です。

そこで問題は、何をどう読むか、です。これは結構大切です。読解力、と聞いたらすぐに「じゃあ英字新聞を買ってこよう」という人がいるのですが、そうではないのです。英字新聞は、すでに英語が得意で日頃から日本語の新聞を隅々まで読むような人に適しています。そうじゃない人にはそれなりの方法があります。

まず大切なことは、自分のレベルより少し下のものを読むこと。つまり、辞書などなくても全く大丈夫、という読み物を探します。これはつまり、子供のための本を読むということです。「俺は大人だぞ、子供の本など読めるか」というプライドを捨てなければなりません。物事には順序というものがあります。英語を母国語としている人も、日本語を母国語としている私たちも同じです。

絵で理解を助ける絵本から始まって、簡単な表現の短い文章で書いた本をたくさん読み、子供向けのお話や漫画などに夢中になり、中学生向けくらいの小説など読み出し、少しずつ新聞も覗き始め、好きな作家の作品に凝ったりすることを覚え、、、、そうこうするうちに大人の顔をして当然のように母国語を使えるようになるのです。

何よりも大切なのはレベルと量です。「これなら簡単」と思えるものをたくさん読みましょう。質より量、と言い切ってもいいほどです。子供の頃と違って、大人が子供の本を読むときは手早くいきましょう。じっくり鑑賞する必要はありません。読書感想文も不要です。

数をこなして読み飛ばせるくらいになったら、ちょっとレベルを上げてみます。ほとんど分かるけどところどころ知らない言葉や表現もある、でも前後の内容からしてこんなものだろう、と思える程度のものです。これもたくさん読みます。この段階ではあまりジャンルを絞らず、手当たり次第で結構です。

こういう練習をしていくと、「英語を読む」という行為に慣れてきます。大切なのは、この「慣れ」の感覚です。ここで試しに全然しらない言語で書かれたものを見てみましょう。フランス語でもサンスクリットでも、何でも結構です。それをしばらく眺めた後で英語を見ると、ほっとしませんか。あるいは、インドに一人旅をしたと想像してもらっても結構です。小さな祠のある辺鄙な村に旅したはいいけれど、まったく言葉が通じない。困り果てているところに片言の英語を話せる人が現れたらどうでしょう。その人の英語はあなたよりちょっとへたくそです。「ああ、良かった!」と思って、いつもよりべらべらと英語で話すのではないでしょうか。少なくとも私はそうでした。イタリアでの経験ですが、「不完全でも自分の言葉」という感覚がはっきりと目覚めたのはそのときでした。

さて、英語を母国語とする人なら誰でも辿る最低限の読書経験をなぞった後は、再び「自分の興味関心」という幅にしぼって読書を続けます。具体的にどうするのかというと、例えばインドに興味のある人なら子供のための「世界の旅シリーズ」みたいなののインドの巻を読む、というようなことです。お料理が好きな人なら、子供のための料理の本もちゃんとあります。本が手に入らない場合でも、今はインターネットがあるので子供のための読み物サイトなどを探してみるといいと思います。

こういう自分の興味関心に絞った子供の本の読書でも、大切なのは数です。できるだけたくさん読みましょう。こうすると、そもそも関心のあることですから日本語で知識があるので分かりやすく、同じテーマで何冊も読んでいると内容も重複してきます。プラブパーダもおっしゃるように、反復は大切なのです。だんだん、だんだん染み込んでいって、その分野に関する表現を通して英語が自分のものになっていきます。もちろん、レベルが上るにつれて辞書で調べるという段階も重要になってきます。これも、興味があることなら調べる甲斐もあるというものです。無駄な努力は省き、効率的に楽しく、かつ熱心に勉強してください。学ぶことは喜びであるものです。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-23 15:05 | 英語の勉強法 | Comments(0)

復習です。

さて、これまでの復習をしましょう。

自分が既に知っているたくさんのカタカナ英語を集め、
自分の様子を描写することを学び、
相手が自分の様子を描写するのを聞き取り、
質問の仕方を学ぶ。

。。。こういった順序で勉強していきます。コツは可能な限り短い文を作ること。そして、たくさん作ること。難しい文法を気にする必要はありません。最初は片言で結構、通じればいいのです。実際の会話では、文法より単語力のほうがよっぽど重要なのです。

「相手の様子と言われても相手がいない」という当然の声があると思いますが、相手は自分で作るのです。このサイトは完全な独学のためのお手伝いです。架空の話相手を作りましょう。聞いて欲しいことを聞いてくれる人、架空の外国人Aさんに登場していただきましょう。

あるいは、特定の話相手を引っ張ってきてもいいでしょう。誰と話したいですか。私だったらやっぱりプラブパーダですね。あのインド訛りはとんでもなく理解しづらいですが、それでもいいので会ってみたかったです。もっと現実的な例としては、外国の献身者の人と会うと仮定することもできます。何を話すでしょうね。今後はこの例を使って話を進めようと思います。

これだけでも、すでに英語力はずいぶん伸びます。自分に即した無理のない勉強だからです。自分に関係もないし興味もないことをいくら勉強しても、損とは言いませんが「英語は苦手」と思っている方には非効率的なのです。まず英語を「自分の言葉」にしましょう。この感覚はとても大切です。日本語だって、かなり適当に使っているのが正直なところではありませんか?英語は外国語、もっと適当でも一向に構いません。自分を表せるように練習しましょう。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-23 14:16 | 英語の勉強法 | Comments(0)

伝えたいことは何か。(知りたいことは何か)

さて、長年英語を勉強してきたけどものにならないでいるあなた、あなたはそれだけの労力を費やして結局何がしたいのでしょうか。インドに行ってお寺で各国の献身者と交流したい、英語で行われる法話を理解したい、という目的がはっきりしている人もあるでしょうし、何となく英語が好き、できたらかっこよさそう、という人もいるでしょう。特に目的はない、という人でも、「誰かと英語でコミュニケーション」を取るという目的があります。英語はコミュニケーションのための道具に過ぎません。道具を使うには材料が必要です。その材料とは何か、つまり、誰と何を語り合いたいか、が重要なのです。

伝えたいことは何か、知りたいことは何か。誰かとのコミュニケーションは、自分が自分の「様子」を伝え、相手がその人の「様子」を伝えるのを聞いて理解する、という形でなされます。そのためには質問もします。この基本を忘れていると勉強しても全然伸びないことになります。そして、順番としては以下のような法則があります。

1.自分の様子を描写する

これができるようになれば、

2.相手がその人自身のことを描写する

のが理解しやすくなります。なんでかというと、自分はクリシュナのことを話しているのに相手は野球のことを話している、ということはあんまりないからです。

3.質問の仕方を学ぶ

そしてついでに質問の仕方を覚えましょう。これは、普通の文の「私」を「あなた」に替えて、いかにも「質問してるんですよ」という感じに語尾を上げればなんとかなります。こんなものは後回しでいいのです。

改めて考えてみましょう。普通日本語で何を話していますか。普段は映画の話ばかりしてる、という人は、英語では突然世界経済の話をする、ということはあんまりないでしょう。まったくの日常会話では、普段自分や相手がしていること、昨日の出来事、洗濯機が壊れたこと、居眠りして電車を乗り過ごしたこと、変な夢を見たことを話しているものです。

さらに、会って話したい人はいますか。その人と会えたら、何を語り、何を尋ねるでしょうか。

矛盾しているように思えるかもしれませんが、英語の勉強とはつまるところ日本語と自分自身の勉強です。どうか一度時間をとって、何を伝え、何を知りたいか、できるだけ詳しく日本語で書き出してください。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-23 04:13 | 英語の勉強法 | Comments(0)

知ってることしか聞こえない。

コンプリヘンションという言葉をご存知でしょうか。知ってる、という人は、辞書を適当に開いて聞いたこともない難しい言葉を探してください。さて、ご存知ないと仮定しまして、これを100回くらい繰り返して聞いたら分かるでしょうか。たとえば、「英語は聞き流すだけ」という勉強法がありますが、そりゃ楽でいい、と思ってずーっとラジオをつけっぱなしにしているとコンプリヘンションもそのうちには100回くらい聞こえると思いますが、それで分かるようになるでしょうか。

まあ、何となく分かってくる人もいるでしょうが、そもそもその言葉が聞き取れない、というのが普通ではないかと思います。ここにも先ほどの手掛かりの法則が出てくるわけですが、大人の耳には普通は「知ってることしか聞こえない」という性質ができてしまっているのです。私は毎晩寝る前にルパ・ゴスワミの詩をサンスクリットと英語で交互に朗読したCDを聞いていますが、サンスクリットを全然知らないので、何百回も聞いていますがまったく理解できませんし、暗誦もできません。もちろん耳は慣れてきて、心地良い音の流れを楽しんでいるわけですが、子供の頃と違って「分からないまま自然に丸暗記」とはいかないのです。

でも、それじゃやっぱり絶望的だ、英語への未練は捨てよう、と思う必要はありません。悪条件を逆手にとれば有利にもなります。子供の頃と違って、大人は知識も経験も豊富です。ずる賢くなったと言ってもいいかもしれませんが、正攻法でないやり方のほうがうまくいく場合もあるのです。子供には無い手持ちの財産を活用しましょう。つまり、すでに知っていることを勉強しなおしてみるのです。

自分がしっかり理解していて発音できる言葉であれば、流れの中でも聞き取れます。自分は何を知っているでしょうか。。。ちょっと身の回りを見渡してみてください。英語で知ってるものが案外たくさんありませんか。祭壇をお持ちの方であれば、ロウソクがあるかもしれません。あれは「キャンドル」と言いますね。それから、お水を入れてる「グラス」「カップ」も英語です。チリーンと鳴らす「ベル」を持っている人もいるでしょう。

それから、マントラを唱える「ビーズ」、ビーズが入っている「バッグ」、プラブパーダの「ブック」、、、

何を初歩的な、と思われるかもしれません。でも、一度時間をとってこういうのをできるだけたくさん探してみてください。英語というのは結局コミュニケーションのためのツールです。外国の献身者の人たちと話すときには、こういう基本的な単語を結局は使うことになります。あとはそこから幅を広げていきましょう。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-21 15:06 | 英語の勉強法 | Comments(0)

受け皿、手掛かり、取っ掛かり

ずっと前、私はハレ・クリシュナを知りませんでした。クリシュナという名前は、聞いたことがあるようなないような、インドの宗教っぽい絵には何やら青い人がいたようないなかったような、という程度の認識しかありませんでした。チャイタンニャやプラブパーダなどは全く全然知りませんでしたし、実はジョージ・ハリスンという人も知りませんでした。ビートルズといえばジョン・レノンとオノ・ヨーコという名前が浮かぶ程度にしか興味がなかったものですから。。。ひるがえって今では、クリシュナという音があちこちから聞こえてきます。ちらりと聞こえるとちょっと嬉しいです。

こういう経験ってないでしょうか。例えば、アルゼンチンの人に会って以来、新聞やテレビでアルゼンチンのことが急にたくさん語られるようになったような気がすることなど。。。今まで気づかなかったもの、耳や目に入っても清きせせらぎのように忘却の彼方へきれいさっぱり流れていってしまっていたものが、「アルゼンチンなら知ってるぞ」という手掛かりができたせいで、そこにひっかかってくるのです。

私がクリシュナ意識を知るようになるまで世界が待っていてくれたわけではないのです。いつもそこにあったけど、私が気づかなかっただけ。ということは、英語を覚えるときにもそういう受け皿なり手掛かりなりをできるだけたくさん作れば急に世界が「知ってること、分かること」でいっぱいになってくるわけです。

自分の周りの世界を見回してみましょう。何がありますか。興味のあることは何ですか。上手にできることは何ですか。好きなものは何ですか。今日一日、何をしましたか。何を思いましたか。過去の自分はどうだったでしょう。どんな道のりを歩いてきましたか。いつの日かクリシュナに会えたら、何を話したいですか。

まあ、物質世界のことなどどうでもよく感じて話題にもならないかもしれないけど、聞かれるかもしれません。クリシュナは私たち小さな魂にすごく興味を持ってるかもしれない。小さな子供が極めてどうでもよろしいことを真剣に語るとき、私たち大人はちゃんと聞かなくてはなりません。それと同じかもしれません。

英語はコミュニケーションのためのツールに過ぎません。日本語会話なるものが「これです」とはっきりいえないように、英会話もただ漠然と「郵便局はどこですか」式に何年も勉強してたって焦点が定まっていない限り使い物にならないのです。百科事典を丸ごと覚えようとしても普通は無理なのと似ているかもしれません。

ですから、英語を勉強したかったら、矛盾しているようですがまず日本語で自分の世界を見直してみましょう。コミュニケーションというのは、相手の人とお互いの世界を伝え合うことが目的です。伝えたいことをはっきりさせることが何よりも先決なのです。自分の世界はどんなところですか。知りたい人は誰ですか。知りたいことは何ですか。短い文でたくさん表現してみましょう。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-21 11:17 | 英語の勉強法 | Comments(0)

勉強の仕方

長いこと英語を勉強してるけど全然上達しない、という話はよく聞きます。私は外国に住んでいるので語学留学をしている人たちに会うことが多いですが、本場に来れば上達するに決まっている、と軽く考えていたら何のその、、、という悩みを抱えた人たちが少なくありません。少なくないどころか、ほとんどがそうみたいです。

英語学校に行っても勉強する内容は日本の学校でやったことの繰り返し。まあ、当たり前ではあります。教えることと言ったら同じ英語なのですから。違いといえば、同級生が世界各国からの同じ留学生であることでしょう。共通語といえば英語しかないし、みんな同じく外国で人生の特別な時間を過ごしているのですから、いいお友達ができる機会ではあります。その意味では、外国の英語学校に行くのはすばらしい経験と言えるでしょう。

でも、だからといってそれで英語が急に上達するとは限りません。留学生はお互い片言なので、変な英語で意味が通じ合ったりしています。国際語の役割は果たしていても、留学生同士で話してネイティブ並みになることを期待してはいけません。また、日本人同士で固まってしまっても、友情という意味では良くても英語は伸びません。

結局は自分で勉強しなくてはならないのです。それは日本にいても外国に行っても同じです。高い英語教材を買っても、買っただけで満足していては上達しないわけですが、高いお金を払って外国まで行ってもそれは同じことなのです。では、ただ学校に行っても伸びないというのなら、どうやって勉強すればいいのでしょうか。

ここでは、それをちょっと考えてみることにしましょう。何でも同じですが、勉強にはコツがあります。コツとは何かというと、脳みその働きに逆らわない自然なやり方ということです。そう聞くと、「じゃあ、やっぱり赤ちゃんが自然に言葉を覚えたように、外国に飛び込めばいいんだ!」と思う人がいるかもしれません。それは確かにその通りなのですが、10歳くらいまで、という条件つきです。これを読んでらっしゃる皆さんは、はるか昔に10歳だったという経歴をお持ちであると思います。

残念ながら、日本語の思考回路が定着してしまった大人の脳みそは、ただ外国に放り出されても立ち往生してしまうのが落ちです。あきらめるしかありません。大人は大人のやり方でいきましょう。完全なネイティブ並みになることは最初から望まず、きちんとした通じる英語で自分を自由に表現できるようになることを目指しましょう。

それで、そのコツなるものですが、、、まあ、ぼちぼち見て行きましょう。
[PR]
by ammolitering4 | 2008-02-21 10:40 | 英語の勉強法 | Comments(0)