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第26章 (最終章です。)

第26章 社会的な体を癒すための大学(訳注:college、単科大学、あるいは総合大学の学部。「短期大学」ではない。)

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子との間のこの会話は、1974年3月にインドのヴリンダーヴァンで交わされました。

SP:  今日では、政治家の仕事は貧しい(poor、気の毒な)市民を搾取することであり、そして市民は恥をかかされ、苦しめられることになります。一方では雨が不足し、そしてそのため食糧の不足があり、そして他方では政府による過度の徴税があります。このようにして人々は非常に苦しめられるので、彼らは自分たちの家を放棄して森に行きます。

アートレヤ・リシ・ダーサ:  最近では、政府は単にお金を集め、何もしません。

SP:  政府の義務は、すべての人が自分の能力に応じて雇用されているように取り計らうことです。失業は皆無であるべきです。それ(失業)は社会において非常に危険な状況です。しかし、政府は人々を土地から引き離して、都会に引き寄せました。政府の役人の哲学は、「非常に多くの人々が土地で働くことが何の役に立つだろう。

その代わり、私たちは動物を殺してそれらを食べることができる」というものであるように見えます。それは全くとても容易です。なぜなら、今日では人々はカルマの法則、罪深い行いの避けられない結果を気にしないからです。「もしも牛を食べることができるなら、なぜ私たちは土地を耕すことに非常な苦労をすべきでしょうか?」これが世界中で起こっています。

アートレヤ・リシ・ダーサ:  はい。農民の息子たちは農業を放棄して都会へ向かっています。

SP:  あなたはこの「上がない、下がない」(topless, bottomless)という馬鹿馬鹿しさを知っていますか?(訳注:この表現は、文脈から判断すると、単に女性の全裸、すなわち無節操な性を指すのかもしれません。トップレスは俗語では様々な意味があり、女性が上半身裸の状態、あるいは何かの頭が切り落とされたような状態を指したりします。ブラーマナ不在の社会が底なしに転落する様子を表しているようでもあります。)

指導者たちはそれを求めています。彼らはホテルに女子大生を連れ込ませ、彼女たちを客に楽しませたいと思っています。世界中で人口全体が汚染されています。ですから、どうして人々は良い政府を期待することができるでしょうか?一部の人々は政府の指導権を握るでしょうが、彼らは汚染されています。

(改行)ですから、私たちがハレ・クリシュナ・センターを持っているところではどこでも、私たちは直ちに人々を訓練するための(単科)大学を設立すべきです。まず、彼らの自然な才能(知的、管理的、生産的、および労働)に応じてです。そして、すべての人が私たちが定める(to prescribe、規定する、処方する、命じる)霊的な活動を行うことによって、霊的な自覚に上げられます。

ハレ・クリシュナの真言を唱えること、バガヴァッド・ギーターから自己認識の科学を聞くこと、そしてすべてのことをクリシュナへの捧げ物として行うことです。すべての人の人生が至高主への献身奉仕になります。

(改行)同時に、現実的な事柄の運営のために、私たちは異なる社会的な部門を訓練しなければなりません。なぜなら、異なる種類の脳があるからです。非常に知性的な脳を持つ者たちは、ブラーマナ、すなわち僧、教師、助言者になるべきです。

他者の管理と保護に向いている者たちは、クシャトリヤ、すなわち役人と軍人になるべきです。食糧の生産と牛の世話をすることに向いている者は、ヴァイシャ、商人になるべきです。そして、他の者たちを補助することができ、手工業や工芸技術の仕事に就くことができる者は、シュードラ、労働者になるべきです。

(改行)社会的な体においては、ちょうどあなたがたの体におけるのと同じように、仕事の区分がなければなりません。もしもすべての人が脳(知識人)あるいは腕(役人)になりたいなら、それなら誰が腹部(農民)や脚(肉体労働者)として活動するでしょうか?すべての種類の職業が必要とされます。脳が必要とされ、腕が必要とされ、腹部が必要とされ、脚が必要とされます。

ですから、あなたがたは社会的な体を組織せねばなりません。あなたがたは、人々が至高主の自然な社会的な区分を理解するのを助けねばなりません。一部の人々は脳として、他の者は腕として、他の者は腹部として、そしてその他の者は脚として働きます。主な目的は、社会的な体を完全に健康な状態で維持することです。

(改行)あなたがたは、皆が必ずその人が向いている種類の職業に就いているようにしなければなりません。それは大切です。要点は、すべての種類の仕事は主への献身奉仕であり得る、ということです。主な点は、人々がその精神でそれぞれの仕事にいそしむように取り計らうということです。例えば、あなたが歩いているとき、あなたの脳は働いています。

「こっちに行きなさい。あっちに行きなさい。車が来ます。」そして、あなたの脳はあなたの脚に言います。「こっち側に来なさい。」さて、脳の仕事と脚の仕事は違います。しかし、中心となる点は一つです。あなたが安全に道を渡れるようにする、ということです。同様に、社会的な体の中心点も一つであるべきです。すべての人がクリシュナに奉仕する手伝いをする、ということです。

サツヴァルパ・ダーサ・ゴスヴァーミー(校正?:長音を示す横棒が子音の上にある):  この種類の(単科)大学は一般市民のためのものですか?

SP:  はい。誰でもです。例えば、工科大学はすべての人に開かれています。唯一の必要条件は、人々が訓練を受ける準備が出来ていなければならない、というものです。これが今、私たちの最も重要な計画です。なぜなら、世界中の人たちがこれらのいわゆる指導者たちによって、誤って導かれてきているからです。

子供たちはクリシュナ意識の小学校に通うことができます。そしてそれから、成長したとき、彼らは自分たちの職業的な仕事と献身生活における更なる発展のために、クリシュナ意識の(単科)大学に通うことができます。

アートレヤ・リシ・ダーサ:  私たちはビジネスも教えるのですか?

SP:  この現代的なビジネスではありません。違います。それは悪事です。ビジネスとは、あなたが豪勢に食べることができて、皆に配ることができるように、十分な穀物と他の作物を育てることができる、ということを意味します。人間と動物(特に牛)の両方にです。彼らが肉付き良く、強くなるようにするためです。そうすれば牛は牛乳を供給することができ、そして人間の共同体は病気に苦しむこともなくしっかり働くことができます。私たちは大小の工場(mills and factories)を開くことはしません。違います。

ヤドゥヴァラ・ダーサ:  シュリーラ・プラブパーダ、芸術と工芸はどこに分類されますか?現代の社会では、芸術家たちと音楽家たちは哲学者として受け入れられています。

SP:  いいえ。芸術家は労働者です。現在、あなた方の大学(colleges and universities)では、芸術と工芸に過度な比重を置いています。したがって、人口全体が労働者です。本当の哲学者はおらず、英知もありません。それが難しいところです。

すべての人が高い給料を得ることの魅力に惹き付けられています。彼らはいわゆる技術的あるいは科学的な教育を受け、工場で働く結果になります。もちろん、彼らは作物を育てるために畑で働くことをしません。そのような人々は哲学者ではありません。哲学者とは、完全真理を探し求めている者です。

(改行)あなたがたの西洋の国々では、悪者たちが犬にも知られている性の哲学について(本を)書いています。この種の哲学は、悪者によっては喜ばれますが、私たちは喜びません。完全真理を探し求めている者、彼が哲学者です。どうやって性交するかについて詳述している、この悪者のフロイトではありません。(訳注:Freud、オーストリアの精神医学者。精神分析の始祖)

西洋の国々では、人々は皆、下層階級になってしまいました。そしてフロイトは彼らの哲学者になりました。「ジャングルでは、ジャッカルが王になる。」それだけです。(訳注:ジャッカルは小型の犬科の動物。夜中に他の動物が殺した死肉の残りを漁る、とされる習性から、卑怯で卑しい人やペテン師などの比喩に使われる。。。でも、実際にはちゃんと自分で狩りをするそうで、なんだか可哀想です。)

(改行)このいわゆる西洋の哲学の中で、本当の知識は何ですか?西洋世界全体が産業のために、お金を稼ぐために、ずっと苦労しています。「食べて、飲んで、楽しく過ごす」。(校正:コンマ→ピリオド)酒と女。それだけです。彼らは下層階級よりも低いのです。これは、彼らを人間にするための試みがなされた最初です。(訳注:これは彼らを人間にするための初めての試みです。)

私が非常に強い言葉を使っていることを気にしないでください。それは事実なのです。彼らは動物です。二本脚の動物です。退けられた人々です。ヴェーダ文明は、彼らを低い者の中で最も低い者として退けます。しかし、彼らは更生され得ます。

(改行)西洋人たちは更生され得ます。ちょうどあなたがた西洋人が、私の生徒たちが更生されたようにです。あなたがたは、最も低い状態から来たにも関わらず、訓練によってブラーマナ以上になりました。誰にも妨げはありません。しかし、不幸にして、これらの悪者たちはこの機会を受け入れることに同意しません。

あなたが「もう不正な性交をするな、もう肉食をするな」と言えば、直ちに彼らは怒ります。悪者たちと愚か者たち。あなたが彼らに良い教え、教育を与えれば、直ちに彼らは怒ります。もしもあなたがヘビにおいしい牛乳とバナナを与えれば、結果は、彼は単に自分の毒を増す、というものです。

(改行)しかし、どういうわけか、クリシュナの恵みによってあなたがたは訓練を受けています(becoming trained)。あなたがた(訳注:斜体で強調)が、訓練されて、特にアメリカにおいて、西洋文明のすべての形態(pattern、様式、型)を改めなさい。そうすれば、新しい章が始まるでしょう。これが計画です。したがって、クリシュナ意識の大学が必要とされます。

終わり。

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裏表紙

これは感傷的な宗教書ではありません。それは率直で、鋭く、明快で、的確に論理的であり、洞察力に富み、啓発的であり、刺激的で、それでいて荘重で深い、効し難い読み物です!

ヴェーダの知識に関する現代の最も偉大な権威として有名なシュリーラ・プラブパーダが、以下のような事柄について意見を述べます。
(中絶、輪廻転生、キリスト教、性と苦しみ、共産主義、牛を殺すこと、魂の科学的な証明、科学技術と失業、教育、社会革命、簡素な暮らしと高い思想、女性の解放、その他多数。)

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クリシュナ意識の学校については、現実には特にアメリカにおいて多大な問題が発生しました。児童の性的な虐待、暴力、家族から引き離された子供たちの心理的な問題、寄宿舎の劣悪な生活環境、著しく低い教育程度、子供たちを日常的に資金集めに駆り出す、など様々です。殺人事件や、生涯に渡って障害が残るような事故も発生しました。問題はプラブパーダの没後は悪化の一途を辿り、大半の学校が閉鎖されました。一連の問題に関する裁判が終了したのはほんの数年前のことです。巨額の賠償金の支払いのためにISKCONは破産状態となり、プラブパーダの著作はすべて著作権の放棄を余儀なくされました。(現在は著作権表示があります。)

この辺りの事情については、別に詳しく調べてご覧になることをお勧めします。このサイトでも過去の記事で触れていますので参考になさってください。参考記事など現在では少数の学校が運営されているようですが、もちろん過去の教訓を生かした運営がなされているものと想像しています。(行ったことはないです。)なお、世界の他の地域では、最初からこんな問題にならずに順調に運営された場所も多かったと聞いています。

問題が生じたから計画そのものが悪である、というわけではないと思います。実行をする上で、実現にあたった人々の意識や能力に不足があったということなのです。改善すべきは改善し、理想を見失わないようにしながら、しかししっかりと地面に足をつけて、一歩一歩進んでいくことが大切なのだろうなと思います。

この小冊子はこれで完成です。この後は前の本に戻ろうか、それとも個人的に会話体のほうが好きなのでそっちに逸れようか、と考えているところです。Achaさん、サイトでのご紹介、ありがとうございました。
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by ammolitering4 | 2011-04-29 02:16 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(2)

第25章

第25章 社会的な革命について

シュリーラ・プラブパーダと国連保健機構(WHO)職員との間の次の会話は、1974年6月に(スイスの)ジュネーブで交わされました。

SP:  世界全体で、あるいは世界中どこででも、ちょうど私たちがしているように、あなたはこの実験をすることができます。非常に簡素に生きる、自給自足する、必要な物を工場からではなく農地から得る。そして神の聖なる御名を讃える。

(改行)この産業的な環境の中で、資本主義者であれ、共産主義者であれ、ほんの一握りの有力者だけが幸せ、いわゆる「幸せ」でいます。他の人たちの犠牲の上でです。そして、これらの堕落した少数者によって他の者たちが搾取されているので、あるいは単に失業状態に置かれているので、他の者たちもまた堕落します。彼らはすべての仕事を避けようとし、じっと座っていようとします。そうでなければ、彼らは正直に働きません。そして、非常に多くの他の(悪い)こと(があります)。

(改行)ですから、唯一の治療法は、すべての者が自然に生きて、神の聖なる御名を唱えるべきである、というものです。神意識になりなさい。この治療法は単純です。そして、ここであなたは一部の結果を見ることができます。

私の若いヨーロッパ人とアメリカ人の生徒たち、彼らは麻薬と飲酒と喫煙と、非常の多くの他の現代的な悪い習慣に中毒していました。しかし今では、彼らがいかに真面目で(訳注:sober、酔っていない、健全で落ち着いた)、いかに主の聖なる御名を讃えているか、ご覧なさい。

(改行)あなたは世界を変えて、すべてを良くすることができます。ただし、あなたがこの教えを受け取るなら、です。他の治療法はありません。もしもあなたが(それに)耳を傾けないことを選ぶなら、何がなされ得るでしょうか?治療法、正しい薬がそこにあります。しかし、もしもあなたが薬を飲まないなら、どうして病が癒されるでしょうか?

WHO:  先ほどあなたは、不幸にして村人たちが都会へ出て行くことに触れました。あなたは、都会の暮らしでは村人たちは工場労働者になり、そして非常に多くの害悪がそれに続く、と指摘しました。そしてあなたは解決方法として、もしも私たちが村に住んで、たった3ヶ月だけ農作業をすれば(work the land)、私たちは一年中食べるだけの食べ物を得る、と提案しました。

(改行)しかし私は、私たちの町と村には膨大な失業があることを指摘したいのです。そこにいる多くの人々は、絶望を感じています。彼らは自分自身のために十分な食物を作ることができません。なぜなら、彼らは土地への(立ち入りの)権利(access to the land)を持たないからです。

商業的な人々がそれを自分たち自身の目的のために使います。そしてこれが、非常に多くの一般の人々が失業している理由です。これが彼らが都会に行く理由です。必ずしも都会の「良い暮らし」が彼らを魅了するわけではありません。そうではなく、彼らは土地への権利を持たないのです。

土地は商業的な人々によって使われており(校正:The land is not used by the mercantile groupが原文だが notは誤植)、そして一般の人々は、自由民として村に住んで自分たちにとって十分な食べ物を育てることができません。

(改行)今、商業的な人々(group)が搾取しています。彼らは搾取しています。ですから、この商業的な人々の力を制限することのできる、何らかの革命がない限り、どうやってあなたは、いつの日か人々が自分たちの村に住んで、土地で自分たち自身の食べ物を育てることができると望めるでしょうか?

SP:  要点は、政府は誰も失業していないように取り計らう義務があるということです。それが良い政府です。ヴェーダの体系では、社会は4つの自然な区分を持っています。ブラーマナ、すなわち思慮深い一団は、教え、助言します。クシャトリヤ、すなわち動的な一団は、守り、組織します。そしてヴァイシャ、すなわち商業的な一団は、土地と牛の世話をし、食糧の生産をつかさどります。そしてシュードラ、すなわち労働的な一団は、他の人々の手助けをします。

(改行)さて、これは、「政府は、他のすべての人々を守って、様々な集団が必ずそれぞれの義務を果たしているように取り計らう、動的なクシャトリヤから成るべきである」ということを意味します。政府は、誰もが正しく雇用されているように取り計らわねばなりません。そうすれば、失業の問題全体が解決します。

WHO:  しかし、現在では商業的な一団もまた、政府内にいます。事実、彼らは揺るぎないのです。彼らは政府内において非常に強い発言権を持っており、そして多くの場合、彼らは政府内で紛れもない役人です。

SP:  いいえ。それは悪い政府を意味します。

WHO:  はい、それは、、、それは本当です。

SP:  それは悪い政府です。商業的な一団は政府と何の関わりも持つべきではありません。そうでなければ、政府はどうして秘めた動機無くして(訳注:私利私欲に影響されずに、という意味)すべての人の雇用を取り計らうことができるでしょうか?

(改行)政府は、商業的な一団が彼らの創意を自由に使うことを奨励すべきですが、去来しては人々を失業させる不自然な産業を案出することを奨励すべきではありません。政府は、誰もが正しく雇用されているように取り計らわねばなりません。

WHO:  それが私が望んでいることです。クリシュナ意識が社会の姿を変える本当の革命的な運動になる日です。

SP:  はい。私はそれ(訳注:クリシュナ意識運動)は革命をもたらすと思います。なぜなら、アメリカとヨーロッパの人々は、それを心に深く刻んでいるからです。私はそれを彼らに紹介しました。そして、彼らは非常に知性的です。彼らはすべてを非常に真剣に受け取ります。

(改行)私たちはほんの2-3年だけ活動しています。そして、それなのに私たちはこの運動を世界中に広めました。もしも人々がそれを真剣に受け止めるなら、それは続いていくでしょう。そして、革命が起こるでしょう。なぜなら、私たちは思いつきで気まぐれに行動しているのではないからです。

私たちは、シャーストラ、聖典から権威ある指示を受け取ります。ここには非常に多くの情報があります。人々はこれらすべての本を読んで情報を得ることができます。もしも彼らがそれを真剣に受け止めるなら、それは革命をもたらすことができます。

WHO:  私が納得できない一つのことがあります。インド人として、その問いは非常に、非常に頻繁に私を悩ませます。私は、より簡素で、より自然な人生のあり方に戻ることについて、あなたがおっしゃった非常に多くの事柄を信じます。そして、私たちの霊的な側面に満足を見出すことについて(もです)。

それに関しては、疑問の余地はありません。私はよく言われる(what you would call)いわゆる「西洋化されたインド人」ではありません。しかし、私が納得できないのは、あなたが今ちょうど、すべての私たちの問題への解決策であるとお話しになった、この霊的な知識とすべての私たちの文化的な指針を持っていた私たちが、これらすべての指針を持ってして、私たちが自分たちの社会を、生じた非常に多くの害悪から自由でいさせることができていない、という事実です。

(訳注:あなたはたった今、「私たちの、この霊的な知識と様々な文化的な指針こそが、私たちのすべての問題への解決策である」とお話しになりました。しかし、私が納得できないのは、そのような指針を持っているにも関わらず、私たちの社会に様々な害悪が生じている、という事実です。)

私は、貧困だけを指しているのではなく、失業と、飢餓と、他の多くの事柄を指しています。

SP:  いいえ。それは私たちの文化的な指針のせいではありません。そうではなく、それらに従わない悪い指導者たちのせいです。それはこれらの悪い指導者たちが原因です。

WHO:  彼らは私たちの国民です(our own people)。彼らは、、、

SP:  彼らは私たちの国民であるかもしれません。彼らは私たち自身の父(訳注:斜体で強調)でさえあるかもしれません。プラーラーダ・マハーラージャは主の献身者でしたが、それなのに彼の父はヒラニャカシプ、真の悪魔でした。それでは、何がなされ得るでしょうか?ほとんどの人々は良いのです。それなのに、非常にしばしば、私たちは彼らの指導者が神を信じない(訳注:godless、邪悪な、罪深い)悪魔であるのを見ます。

WHO:  はい。ヒラニャカシプは滅ぼされねばなりませんでした。

SP:  ですから彼は滅ぼされました。神の恵みによって、彼は滅ぼされました。そして、これらの現代の悪魔的な指導者たちの一人一人、皆、彼らは滅ぼされます。彼らは滅ぼされます。しかし、すべては時間がかかります。

(改行)現在では、私たちの指導者はあまり良くありません。盲目です。彼らは何の知識も持たず、それなのに彼らは導いています。(サンスクリット引用)盲人が盲人を導く。溝に、です。これらの指導者たちは、世界のもともとの霊的な文化を殺しました。そして彼らは、その代わりを何も与えることができません。

WHO:  では、それなら、あなたの運動はそれ自身を社会哲学に関与させましたか?(訳注:あなたの運動は社会哲学に関与しましたか?)

SP:  はい。この運動は大変実際的です。例えば、私たちは肉食をしないことを薦めています。そして、指導者たちはそれを好みません。私たちは、彼らの思想宣伝にとってあまり好ましくありません。ですから、指導者たちは私たちを好みません。

結局、彼らは屠殺場と牛肉店をどこにでも、あちこちに(anywhere and everywhere)許可したのです。そして私たちは「肉食するな」と言います。ですから、どうして彼らが私たちを好むでしょうか?それが難しいところです。「無知が喜びであるところでは、賢明であるのは愚かである。」しかし、それでも私たちは努力しています。

(改行)そして、私たちが薦める代替案もまた実際的です。これらの神意識の農村は成功しました(proved successful、成功して正しさを証明した)。住人たちは、自分たちの人生を幸せで豊かであると見出しています。自然の恵みが果物と野菜と穀物を供給します。そして牛は牛乳を供給し、それからあなたはヨーグルト、チーズ、バター、そしてクリームを得ることができます。

ですから、これらすべての材料で、あなたは何百もの何千ものおいしい料理を作ることができます。そしてあなたは完全に満足したと感じます。それが基本的な原則です。

WHO:  それは成功した事業の一例です。しかし、かつて試みられたことのない、何か新しいことについて話していただけませんか?

SP:  「新しいこと」は、神意識の農村に暮らすこれらの人々が、日々の糧のためにはるばる通勤しなくてよいということです。現代の社会にとって、それは新しいことです。

(改行)現在では、ほとんどの人が工場や事務所まで幾らかの距離を通勤しなければなりません。鉄道ストライキがあったとき、私はたまたまボンベイにいました。おお、人々は非常に苦しんでいました。分かりますか?朝の5時から彼らは列車に乗るために行列に立っていました。

もちろん、ストライキの間はほとんど列車は走っていませんでした。ですから、人々は大変な苦労をしていました。そして、もしも一本や二本の列車が走っていたら、非常に多くの人々が自分を車両の中に押し込もうとしていました。自分の体を体当たりさせて入り込んでいました(smashing themselves in)。彼らは列車の上にさえいました。

(改行)もちろん、もっと産業的に発達した国々では、人々は車で工場や事務所に行きます。そして、高速道路でぶつかって死ぬ危険を冒します。ですから、問いは、なぜ(校正:Why→why)人は単に自分の生計を立てるためだけに、それほど何マイルも(訳注:何キロメートルも)通勤するように仕向けられるべきであるのか、ということです。これは非常に悪い文明です。人は食物を地元で得ねばなりません。それが良い文明です。

WHO:  私は、あなたの目標は食物に関して誰もが自給自足できるようになることであると理解します。しかし、もしもすべての人が食物の生産にいそしむなら、それなら誰が他のものを供給するのですか?

SP:  私たちは、誰もが食糧の生産にいそしむべきだとは言いません。バガヴァッド・ギーターによれば、自然にあなたは(訳注:社会は、という意味)食べ物を生産する部類の人々を持ち、霊的な指示を与える人々の部類を持ち、政府や王として管理をする人々の部類を持ちます。そして、その他の人々は他のすべての部類を助ける労働者です。

(改行)すべての人が耕作者になるのではありません。いいえ。脳の部門、管理の部門、そして労働者の部門もまた、なくてはなりません。これらの区分は、あらゆる社会の中で自然です。そして、それがすべてが霊的な発達(cultivation)のために一緒に働くべきです。
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by ammolitering4 | 2011-04-28 03:31 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第24章

第24章 神にノーベル賞を捧げなさい

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子との間の次の会話は、1974年6月に(スイスの)ジュネーブにおいて早朝の散策の折に交わされました。

SP:  このイチジクを御覧なさい。この一つのイチジクの中に、あなたは何千もの種を見出します。(訳注:何千もの種があります。)そして、それぞれの小さな種は、全く新しいイチジクの木です(a whole new fig tree)。さて、そのようなことを、まず木を作り、そしてそれから木に実を実らせ、そして次に果物に種を作らせ、それから最後に種にさらにもっと木を作らせることのできる化学者は、どこにいますか?私に教えてください。その化学者はどこですか?

弟子:  彼らは非常に誇らしげに語ります、シュリーラ・プラブパーダ。しかし、これらの化学者などの誰も、これらのことを何もすることができません。

SP:  かつて、偉い化学者が私のところに来て、認めました。「私たちの化学的な発達、私たちの科学的な発達は、吠えることを学んだ人のようなものです。非常に多くの自然な犬が既に吠えていますが、誰も何の注意も払いません。

しかし、もしも人が人工的に吠える芸を学んだら、おお、非常に多くの人々が見に行きます。そして、10ドルも20ドルも出して券を買うことさえします。ただ人工的な犬を見るためだけのために。私たちの科学的な発達は、このようなものです。」

(改行)もしも人が、例えば吠えることによって、自然の人工的な模倣をするなら、人々は見に行って、お金を払うことさえします。自然な吠えることに関しては、誰も気にしません。そして、これらの偉い、いわゆる科学的な悪者たちが、自分たちは生命を作ることができる、と主張するとき、人々はありとあらゆる賞賛や賞を与えます。神の完全な自然の方法、何百万も何百万もの(訳注:無数の)生命体が毎瞬生まれている方法は、誰も気にしません。人々は神の方法にあまり栄誉を与えません。

(改行)生命の無い物質的な化学物質から生命体を作り出すための何らかの非現実的な計画をでっち上げる愚か者は、彼はすべての栄誉を与えられます。分かりますか(you see)、ノーベル賞です。「おお、ここに創造的な天才がいます。」そして、自然は毎瞬、物質的な体に何百万もの何百万もの(訳注:無数の)魂を注入しています。神の配剤です。そして、誰も気にしません。これは悪事です。

(改行)たとえ私たちが、「あなたはあなたの実験室で人間あるいは動物を作り得る(訳注:could、斜体で強調。まず無理だがどうしてもというならできないこともない、というような含みがある。)」と仮定したとしても、あなたの栄誉は何ですか?

結局、一体の人間あるいは動物があなたによって作られ、何百万も何百万もが主によって作られます。ですから、私たちは、私たちが毎日見るこれらすべての生命体を本当に作り出しているクリシュナに栄誉をささげたいのです。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、あなたは「すばらしい新世界」で遺伝子的に赤ん坊をふるいにかける方法を、(そして)ある特定の特質のために人間を培養する方法を予測した、オルダス・ハクスリーを覚えていらっしゃいますか?(訳注:Aldous Huxley、イギリス生まれのアメリカの作家。1894~1963。“Brave New World”、1932年に発表された小説。)

要点は、ある特質の血筋をとって労働者階級を培養し、別の特質の血筋をとって統治者の階層を培養し、そしてさらに別の特質の血筋をとって文化的な助言者や学者を培養する、というものです。

SP:  再び、それは既に神の自然な配剤の中に存在します。(サンスクリット引用)その性質と過去生における活動に応じて、人はこの現在の人生でふさわしい体を得ます。もしも彼が無明の性質と活動を培ったなら、彼は無明の体を得て、肉体労働によって生きねばなりません。

もしも人が競争的な(striving、競合的、闘争的)な熱情の性質と活動を培ったなら、彼は熱情の体を得て、他者の管理をすること、統治によって生きねばなりません。もしも人が啓蒙の性質と活動を培ったなら、彼は啓蒙された体を得て、他者を啓蒙し、助言することによって生きねばなりません。

(改行)ですから、分かりますか?神は既に非常に完璧な配剤をなさったのです。すべての魂が、彼が望み、そして彼にふさわしい体を受け取ります。そして社会秩序は、必要とされる特質を持った市民を受け取ります。

あなたがこれらの特質を培養しなければならないのではありません。主の自然な配剤によって、主は特定の魂に特定の種類の体を装備なさいます。なぜ神と自然が既に完璧に行っていることを、真似しようなどとするのですか?(訳注:why even try?強調表現)

(改行)私は、私のところを訪れたその科学者に言いました。「あなた方科学者たちは、あなたたちは時間を無駄にしています。」子供じみています。彼らは単に犬が吠えるのを真似しています。科学者たちは、本物の犬が本当に吠えているのには何の関心も払わず、何の栄誉も与えません。

実際は、それが今日の状況なのです。自然な犬が吠えるとき、それは科学ではありません。人工の、模造品の犬が吠えるとき、それは科学です。そうではありませんか?科学者たちが、どの程度であれ、主の自然な配剤が既にしていることを人工的に模倣することに成功した度合い、それが科学です。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、科学者たちが「私たちは今では試験管の中で赤ん坊を作ることができる」と主張するのをお聞きになったとき、あなたはおっしゃいました。「しかし、それは既に母親の子宮の中でなされています。子宮は完璧な試験管です。」

SP:  はい。自然は既にすべてのことを真の完成度をもって行っています。しかし、一部のおごり高ぶった科学者は、みすぼらしい模倣をします。自然が供給する材料を使って、です。そしてノーベル賞を得ます。そして、実際に赤ん坊を作ることなど論外です(what to speak of)。科学者たちが彼らの誇る実験室で草の一本でさえ作るのを見ましょう。(訳注:作れるものかどうか、見ようではありませんか。)

弟子:  彼らは主と母なる自然にノーベル賞を捧げるべきです。

SP:  そうです、そうです。

弟子:  本当に、彼らはあなたにノーベル賞を捧げるべきだと私は思います。あなたは非常に多くの愚かな無神論者をとって、神の献身者を作り出しました。

SP:  おお、私ですか。私は「自然な犬」です。ですから、彼らは私には何の賞も与えません。(笑う)彼らは人工の犬たちに賞を与えるでしょう。

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おまけ。私はパパイヤの種を数えてみたことがありますが、中ぐらいの大きさのもの一個に700粒くらいの種が入っていました。食べた果物や野菜の種を発芽させるのが趣味で、いろんなものをやたらとたくさん栽培していました。
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by ammolitering4 | 2011-04-26 13:45 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第23章

第23章 神に盲目な科学者たち

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子たちとの間の次の会話は、1973年12月にロサンゼルスのヴェニス海岸での早朝の散策の折に交わされました。

弟子:  科学者たちは、「私たちの理性の力が、私たちに神はいないと言う」と言います。彼らは、もしもあなたが神を信じるなら、それは純粋に信仰の問題である、と言います。

SP:  それは信仰の問題ではありません。それは事実です。

弟子:  科学者たちが「事実」と言うとき、彼らは自分たちが自分たちの感覚を通じて知覚することのできる何かを意味します。

SP:  はい。そして、クリシュナ意識において私たちは自分の感覚を通じて神を知覚することができます。私たちが自分の感覚を献身奉仕に、神への奉仕に携わらせればさせるほど、私たちはもっと主を知覚することができます。(サンスクリット引用)

「人が自分の感覚を至高存在への奉仕に携わらせるとき、その関係はバークティ(献身)と呼ばれます。」例えば、私たちは寺院へ歩いていくのに自分の脚を使い、そして自分の舌を、神を讃え、プラサーダ(「主の慈悲」、クリシュナに捧げられた菜食の食べ物)を食べるのに使います。

弟子:  しかし、科学者たちは、これは信仰の行いであると言います。彼らは、私たちが神に食べ物を捧げるとき、それはただ私たちの信仰が私たちに、神がそれを受け入れると思わせるだけだ、と言います。彼らは、自分たちは(訳注:斜体で強調)主が食べているのを見ることができない、と言います。

SP:  彼らは(訳注:斜体で強調)見ることができませんが、私は(訳注:斜体で強調)見ることができます。私は彼らのような愚か者ではありません。彼らは霊的に盲目なのです。白内障、無知に苦しんでいます。もしも彼らが私のところに来るなら、私は手術をしてあげます。そして、そうすれば彼らもまた神を見るでしょう。

弟子:  しかし(Well)、科学者たちは、今、神を見たいのです。

SP:  しかし、クリシュナは今は彼らにご自分を明かされません。なぜなら、彼らは悪者、大きな動物だからです。(サンスクリット引用)「神の献身者でない者は誰であれ、ただの大きな動物です。大きなラクダ、あるいは大きな犬、あるいは大きな豚です。そして、彼を讃える人々も同じです。」

弟子:  彼らは、私たちは単なる夢見る人々だと、私たちは神と霊的な世界に関して幻想(fantasy)を作り上げているのだと言います。

SP:  なぜ彼らは「幻想」と言うのですか?彼らは理解する脳を持ちません。ですから彼らは「幻想」と言います。

弟子:  しかし(Well)、彼らの客観性の水準は、彼らが自分たちの感覚を通じて知覚できるものです。

SP:  はい。彼らは自分たちの感覚を通じて神を知覚することができます。彼らが自分たちの感覚を通じて砂を知覚するとき、彼らは誰が砂を作ったのだと思いますか?彼らが(訳注:斜体で強調)作ったのではありません。

彼らが自分たちの感覚を通じて海を知覚するとき、彼らは誰がそれを作ったのだと思いますか?なぜ彼らはそれほどの愚か者で、これが理解できないのですか?(訳注:なぜ彼らはこんなことも分からないほど馬鹿なのですか?)

弟子:  彼らは、もしも神がこれらのものを創ったのなら、ちょうど彼らが海を見ることができるように、彼らは主を見ることができるだろう、と言います。

SP:  そして私は彼らに言います。「はい、あなたは神を見ることができます。しかし、まずあなたは目を持たねばなりません。あなたは盲目です。あなたは白内障を患っています。私のところへ来なさい。そして私は手術をします。そうすればあなたは神を見るでしょう。」

これがヴェーダ文献が(サンスクリット引用)と言う理由です。「神を見るには、あなたは真正なる霊的指導者に近づかねばなりません。」そうでなければ、どうしてあなたは盲目の目で神を見ることができるでしょうか?

弟子:  しかし、科学者たちは、あなたが語っておられるような種類の見ることに対して何らの信頼も持っていません。彼らが信頼を置く唯一の種類の見方は、彼らが自分たちの目と、自分たちの顕微鏡と、自分たちの望遠鏡を通して集めることのできるものだけです。

SP:  なぜですか?もしも今あなたが空を見上げるなら、あなたはそれは空っぽだと思うでしょう。しかし、それは空っぽではありません。あなたの目には欠陥があります。空には無数の惑星と恒星(planets and stars)がありますが、あなたはそれらを見ることができません。あなたはそれらに対して盲目なのです。ですから、ただあなたが恒星や惑星を見ることができないからといって、これはそれらが存在しないということを意味しますか?

弟子:  科学者たちは、自分たちは幾らかの事柄について無知であることを認めます。しかし、それでも彼らは、自分たちが自分たち自身の目で見ることのできない物に関するあなたの説明を受け入れません。

SP:  なぜ受け入れないのですか?

弟子:  なぜなら、彼らはあなたが彼らに言うことは間違っているかもしれないと考えるからです。

SP:  それは彼らの不運です。私たちの鈍感な感覚は神に近づくことができません。主を知るためには、私たちは権威者から聞かねばなりません。それがより高い知識を得るための方法です。

弟子:  しかし、その段階は信仰を必要とします。グルへの信仰です。

SP:  信仰ではありません。常識です!もしもあなたが医学を学びたいなら、あなたは熟練した医者のところへ行かねばなりません。あなたはそれを自分だけで学ぶことはできません。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、あなたがおっしゃることのすべてから、無神論者の科学者たちが彼らの考えを支えることができるのと同じように、私たちは私たちの考えを支えることができるのは明白です。しかし、彼らは社会を統御しています。彼らは支配的なのです。

SP:  支配的?(笑う)マーヤー(クリシュナの物質的なエネルギー)からの一蹴で、彼らのすべての「支配」は一秒で終わります。彼らはマーヤーによって統御されています。しかし彼らは自分たちは自由であると考えています。これは愚かさです。

弟子:  彼らは正気に戻りたくないのです。

SP:  したがって、彼らは悪者です。悪者とは、たとえあなたが彼は間違っていると証明した後でさえ、自分は正しいと主張する者です。彼は決して良い教えを受け取りません。そして、なぜ彼らは悪者でい続けるのですか?(サンスクリット引用)(BG7.15)なぜなら、彼らはドゥシュクリティナ、非常に、非常に罪深いからです。

あなたは、彼らがどのように屠殺場と売春宿の世界を作っているか、彼らがどのように感覚的な喜びを促進することによってすべての人の人生を駄目にしているのかが、分かりませんか?これらはみな、罪深い行いです。

そして、科学者たちは非常に罪深いので、彼らは地獄の最も暗い場所で苦しまねばなりません。彼らの来世において、彼らは糞の中の虫になるでしょう。それでも、無知のために、彼らは自分たちは安全だと考えています。
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by ammolitering4 | 2011-04-26 09:16 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第22章

第22章 私たちはトラの意識に留まることはできない

シュリーラ・プラブパーダと何人かの客との間のこの対話は、1968年12月にロサンゼルスのハレ・クリシュナ・センターで交わされました。

客:  もしも人間が動物を食べないなら、彼らはおそらく飢餓か何かで死ぬでしょう。

SP:  なぜあなたは動物が飢えて死ぬことをそれほど気にかけるのですか?あなたは自分自身の世話をしなさい。愛他的であってはなりません。「おお、彼らは飢えるでしょう。私が彼らを食べてあげましょう。」この愛他主義は何ですか?クリシュナが食べ物を提供しています。

もしも動物が飢えて死ぬなら、それはクリシュナの責任です。誰も飢えて死ぬことはありません。それは誤った理論です。神の王国では、飢餓はあり得ません。私たちは、自分自身の感覚の満足のためにこれらの理論を作り出しています。

アフリカのジャングルとインドのジャングルには、何百万もの象がいます。彼らは毎回100ポンド(訳注:50kg弱)の食べ物を必要とします。誰が食べ物の供給をしていますか?ですから、神の王国には飢餓はあり得ません。飢餓は、いわゆる文明化された人間のためのものです。

客:  もしも人間が肉を食べるようにできていないなら(not meant to eat meat)、なぜ自然の中では他の動物たちは肉を殺すのですか?(訳注:原文はkill meat、単なる言い間違い、あるいはテープ起こしの間違い。「他の動物たち(other animals)は動物を殺して肉を食べるのですか?」)

SP:  あなたは「他の動物」ですか?(訳注:another animal)

客:  まあ(Well)、私たちは皆、動物です。

SP:  あなたは自分自身を動物の仲間として数えるのですか?あなたは自分自身を動物と一緒に分類しますか?

客:  まあ、私たちは皆、動物です。

SP:  いいえ。皆ではありません。あなたはそうであるかもしれませんが、私たちは違います。あなたは動物と一緒に分類されるのが好きですか?(訳注:~されたいですか?)

客:  私は、自分が動物より優れているとは感じません。私はすべての神の被造物に敬意を持っています。

SP:  あなたはすべてに敬意を持っていて、そしてあなたは動物を殺すのですか?

客:  しかし(Well)、なぜ、もしも人間が肉を食べるようにできていないのなら、自然の中では動物たちは互いを食べるのですか?

SP:  動物が肉を食べるとき、彼らは自然の法則に従っています。あなたが肉を食べるとき、あなたは自然の法則を破っています。

客:  何ですか?(訳注:どういうことですか?)

SP:  例えば、トラは決して穀物を要求しに来ることはありません。「おお、あなたは非常にたくさんの穀物を持っています。私に幾らかください。」いいえ。たとえ何百袋もの穀物があっても、彼は気にしません。しかし、彼は動物に襲い掛かります。それが彼の自然な本能です。

しかし、なぜあなたは穀物、果物、牛乳、肉、そして手に入れる何もかもを取るのですか?これは何ですか?あなたは動物でも人間でもありません。あなたは自分の人間性を誤用しています!あなたは「私にとっての食物は何だろうか(訳注:meを斜体で強調)?」と考えるべきです。

トラは肉を食べても良いのです。彼はトラです。しかし私はトラではありません。私は人間です。もしも私が十分な穀物、果物、野菜、そして神が与えた他のものを持っているなら、なぜ私は出かけていって気の毒な動物を殺すべきでしょうか?これが人間性です。

(改行)あなたは動物であることに加えて人間でもあります(animal plus human)。もしもあなたが自分の人間性を忘れるなら、それならあなたは動物です。(短い静寂。)ですから、私たちは単なる動物ではありません。私たちは動物であり、人間でもあります。もしも私たちが自分の人間性の性質を増やすなら、そうすれば私たちの人生は完璧です。

しかし、もしも私たちが動物性の中に留まるなら、それなら私たちの人生は不完全です。ですから、私たちは自分の人間の意識を増やさなければなりません。それがクリシュナ意識です。もしもあなたがクリシュナによって与えられた非常の多くの種類の菜食の食べ物を食べることによって、非常に平和的に、非常に良く、健康に生きることができるなら、なぜあなたは動物を殺すべきでしょうか?

(改行)それに、科学的に、あなたの歯は野菜を食べるようにできています。トラは肉を食べるための歯を持っています。自然がそれをそのように作りました。彼は他の動物を殺さねばなりません。したがって、彼は爪を持ち、彼は歯を持ち、彼は力を持っています。しかし、あなたはそのような力を持っていません。

あなたは牛をそんなふうに、トラのように襲い掛かって殺すことができません。あなたは屠殺場を作り、家で座らねばなりません。(訳注:食卓につく、という意味だと思います。)もしも他の誰かが牛を屠殺するなら、あなたは非常に良く食べることができます。これは何ですか?トラのようにしなさい!牛に襲い掛かって食べなさい!あなたはそれをすることができません。

客:  では、あなたは自然の法則を信じない(のですね)。私は、自然の法則はすべての者に平等に当てはまると信じます。

SP:  トラは自然の法則によってそのように作られています。ですから、したがって、彼はそれをすることができます。あなたはそれをすることができません。あなたの性質は違います。あなたは分別を持ち、あなたは良心を持ち、あなたは文明化された人間だと主張しています。

ですから、あなたはこれらすべてを活用すべきです。それがクリシュナ意識、完全な意識です。人間の人生は、自分自身を意識の完成へと上昇させるためにあり、そしてそれがクリシュナ意識です。私たちはトラの意識に留まることはできません。それは人間性ではありません。

別の客:  私たちは、より高いところから、より低いところへ落ちたのですか?それとも、私たちは植物や動物から上がってきたのですか?

SP:  はい。もちろん、あなたはより高いところから、より低いところへ、霊的な世界からこの物質的な世界へと、そしてそれから、より低い種へと落ちました。それからあなたは進歩します。そしてあなたは再びこの人間の形に至ります。

もしもあなたが自分の、より高い意識を活用するなら、それならあなたはもっと高いところへ行きます。あなたは神のところへ行きます。しかし、もしもあなたが自分の、より高い意識を使わないなら、あなたは再び下へ降ります。

(改行)ですから、誤って導かれてはなりません。神意識を、クリシュナ意識を習慣づけなさい。そしてそれは、この人間の形の人生の正しい使い道です。そうでなければ、もしも私たちがトラのように肉食にふけるなら、私たちは来世においてトラの体を得るかもしれません。

しかし、(それが)何の役に立つでしょうか?例えば、私が来世においてとても強いトラになると仮定しましょう。それはとても良い昇進ですか?あなたはトラの人生を知っていますか?彼らは毎日食べることができません。彼らは一匹の動物に襲い掛かり、それを秘密の場所に隠します。

そして、一ヶ月の間、彼らは腐った肉を食べます。なぜなら、彼らはいつも動物を殺す機会を得るわけではないからです。神はその機会を与えられません。それは自然です。ジャングルでは、トラがいるところではどこでも、他の動物は逃げます。自己防衛です。

ですから、ごく稀に、トラがあまりにも空腹なとき、そのときに神は彼に他の動物に襲い掛かる機会を与えます。トラは非常に多くのおいしい料理を毎日得ることはできません。私たちがこれらすべての設備を持つのは、人間の人生においてです。しかし、もしも私たちがそれらを誤用するなら、それなら、、、トラの人生に行きなさい。襲い掛かる力を十分に備え、非常に強くなりなさい。
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by ammolitering4 | 2011-04-25 08:30 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第21章

第21章 「非宗教的な政府(State)」

シュリーラ・プラブパーダとスウェーデンへのインド大使の間のこの会話は、1973年9月に(スウェーデンの)ストックホルムで交わされました。

SP:  アメリカとインドと世界中の他の非常に多くの国々では、彼らは「非宗教的な政府」を持っています。政府(government)の指導者たちは、自分たちはどの特定の宗教も優遇したくない、と言います。しかし、実際は彼らは非宗教を優遇しています。

大使:  しかし(Well)、私たちは問題を抱えています。私たちは多宗教社会を持っています。ですから、私たち政府内の者は、注意深くなければなりません。私たちは宗教に関してあまり強い立場をとることができません。

SP:  いいえ、いいえ。政府は強い立場をとらねばならないのです。(訳注:mustを斜体で強調。)もちろん、政府はすべての形の真正なる宗教に対して中立的であるべきです。しかし、政府には人々が本当に宗教的であるように取り計らう(to see)義務もあります。「非宗教的な政府」の名のもとに、政府は人々を地獄へ行かせるべきである、というのではありません。

大使:  まあ(Well)、それは本当です。

SP:  はい。もしもあなたがイスラム教徒であるなら、それならあなたが本当にイスラム教徒として行動しているように取り計らうのは政府の義務です。もしもあなたがヒンズー教徒であるなら、あなたがヒンズー教徒として行動しているようにするのは政府の義務です。

もしもあなたがキリスト教徒なら、あなたがキリスト教徒として行動するように取り計らうのは政府の義務です。政府は宗教を放棄することはできません。(サンスクリット引用)もしも人々が非宗教的になるなら、それなら彼らは単に動物です。ですから、市民が動物にならないようにするのは政府の義務です。

人々は様々に異なる形の宗教を信奉するかもしれません。それは関係ありません。しかし、彼らは宗教的でなければなりません。「非宗教的な政府」は、政府が無関心であるべきだということを意味するのではありません。「人々を、宗教無しで、猫や犬のようになるにまかせましょう。」もしも政府が気にしないなら、それならそれは良い政府ではありません。

大使:  私は、あなたのおっしゃることには大変重みがあると思います(there is a lot in what you say.)。しかし、お分かりでしょう?政治とは可能性の芸術です。(訳注:「政治とは可能性の芸術である」、ドイツ帝国ビスマルク宰相の言葉。)

SP:  いいえ。政治とは人々が発達するようにすることを、市民が霊的に発達するようにすることを意味します。彼らが後退するようにする(ことを意味する)のではありません。

大使:  はい。私は同意します。しかし私は、政府の主要な義務は、才能のある人々、あなたのような霊的な指導者が機能できるような状態を提供することだと思います。もしも政府がそれ以上のことをするなら、それは様々な宗教的な団体を堕落させることさえするかもしれません。私は、政府は試合の中の審判員のようであるべきだと思います。言論の自由のために状況を提供するということです。

SP:  いいえ。政府はそれ以上のことをしなければなりません。たとえば、政府(you)には通商部門があります。政府は交易と産業の企業がちゃんとやっている、正しく機能しているように取り計らいます。政府は許可証を発行します。政府には監督官と検査官がいます。

あるいは、例えば政府には教育部門があります。学生たちが正しく教育されているように取り計らう、訓練された検査官たち(がいます)。同様に、政府には、ヒンズー教徒が本当にヒンズー教徒のように振舞っているか、イスラム教徒がイスラム教徒のように振舞っているか、そしてキリスト教徒がキリスト教徒のように振舞っているかを調べる(to check)ことのできる、熟達した人々がいるべきなのです。

政府は宗教に関して無関心であるべきではありません。彼らは中立的であって良いのです(may)。「あなたがどのような宗教を信奉しようと、私たちは関知しません。」しかし、あなたがちゃんとしているように、あなたが(宗教的である)ふりをしているだけでないようにするのは、政府の義務です。

大使:  確かに、、、道徳的な振る舞いに関しては(そうです)。しかし、それ以上はどうやって可能でしょう?お分かりですか?

SP:  要点は、あなたが実際に宗教的な原則に従っていない限り、あなたは決して良い道徳的な振る舞いをすることはできない、ということです。(サンスクリット引用)「神へのひるむことのない献身の念を持つ者は、常にすべての、神のような性質を現します。

しかし、そのような献身の念を全く持っていない者は、常に主の物質的な外的エネルギーを搾取するための方策を作りだしていなければなりません。そしてそのため、彼は全く何の良い道徳的な性質も持つことができません。」(SB 5.18.12)

(改行)あなたが神への信仰を、神への献身の念を持っている限り、すべてはそれでよいのです(everything is all right)。結局、神は一つなのです。神はヒンズー教徒でもキリスト教徒でもイスラム教徒でもありません。神は一つです。そして、それがヴェーダ文献が私たちにこう言う理由です。(サンスクリット引用)「すべての人類の至高の義務は、至高主への愛情ある献身奉仕に至ることです。

下心が無く、途切れることのない、そのような献身奉仕だけが完全に自己を満足させることができます。」(Bhag 1.2.6)ですから、人は宗教的でなければなりません。宗教的であること無くしては、誰も満足することができません。なぜ世界中にこれほどたくさんの混乱と不満があるのですか?なぜなら、人々が非宗教的になったからです。

大使:  モスクワでは、非常に多くの人が宗教に対して冷淡で、完全にそれに反対しています。

SP:  なぜあなたはモスクワと言うのですか?どこもかしこもです(訳注:斜体で強調)。少なくともモスクワでは彼らは正直です。彼らは正直に「私たちは神を信じません」と言います。

大使:  それは本当です。それは本当です。

SP:  しかし、他のところでは、彼らはこう言います。「私はヒンズー教徒です」、「私はイスラム教徒です」、「私はキリスト教徒です」、「私は神を信じています」。そして、それでも彼らは宗教について、全く何一つとして(訳注:anything、斜体で強調)、知りません。彼らは神の法律に従いません(訳注:斜体で強調)。

大使:  あいにく、私たちの私たちのほとんどはそんなふうです。それは本当です。

SP:  (笑う)私は、モスクワでは少なくとも彼らは紳士だ、と言うべきです。彼らは宗教を理解しません。ですから彼らは「私たちは信じません」と言います。しかし、これらの他の悪者たちは、「はい、私たちは宗教的です。神を私たちは信じます(訳注:”In God We Trust.” 「神を我らは信じる」、アメリカ合衆国のモットー)」と言います。

そして、それなのに彼らは非常に非宗教的な行いをしています(to commit、罪や過失を犯す)。何度も私はキリスト教徒に尋ねました。「あなたの聖書は「汝、殺すなかれ」と言います。なぜあなたは殺しているのですか?」彼らは満足のいく答えを与えることができません。それは明らかに述べられています。「汝、殺すなかれ」。そして、彼らは屠殺場を維持しています。これは何ですか?
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by ammolitering4 | 2011-04-24 14:33 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第20章

第20章 霊的な光の中で科学技術を見る

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子との間のこの対話は、1975年7月にシカゴでの朝の散策の折に交わされました。

弟子:  さきほどあなたは、西洋の世界は霊的に盲目であり、インドは科学技術的に足が不自由であるが、もしも彼らがそれぞれの資源を合わせるなら、そうすればインドの西洋の両方が利益を受ける、とおっしゃっていました。

SP:  はい。もしも西洋世界、盲目の人がインド、足が不自由な人を肩に乗せるなら、そうすれば足が不自由な人が霊的に方向を示し、そして盲目の人は自分たちを物質的、技術的に支えることができます。もしもアメリカとインドが彼らの技術的および霊的な資源を合わせるなら、この組み合わせは世界中に完全な幸せと繁栄をもたらすでしょう。

(改行)これらのアメリカ人たちの何と盲目なことか!彼らは生命の人間の体を、とても知性的な生命の体を得ました。そして、それなのに彼らはそれを湖でモーターボートに乗るために使っています。分かりますか?人間はすべての瞬間を自分の神意識を取り戻すために使うべきです。一瞬たりとも無駄にされるべきではありません。そして、これらの人々は単に時間を無駄にするための新しい方法を見つけ出しています。

(改行)もちろん、アメリカ人たちは物事を非常に良いように、すばらしい技術的な発展をもって行っています。しかし、彼らが行っていることは盲目的です。あなたはとても上手な運転手であるかもしれません。しかし、もしもあなたが盲目であるなら、それならどれだけ上手にあなたは運転しますか?あなたは災害を引き起こすでしょう。

ですからアメリカの人々は霊的に自分たちの目を開けなければなりません。彼らの上手な運転能力が正しく使われるようにするためです。今では彼らは顕微鏡を通して見ようとしています。しかし、彼らが自分の霊的な正体について盲目である限り、彼らは何を見るでしょうか?彼らは顕微鏡や、あの機械やこの機械を持っているかもしれません。しかし、彼ら自身は盲目です。それを彼らは知りません。

弟子:  私は、ほとんどのアメリカ人は自己認識よりも家庭を育むこと(raising a family、子供を育てること)のほうに興味があると思います。

SP:  クリシュナ意識は、家庭生活によってどんなふうにも(one way or the other)妨げられることはありません。アハイトゥキー・アプラティハター。神意識は、いかなるものによっても、妨害され得ません。もしもあなたが誠実であるならば。(訳注:「いかなるものによっても」が強調されている。「もしも~」の部分も、但し書きとして末尾において強調されている。)

どのような状況においても、あなたは(クリシュナ意識に)携わることができます。あなたは4つの方法でクリシュナ意識を遂行することができます。(サンスクリット引用)あなたの人生によって、あなたのお金によって、あなたの知性によって、そしてあなたの言葉によって。

ですから、もしもあなたが家庭人でありたいなら、、、もしもあなたが毎日24時間を捧げることができないなら、それならお金を稼いでそれをクリシュナ意識を広めるために使いなさい。そしてもしもあなたがお金を稼ぐことができないなら、それならあなたの知性を使いなさい。非常に多くの知的な仕事があります。出版、研究などです。

もしもあなたがそれをすることができないなら、それなら人々にクリシュナについて語るためにあなたの言葉を使いなさい。どこにいようと、単に誰かに「クリシュナが至高の人格神です。ただあなたの敬意をクリシュナに捧げてください」と説明しなさい。それだけです。(Finished.)

(改行)ですから、どこに機会の不足がありますか?あなたが奉仕をしたいという望みを持っている限り、あなたはいかなる能力(の程度)においてもクリシュナに奉仕をすることができます。しかし、もしもあなたが自分への奉仕のためにクリシュナを使おうと思うなら、それは馬鹿げた間違いです。人々は教会へ通っています。「神よ。私たちに奉仕をしてください。私たちに日々の糧を与えてください。」

(改行)人々は自分たち自身の問題を作り出します。実際には問題はないのです。(サンスクリット引用)神がすべてを配剤なさいました。主はすべてを完璧で完全に作られました。あなたは鳥のための非常に多くの実を見ます。(訳注:「鳥のためには、非常に多くの実があります。」)

非常に豊富に供給されています。プールナム・イダム。クリシュナは既にすべてを十分な量だけ供給なさっています。しかしこれらの悪者たちは盲目です。彼らはこれを見ません。彼らは調整しようとしています。なぜ彼らは調整する必要があるのですか?

すべては既に十分にあります。単に人々が物を誤用しているというだけなのです。しかしそうでないなら(訳注:誤用しないなら)、彼ら(人々)は既に十分な土地、十分な知性を持っています。すべては十分なのです。

(改行)アフリカとオーストラリアでは、彼らは非常に多くの土地を持っています。(訳注:非常に広い土地があります。)しかし、自然の豊かな作物の恵みに依り頼む代わりに、彼らはそれを殺すために家畜を育てています。これが彼らの知性です。

人々はコーヒーと茶とタバコを育てています。彼らはこれらのものが自分たちの健康を害すると知っているにも関わらずです。世界のある部分では、穀物の不足によって人々が死んでいます。そして、それでも世界の他のところでは人々はタバコを栽培しています。それはただ病気と死をもたらすだけです。これが彼らの知性です。

(改行)問題は、これらの悪者たちが人生は神を理解するためにあるということを知らない、ということです。誰でもいいから、尋ねてみなさい。誰も知りません。彼らは大変な愚か者です。あなたは、彼らが犬のためにどれほどの世話をしているか、見えませんか?彼らは盲目です。

彼らは自分たちが神(GOD)意識になるか犬(DOG)意識になるか知りません。犬は4本の脚で走ります。しかし人々は、自分たちは車で、4つの車輪で走ることができるので、自分たちは発達したと思っています。彼らは、自分たちは文明化したと考えます。しかし彼らがしていること(business)は、走ることです。それだけです。

弟子:  そして、走ることの目的は同じです。食べること、眠ること、性交すること、そして身を守ることです。

SP:  そうです。もしも目的が犬と同じなら、それなら車で走ることが何の役に立ちますか?もちろん、あなたはクリシュナ意識のメッセージを携えて人々のところにたどり着くために車を使うことができます。あなたはすべてをクリシュナのために使うことができます。それが私たちが教えることです。もしも素晴らしい車があるなら、なぜ私はそれを非難すべきでしょうか?それをクリシュナのために使いなさい。

そうすれば、それは構いません(all right)。私たちは「それを放棄しなさい」とは言いません。いいえ。あなたが自分の、神によって与えられた知性を使って何か作ったとき、それは構いません。もしもあなたがそれを神のために使うならば。しかし、あなたがそれをクリシュナ以外の目的のために使うとき、そうすればそれは無意味なこと(nonsense、無意味な、馬鹿げた、意味をなさない)です。

(改行)この車を見なさい。非常に素晴らしく飾られています。もしも私が「それはすべて無意味です」と言うなら、それは非常に知性的ですか?いいえ。あなたがこの車を作った目的、それは無意味です。ですから、私たちは単に人々に彼らの意識を変えて欲しいのです。私たちは彼らが作り出したものを非難することはありません。

(改行)例えば、包丁を使ってあなたは野菜や果物を切ることができます。しかし、もしもあなたがそれを自分の喉を切るのに使うなら、それは悪です。ですから、今は人々は科学技術という包丁を自分たち自身の喉を切るために使っています。自己認識、クリシュナ意識について、すっかり忘れているからです。これは悪です。

(改行)(サンスクリット引用)私たちの人間の体はちょうど、良い船のようなものです。私たちの人間の知性をもって、私たちは無知(nescience)の海、この物質世界における、繰り返す生と死の海を横切ることができます。そして、(サンスクリット引用)、私たちにはヴェーダ文献の中のクリシュナの教えという追い風(favourable wind、好ましい風)があります。

さらに、私たちには、私たちを導いて啓蒙してくれる良い船頭、真正なる霊的指導者がいます。これらすべての設備をもってして、もしも私たちが無知の海を横切ることができないなら、それなら私たちは自分の喉を切っています。船がここにあります。船頭がここにいます。追い風がここにあります。しかし、私たちはそれを利用していません。それは、私たちが自分自身を殺していることを意味します。

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このサイトをご覧くださっている数少ない皆様に、もう一度お願いします。どうぞプラブパーダのお言葉を広めてください。特にこの章は、今の私たちの姿を鏡に映して見ろと言わんばかりです。方向性を見失って、たどり着いたところは放射能にまみれた小さな島国。逃げ場のない星。。。

昨日、ある方とお話しをしていました。彗星について話していたのです。何かというと彗星について話している私です。しつこい、と思われるかもしれませんが、ご存じないという方は私の彗星サイトをご覧ください。こちらです。

彼はフレンドリーで優しいおじさんです。日本の被災者のために、ビタミンCや大事な切手のコレクションも寄付してくださいました。(私が日本にビタミンCなど送るのに使いました。)彼は科学者ではありませんが、理知的で論理的です。彗星を壊すのは何となく嫌だ、どうしても嫌だ、因果応報で絶対ろくなことにならない、という議論にならない私の意見に対して、彼はとうとうと自説を述べてくださいました。

「宇宙とは膨大で、果てしがなく、この上ない神秘だ。その素晴らしい宇宙の中に、自己に気がついている(self-aware)人間という存在がいる。生命とは素晴らしい神秘だ。中でも人間の知性は、至高であると自分は思う。人間の知性、意識、美を感じる心、、、その価値は例えようもない。この広大な宇宙の中に人間が存在しているという奇跡は、いや、自分は全く宗教的ではないので「奇跡」という言葉は使いたくはないのだが、とにかくそれはかけがえのないことなのだ。宇宙は素晴らしい。人間の存在は素晴らしい。

だから、私たちには宇宙を知る責任がある。(We owe to the universe to know it)それがどうなっているのか、どういう働きをするのか。そのためには、小さな彗星を一つ犠牲にすることは、仕方のないことだ。必要なことでさえある。もしも彗星や月に生命がいるのなら、それなら話はまったく別だが、どっちもただの岩だ。それに、宇宙の中ではいつも物が互いにぶつかっている。人間が一つや二つ岩を壊したって、それは取るに足らないことだ。」

それは確かにそうなのでしょう。宇宙には気の毒なくらい物ががんがんぶつかっている天体もあるそうです。そういう大きなスケールで物事を見るのは小さな私にはなかなか難しいことなのですが、まあ、それはそれ。私は私のいるところから見えることや感じることを眺めていこうと思うのです。
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by ammolitering4 | 2011-04-23 12:52 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第19章

第19章 科学的な進歩:大げさな言葉

シュリーラ・プラブパーダと彼の弟子バークティスヴァルーパ・ダーモダラ・スワミ(Ph.D.)(訳注:博士号。以下、スワミ)との間のこの対話は、1975年3月に(アメリカの)アトランタで交わされました。

スワミ:  現代の科学者たちは、実験室で生命を作り出すために懸命に働いています。

SP:  これを理解しようとしなさい。ちょうど神が既に存在しているように、同じく神の欠かすべからざる小片である生命体も、既に、永遠に存在しています。ですから、あなたは「作り出す」必要はないのです。それは愚かさです。なぜなら生命体は永遠であるからです。彼らは決して作り出されません。

それらは単に、物質世界において4つの異なる方法で顕現します。それらの一部は種を通して顕現し、別の一部は発酵を通じて、別の一部は卵を通じて、そして別の一部は胎児を通じて顕現します。しかし、生命体は既に存在しています。ですから、作り出すということはあり得ません。これが生命体の科学です。

(改行)既に何百万何百兆という(訳注:無数の)生命体が存在しています。そして、それにも関わらず、物質主義的な科学者たちは、いかにして何かを作り出すかということについて大きな会議を開いています。この子供じみた提案をご覧なさい。彼らは時間を無駄にしており、人々を誤って導いており、みんなが一生懸命に稼いだお金を無駄にしています。

したがって私は、彼らが悪者であると言います。彼らは「作り出そう」としています。彼らは何を作り出すでしょうか?すべては既に存在しています。しかし彼らは、彼らのすべての高度な教育をもってしても(訳注:高度な教育を受けているにも関わらず)、これを知りません。したがってバガヴァッド・ギーターは彼らをムーダー、悪者と描写します。

(改行)さて、あなたはこれらのムーダーたちにこう言います。「我が親愛なる先生(My dear sir)、あなたは作り出すことはできず、何ものも作り出され得ません。ただ、生命体はどこから生じているか、彼らの源は何であるか、すべての自然の背後にある脳は誰であるかを見つけ出してください。

それを見つけ出してください。それが本当の知識です。もしもあなたがこの知識を求めて努力し、すべてのもののもともとの源を見つけようとするなら、そうすればいつの日かあなたは(サンスクリット引用)(BG7.19)の水準に至るかもしれません。あなたは神がすべての源であると理解するでしょう。そしてあなたの知識は完璧になります。

(改行)このきれいな花を見なさい。あなたはこれが何らの脳からの指示もなく、自動的に生じたと思いますか?それは馬鹿げた(nonsensical、意味をなさない、愚かな、無意味な)哲学です。これらのいわゆる科学者たちは、非常に多くの大げさな言葉を使いますが、彼らは実際はどれだけ説明していますか?

他の誰も理解することができません。それは彼らによってのみ理解されます。彼らは、自分たちこそが説明しなければ誰も理解できないようなやり方で複雑な言葉を述べます。彼らは、すべては「自然によって」自動的になされる、と言います。それは事実ではありません。

(改行)ちょうど素晴らしいコンピューターのように、自然は道具です。しかし、それでも(それを)操作する人がいます。これらの悪者たちは、何らの常識も持ちません。操作する人なくして動く機械がどこにありますか?彼らの経験の中にそのような機械がありますか?

どうして彼らは自然が自動的に動いていると提唱することができるのですか?自然は素晴らしい機械です。しかし、操作する人は神、クリシュナです。それが本当の知識です。機械が非常によく動いているからといって、それが「操作する人はいない」ということを意味しますか?

(改行)例えば、ハーモニアムもまた機械です。そして、もしも熟練した音楽家がそれを弾けば、そうすればそれはとても旋律的で心地よい音を奏でます。「おお、なんと素晴らしいのでしょう。」しかし、ハーモニアムは自動的に演奏して旋律的な音を出しますか?

ですから、彼らは何らの常識すら持たないのです。そしてそれでも彼らは自分たちを科学者と呼んでいます。それが私たちが残念に思うことです。これらの人々が何らの常識すら持たず、それでも科学者として通用していることが、です。

スワミ:  彼らはこう考えています。化学を通して彼らは人工的に幾らかの原始的なアミノ酸を、、、(校正:adds→acids)

SP:  それは技巧(craftsmanship)です。それは知識ではありません。例えば、あなたがバラの絵を描くと仮定しましょう。あなたは絵描きです。知識を持った人ではありません。「知識を持った人」とは、物事が「どのように」なされるかを知っている誰かを意味します。絵描きは単に自分が見るものを模倣します。それだけです。したがって、芸術と科学は二つの異なる部門です。

スワミ:  では、もしも彼らが何らかの合成物を作り出すなら、それは単に技芸(art)に過ぎない(のですね)。

SP:  そうです。例えば、腕の良い料理人は、香辛料と調味料をどうやって混ぜてとてもおいしいものを作るかを知っています。ですから、あなたは化学者を腕の良い料理人と呼ぶことができます。化学とは異なる化学物質を混ぜる術(art)に他なりません。それだけです。油があり、アルカリがあり、あなたが非常に巧みにそれらを混ぜると石鹸が生じます。非常に役に立ちます。

スワミ:  しかし、化学者たちは、どうにかして自分たちは生命を作り出すことができ、人間さえ作ることができると確信しています。

SP:  あなたが生命を作り出すこと無くしては世界は地獄に落ちる、ということは、これは問題ではありません。(訳注:「自分たちが生命を作りださなかったら世界は地獄に落ちる、とでも言うのでしょうか。そんなことはありません。」という意味だと思います。)

例えば、非常に多くの自動車が存在します。もしも私がもう一つの自動車を作れば、私に何かすばらしい功績はありますか?非常に多くの自動車が既にあります!自動車がなかったとき、それを作った最初の人には幾らかの功績がありました。

「はい、あなたは何か良いことをしました。馬のない馬車です。人々はそれから便利さという利益を得るでしょう。それは構いません。」しかし、何百万台も何百万台も自動車があって単に事故を起こしているとき、そして私がもう一つの自動車を作れば、私の功績は何ですか?私の功績は何ですか?

スワミ:  ゼロです。

SP:  ゼロです。そしてこのゼロを達成するために、彼らは何かの大きな会議を開こうとしています。そして非常に多くの人が来てお金を遣うでしょう。

スワミ:  彼らはより良い人間を作りたいのです。彼らは人生をより良いものにしたいのです。

SP:  そうです。それが私たちの提案です。私たちは科学者たちに言います。「生命を作ろうとして時間を無駄にしてはいけません。あなたの人生をより良いものにしようとしなさい。あなたの本当の霊的な正体が何であるかを理解しようとしなさい。この人生においてあなたが幸せになれるようにするためです。この研究がなされねばなりません。」

(改行)彼らが学ばねばならない最初のことは、体という「自動車」の中に運転手、すなわち魂がいるということです。これが知識の最初の要点です。この単純なことを理解しない限り、人は馬鹿者(ass)です。運転手、すなわち魂が、この体という自動車を動かしています。

そしてもしも運転手が教育されているなら、それなら彼は自分の体を自己認識のために動かすことができます。家へ、至高神のもとへ帰れるようにするためです。そうすれば彼は完璧になります。ですから私たちは、運転手を教育しています。私たちはもう一つのブリキの車を作ろうとはしていません。これがクリシュナ意識です。
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by ammolitering4 | 2011-04-23 12:08 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第18章

第18章 「力が正義となる」について

シュリーラ・プラブパーダと彼の弟子の一人との間のこの会話は、1974年6月にパリで交わされました。

弟子:  昨夜、あなたの講義の中で、あなたは「ちょうど人々が国家の法律に背くと罰せられるように、もしも彼らが神の法律に従わないなら、彼らは神によって罰せられる」という類比をなさいました。ですから若い人たちは、あなたがファシスト(訳注:極右専制主義者)に違いないと考えました。

SP:  しかし、これは実際に世界中で起こっています。彼らはどうしてそれを否定することができるでしょうか?今日の政府は「力が正義となる」を意味します。何らかの方法で、あなたが力を得ます。そして、そうするとあなたは正義なのです。それはどのグループが力を得るかという問題です。

弟子:  しかし、彼らは力を人々に与えたいと思っています。

SP:  どうしてそれが可能でしょうか?非常に多くの人々がいて、非常に多くの異なる意見があります。あなたは自分たちの人々を持ち、別の人はその人の人々を持っています。(訳注:「あなたはあなたの利権グループを代表しており、別の人はその人の利権グループを代表しています。」)

あなたが自分の人々に力を与えようと思えば、直ちに他の者たちが反対します。これは人間の性質です。あなたはそれを変えることはできません。彼らは、力は人々に与えられるべきである、と考えます。しかし、賛成しない多くの他の人々がいます。これが物質世界の性質です。

すべての人が他の誰もをうらやみます。しかし、これらの悪者たちはこれらを理解する知性を持ちません。インドにはガンジーがいました。紳士であり、非常に素晴らしい政治家です。しかし彼は殺されました。ですから、あなたはこれを止めることはできません。それは物質世界の性質なのです。

すべての者が他の者たちをうらやんでいます。あなたは決して、完璧である物質主義的な人々のグループを見つけることはできません。ですから、なぜ彼らは「人々に力を与えよ」と言うのですか?彼らは単に悪者です。

(改行)したがって、シュリマッド・バーガヴァタムは(サンスクリット引用)と言います。クリシュナ意識は、完璧な、うらやまない人々のためのものです。クリシュナ意識でない者は、必ずうらやみます。どこにでも、あなたは競争を見出すでしょう。クリシュナには敵がいました。イエス・キリストにも敵がいました。

そうでなければ、なぜ彼は十字架に架けられたでしょうか?彼には何の落ち度もありませんでした。彼は神意識を布教していました。それなのに彼は十字架に架けられました。これが物質世界です。たとえある人が完璧であっても、それでも彼には敵がいます。どうしてあなたはそれを止めることができるでしょうか?

彼らは「人々に力を与えよ」と言います。しかし、ある良い人々の一団が政権を取れば直ちに、別の一団がそれに反対します。彼らは「私たちに力を与えろ」と言います。ですから、あなたの完璧さがどこにあるのでしょう?(訳注:「これのどこが完璧でしょうか?」)これは完璧さではありません。したがって、私たちはこの物質的な世界とのすべての関わりを放棄しなければなりません。それが完成です。

弟子:  しかし、もしもあなたがこの世界とのすべての関わりを放棄するなら、どうしてあなたは無政府状態を避けて良い政府を持つことができるでしょうか?

SP:  はい。これが要点です。あなたは完璧な権威に従わねばなりません。

弟子:  そして、これが彼らの論点でした。あなたはよい高い権威に従うことを提唱なさいます。

SP:  もしも彼らが完璧な社会を望むなら、あなたは完璧な権威に従わねばなりません。あなたは世俗の政治を通して完璧さを見出すことはできません。あなたは本当の、認められた権威、完璧な解放された魂に従わねばなりません。これがヴェーダ文化における方法(system、体系)でした。

権威は主クリシュナとヴェーダ文献であり、そして社会はマヌ(人間の先祖であり、法を授ける者)とマヌ・サムヒターによって導かれていました。(サンスクリット引用)完璧さを得るためには、私たちはマハージャナ、完璧な、自己を認識した権威に従わねばなりません。

弟子:  しかし、これらの若い人々は、霊的な権威でさえ不完全であると言いました。

SP:  彼らはそう言うかもしれません。しかし、なぜ私たちは彼らの意見を、不完全な悪者の意見を受け入れるべきなのですか?彼らの唯一の権威の考え方は、「力が正義となる」というものです。例えば、昨日のあのグループは、「人々に力を」と提唱していました。

ですから、彼らはいくらかの力を持っており、そして彼らは「あなたはこの考え方を受け入れなければならない」と圧力をかけているのです。そしてこれが、「力が正義である」ということが、世界中で続いています。すべての悪者たちが互いに戦っています。そして多少(他の者たちより)力の強い者が突出します。それだけです。

弟子:  彼らは、これがいつもそれにあてはまる、と言います(this is always the case)。つまり、どんな権威者も、それは単に自分自身を前に押し出した、ある指導者だ、と。(訳注:「権威を持っているのはいつも力の強い者だ、と彼らは言います」、という意味だと思います。)ですから、彼らはすべての権威を退けました。

SP:  はい。彼らの(訳注:彼らが見てきた)すべてのいわゆる権威者たちが不完全だったからです。しかし、完璧な権威もあります。クリシュナ、至高の人格神です。そして、クリシュナの教えに従い、それに沿って教えるいかなる権威者もまた、完璧です。それが権威です。

(改行)私たちクリシュナ意識の権威者は、厳密にクリシュナの権威に従っています。クリシュナ意識を提示するにあたって、私たちは単にクリシュナの言葉を示し、人々を納得させようとしています。「ここに本当の権威があります。もしも従うなら、あなたは幸せになります。」

クリシュナは「あなたは私に服従しなさい」とおっしゃいます。そして私たちは「クリシュナに服従しなさい」と言います。私たちはクリシュナは完璧であると知っており、主に服従することが完成であると知っています。そして私たちが話すときはいつでも、私たちはいつもクリシュナとクリシュナの代理人たちを引用します。

弟子:  しかし、ある人が服従するためには、彼は彼に服従するようにと頼んでいる誰かへの信頼を持たねばならないのではないのですか?

SP:  はい。信頼がそこになければなりません。したがって、バガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナは何よりもまず、ご自分が完全真理であると証明なさいます。それから主は、あなたに服従するように頼みます。しかし、あなたは「これがクリシュナである」と理解する知性を持つ必要があります。それからあなたは服従します。

バガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナは最初に「あなたは服従しなければなりません」とはおっしゃいません。まず主は、体、魂、すべての形のヨガ、すべての異なる種類の知識など、すべてを説明なさいます。それから主は最も内密な知識を与えられます。「他のすべてのものを放棄して、そして単に私に服従しなさい。」

(改行)この物質世界の中のすべての人は不完全です。完璧な人への自主的な服従無しでは、すべての者が不完全です。しかし、クリシュナ、あるいは主の代理人に完全に服従した者は、彼は完璧です。しかし、もしもあなたが完璧な権威に服従しないなら、それならあなたは不完全な悪者でありつづけます。

あなたはナポレオンであるかもしれず、あるいはあなたは小さなアリであるかもしれません。しかし、私たちはあなたがクリシュナに服従したかどうかを見たいのです。もしも服従していないのなら、それならあなたは悪者です。それだけです。
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by ammolitering4 | 2011-04-18 03:58 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)

第17章

第17章 中絶と「ウサギの哲学」について

シュリーラ・プラブパーダと彼の何人かの弟子たちとの間の次の会話は、1973年12月にカリフォルニアのヴェニス海岸での早朝の散策の折に交わされました。

弟子:  シュリーラ・プラブパーダ、時として私たちは、「自然の法則はとても強いが、もしも主クリシュナに服従するなら、病気や死などの物事を乗り越えることができる」と議論します。主が統治力を持った自然だからです。しかし懐疑主義者たちは、私たちは徐々に、神無しで自分たちだけで、自然の法則を統御できるようになると言います。

SP:  いいえ。私たちは自然の法則を受け入れることを強要されます。誰がどうして、自分は自然の法則を征服したと言えるでしょうか?

弟子:  しかし、医者たちと生物学者たちは、非常に多くの病気を征服しました。

SP:  しかし、人々はまだ病気になっています。医者たちはどのように病気を止めたのですか?

弟子:  例えばアフリカとインドでは、彼らはすべての人を天然痘に対して予防接種しており、そして彼らは何千人もの子供たちを死から救いました。

SP:  しかし、子供たちはどちらにしても育ち、年を取り、やがて死にます。ですから、死は止められていません。そして、それに、なぜ彼らはこれらの子供たちを気にするのですか?彼らは人口過多を望みません。ですから論理的には、医者たちは彼らを死なせるべきです。しかし医者たちは非論理的です。

一方で彼らは子供たちの死を止めようとし、そして他方では彼らは避妊具の使用を勧め、中絶によって子宮の中の子供たちを殺します。なぜですか?なぜ彼らは殺しているのですか?人口の増加を防ぐためです。それなら、子供たちが世界の別のところで死んでいるとき、なぜ彼らは彼ら(子供たち)を救おうと躍起になるのですか?

弟子:  いったん子供が生まれると、彼らは彼(子供)を救いたいと思います。しかし、子供がまだ子宮の中にいるときは、彼らは彼を殺すことができます。彼らは、彼はまだ人間ではない、と言います。

SP:  しかし子供は、女性が妊娠した途端に、既に生まれています。妊娠とは、子供が既に生まれているということを意味します。どうして彼らは、子供はいない、と言えるのですか?この無意味なことは何ですか?女性が妊娠しているとき、なぜ私たちは彼女が「子を宿している」と言うのですか?これは、子供が既に生まれていることを意味します。したがって、私はこの中絶ということは、単に悪事であると言います。

弟子:  しかし、彼らはそれを正当化しました。

SP:  どんなふうに?

弟子:  時として彼らは、自分たちは単に自分たちが最良と感じることをしているだけだ、と言います。そしてもちろん彼らは、後に自分たちを罰するカルマなどというものがあることを否定します。彼らは一種の「ウサギの哲学」を持っているように見えます。ウサギが自分に襲い掛かる狼を見ないでいいように目を閉じるとき、彼は実際に自分は安全だと考えるかもしれません。

SP:  ですから、中絶主義者はウサギの哲学を信じています。それは人間の哲学ではありません。それはウサギの哲学、カエルの哲学、ロバの哲学です。そして彼らはシュリマッド・バーガヴァタム(2.3.19)に描写されています。(サンスクリット引用)

指導者たちは往々にして中絶を支える悪者であり、そして彼らは他の一団の悪者たちと愚か者たち、つまり一般の人々によって讃えられます。集団全体が悪者で構成されているので、彼らは自分たちの指導者として悪者を選びます。それから、満足しないと(訳注:期待通りにいかないと)、彼らは最初の悪者を執務室から投げ出し、別の悪者を選びます。

これは(サンスクリット引用)、既に噛まれたものを噛む、と呼ばれます。人々は誰を選んだらいいかを知りません。したがって彼らは、神意識である指導者、実際に指導者となる資格のある指導者を選ぶために、教育されなければなりません。そうすれば彼らは幸せになります。そうでなければ、彼らはある悪者を選出して彼を退け、別の悪者を選んで今度は彼を退け、などということを続けるでしょう。

(改行)アメリカには「神を私たちは信頼する(In God We Trust)」という標語があります。(訳注:アメリカの公式なモットーであり、貨幣などに記されている。)私たちは単に、「指導者の基準は、彼が神が誰であるかを知っており、そして彼が主を信頼している、ということであるべきだ」と言います。そしてもしも人々が実際に神は誰であるかを知りたいと望むなら、彼らはバガヴァッド・ギーターを読むことができます。

彼らは知性をもってそれを読むべきであり、理解しようとすべきです。そしてそれから、更なる発達のために彼らはシュリマッド・バーガヴァタムを学ぶのが良いでしょう。私たちが理論化を行っているというのではありません。私たちは、神に関する自分たちの情報を権威ある書物から受け取っています。

弟子:  政治に関する私たちのチラシの中に、私たちは指導者の資格を列挙しています。まず私たちは、彼が4つの規律的な原則に従わなければならない、と言います。肉食をしないこと、不正な性交をしないこと、賭け事をしないこと、陶酔物を摂らないこと、です。そして、私たちが与える一つの肯定的な命令(訳注:~するな、ではなく、~しろ、というもの)は、指導者が主の聖なる御名を唱える、というものです。

SP:  もしもあなたが神を信じるなら、なぜ神の聖なる御名を唱えることに何らの異議があるでしょうか?もしもあなたが「神を私たちは信頼する」と言うなら、それなら(あなたは)神の名と神の住所(訳注:居所)を知っていなければなりません。そうすればあなたは実際に主を信頼することができます。

そして、もしもあなたがこれらのことを知らないなら、私たちから学びなさい。私たちはあなたに神の名、居所、性質、、、すべてを与えています。そしてもしもあなたが神はいないと言うなら、それなら「神を私たちは信頼する」という言葉の意味は何ですか?

弟子:  彼らは教会を国家(state)を分離するためのプロパガンダ(訳注:主義や主張の宣伝)を作りました。しかし、彼らは神と国(country)もまた分離しました。

SP:  このプロパガンダを行っている者は、神とは何であるかを理解していません。神は何ものからも分離され得ません。なぜなら、すべては神であるからです。(サンスクリット引用)もしも彼らがバガヴァッド・ギーターを研究するなら、彼らは神はどこにでもいらっしゃることを理解するでしょう。

何ものであれ主から分離することは可能ではありません。ちょうどあなたの意識があなたの体のすべての部分にあるように、至高の意識、神も、宇宙のどこにでも存在します。クリシュナは「ヴェダーハム・サマティーターニ」、「私は生じたすべての物事を知っています」とおっしゃいます。主がどこにでもいらっしゃるのでないなら、どうして彼はすべてを知ることができるでしょうか?あなたは何と言いますか?

弟子:  これは論理的です、シュリーラ・プラブパーダ。

SP:  どうしてあなたは政府から神を分離させることができるのですか?あなたは「はい、神と国家は分離しているべきです」と同意する、いかなるいわゆる「教会」や、いかなるいわゆる「宗教」も退けて構いません。そしてそれが、そのようないわゆる「宗教」を私たちが退けるというのが、神の教えです。(サンスクリット引用)

「すべての種類のいわゆる宗教を放棄し、単に私に服従しなさい」とクリシュナはバガヴァッド・ギーター(18.66)においておっしゃいます。人々は、自分たちは神を信じている、と言うかもしれません。しかし、彼らが政府から神を分離しようとするとき、あなたは彼らが神とは何かについて無知であることを知ることができます。
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by ammolitering4 | 2011-04-17 13:33 | 「ハレ・クリシュナの挑戦」 | Comments(0)