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受け皿、手掛かり、取っ掛かり

ずっと前、私はハレ・クリシュナを知りませんでした。クリシュナという名前は、聞いたことがあるようなないような、インドの宗教っぽい絵には何やら青い人がいたようないなかったような、という程度の認識しかありませんでした。チャイタンニャやプラブパーダなどは全く全然知りませんでしたし、実はジョージ・ハリスンという人も知りませんでした。ビートルズといえばジョン・レノンとオノ・ヨーコという名前が浮かぶ程度にしか興味がなかったものですから。。。ひるがえって今では、クリシュナという音があちこちから聞こえてきます。ちらりと聞こえるとちょっと嬉しいです。

こういう経験ってないでしょうか。例えば、アルゼンチンの人に会って以来、新聞やテレビでアルゼンチンのことが急にたくさん語られるようになったような気がすることなど。。。今まで気づかなかったもの、耳や目に入っても清きせせらぎのように忘却の彼方へきれいさっぱり流れていってしまっていたものが、「アルゼンチンなら知ってるぞ」という手掛かりができたせいで、そこにひっかかってくるのです。

私がクリシュナ意識を知るようになるまで世界が待っていてくれたわけではないのです。いつもそこにあったけど、私が気づかなかっただけ。ということは、英語を覚えるときにもそういう受け皿なり手掛かりなりをできるだけたくさん作れば急に世界が「知ってること、分かること」でいっぱいになってくるわけです。

自分の周りの世界を見回してみましょう。何がありますか。興味のあることは何ですか。上手にできることは何ですか。好きなものは何ですか。今日一日、何をしましたか。何を思いましたか。過去の自分はどうだったでしょう。どんな道のりを歩いてきましたか。いつの日かクリシュナに会えたら、何を話したいですか。

まあ、物質世界のことなどどうでもよく感じて話題にもならないかもしれないけど、聞かれるかもしれません。クリシュナは私たち小さな魂にすごく興味を持ってるかもしれない。小さな子供が極めてどうでもよろしいことを真剣に語るとき、私たち大人はちゃんと聞かなくてはなりません。それと同じかもしれません。

英語はコミュニケーションのためのツールに過ぎません。日本語会話なるものが「これです」とはっきりいえないように、英会話もただ漠然と「郵便局はどこですか」式に何年も勉強してたって焦点が定まっていない限り使い物にならないのです。百科事典を丸ごと覚えようとしても普通は無理なのと似ているかもしれません。

ですから、英語を勉強したかったら、矛盾しているようですがまず日本語で自分の世界を見直してみましょう。コミュニケーションというのは、相手の人とお互いの世界を伝え合うことが目的です。伝えたいことをはっきりさせることが何よりも先決なのです。自分の世界はどんなところですか。知りたい人は誰ですか。知りたいことは何ですか。短い文でたくさん表現してみましょう。
by ammolitering4 | 2008-02-21 11:17 | 英語の勉強法


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