英知による放棄 第1部 第3章

第3章 神を信じない(godless、神を恐れぬ 、不信心な)悪魔たち

(第1段落)甚だしく物質主義的な悪魔たちは、あまりにも完全に霊的な知識に欠けています。そのため、常に物質的な体のはかなさを知覚するにも関わらず、彼らのすべての活動は体を中心とします。彼らは、体の中の魂は永遠で必要不可欠な物質(substance)であり、そして体は変わりやすくて一時的である、ということを理解することができません。

ヴィヴァルタヴァーダ(進化論)によって、最初は魅了され、それから幻惑されて、彼らは宇宙全体(the entire cosmic body)もまた魂を持たないと結論します。彼らが自分たち自身の物質的な存在に当てはめるその誤った推論に基づく(fallacious)理論が彼らをして体の中にいる魂の存在へのいかなる研究も拒絶するようにするため(訳注:彼らはその誤った推論に基づく理論を自分たち自身の物質的な存在に当てはめるため、自分たちの体の中にいる魂の存在を対象としたいかなる研究も拒絶するようになります。そのため)、彼らは宇宙の顕現という巨大な体の中にある超魂の存在を知覚し損ねます。

彼らは誤って、体がすべてである、それを超えるものは何もない(there is nothing beyond it)、と結論します。同様に彼らは、物質的な創造、すなわち宇宙(the material creation, which is the universal body)は実際に自然の法だけで司られていると考えます。

この主題に関するいかなる議論も、彼らの「自然はすべてであって究極である(the be-all and end-all、唯一最高の目的)」という主張によって必ず時期尚早な死に直面させられます(訳注;きちんと論じられることなく潰されます)。

彼らの中のより知性的な者は、この議論を少し先に進め、非人格主義がすべてのものの真髄であると仮定します。しかし、顕現と非顕現の物質自然というこの領域のはるか向こうに、超越的で永遠な状態があります。それでも、無神論者たちはその特徴上、その存在を信じることができません。

(第2段落)このようにして、その先見の明(farsightedness)に欠けた歪んだ心をもってして、悪魔的な者たちは人々に悲惨さだけをもたらす活動を行います。そして、多くのそのような望まれない(unwanted、不必要な)活動の結果として、原子爆弾が発見(to discover)されました。

これらの悪魔的な人々が立てる終わりのない計画は、決して人類のために良い兆候となることはできません。過去においてラーヴァニャは、これは人類の利益のためだと主張して、天国への階段を造ろうとしました。実際は、彼は至高主ラーマチャンドラを騙そうとしていました。

しかし、彼は失敗しました(he was unsuccessful)。歴史は繰り返します。今では(for now、今のところ)、私たちはラーヴァニャの子孫たちが社会に利益を与えるための計画と称して主を騙そうとしているのを見ます(訳注:今、世界を見渡すと、~が~しています)。

注目すべきことは、どの悪魔も他の悪魔の計画を褒めないということです。すべての悪魔は、自分の計画が最も素晴らしいので、他のすべての者は自分に投票しなければならない、と主張します。

すると対抗者は、実際は自分の計画こそ(訳注:hisを斜体で強調)が最良であり、したがって自分は当然(rightfully、当然の権利として)すべての票を与えられるべきである、と言います。この投票の時代には、誰が実際に票を得るかということを巡る争いは、早々に(untimely、早過ぎる、時ならずして)天国へのすべての階段を壊しました。

もしも事実を落ち着いて考えるなら、その近視眼的な視野(vision、想像力、先見の明、ビジョン)をもって、悪魔の歪んだ脳によって作られたこれらすべての計画は決して世界に平和をもたらすことはできない、と、人は簡単に結論づけるでしょう。(訳注:落ち着いて事実を考察するなら、悪魔がその歪んだ脳と近視眼的なビジョンをもって練り上げた計画は決して世界に平和をもたらしはしない、ということは簡単に分かるでしょう。)

もちろん、すべての悪魔たちはある一つの事柄においては容易に同意します。そしてそれは、主ご自身に関する(of)知識なくして(訳注:主を知ろうとすることなく)、幸運の女神であり至高主の永遠の妃であるラクシュミーをこっそりと楽しむ、ということです。

(第3段落) すべての悪魔は、誰も自分よりもっと知性的でも人気(esteemed、非常に評判が良く、敬愛されている様子)でもない、と考えて、無駄に得意がります。したがって、様々な活動をすることを彼に促す(to urge on、強く強制的に促す)圧倒的な欲望は、彼によれば、究極的に人間社会にとって利益となります。(訳注:自分は誰よりも素晴らしいので、自分が強い衝動を感じるようなことは人類のためになる、と考える様子。)

もちろん、最後には彼の望みのすべては幻想的で非現実的であるということが必ず明らかにされます。それでも、この明白な事実(revelation、暴露、明らかになった事実)にも関わらず、悪魔たちはごまかし(manipulation、巧妙な操作)と嘘を通して大衆に影響を与え続けます。

(第4段落)これらの不潔で幻惑された悪魔たちの想像力には限界がありません。彼らは自称指導者を気取り(they pose as self-styled leaders)、社会の福祉について際限なく心配します。例えば、彼らは市場で買い物をするために来た人々をどこに泊まらせるかについて心配します。

彼らが実際に考えるのは、彼ら自身の、そして彼らの子供たちの、彼らの孫たちの、そして彼らの曾孫たちの楽しみ、世界の最終的な滅亡に至るまでの永続する楽しみを確保するための確実な手配をいかにして為すか、ということです。

しかし、喜びの代わりに苦しみを経験するとき、悪魔たちは富を蓄積するために自分の仲間たちに対する暴力に逆戻りします。彼らの物質的な欲望は満たされることがなく、そしてそのため、何億ドルものお金でさえも彼らを慰める(to appease、痛みなどを和らげる)ことができません。

誰であれ、非合法的に巨大な富を貯めこむことに長けている者が勝者(top dog)になります。悪魔たちは、憎悪、怒り、欲望などに満ちています。そして彼らは、単に自分の感覚的な衝動を満足させるために不正に巨大な富を貯めこむための努力において、疲れを知りません。

他方で、彼らの競合者も彼らの黒い富を騙し取ることにおいて引けを取りません。互いの非合法に稼いだお金を盗むことを目的としたそのような非常な競争が、どうして平和と繁栄をもたらすことができるでしょうか?そのため悪魔たちは、「天の配剤において、人類は何らの休息も得ることができない」と言って嘆く人を決して助けることができません。

(第5段落)悪魔はいつも自分の銀行の残高をどうやって増やすかについて思い巡らしています。「今日、株が上がった。そして私の利益も増した。明日、もしもこれらの他の物(commodity、鉱物や農産物などの産物、有用な品物)がより高く(dearer、この場合は値段が高いことを表す)なるなら、私の銀行の残高はさらに増すだろう。そしてそのため、私の未来は明るく繁栄して見える。」

悪魔は考え続けますが、今度は少し異なる事柄についてです。「私の敵の一人は既に滅ぼされた。そして、もう一人もすぐに終わりを迎えるだろう(to meet his end、死、または社会的な生命の終わり)。これは私をもっと安全な立場に置く。

だから、今では私は自分の敵たちを排除するのに熟達したので(now that~)、私は万能の神だ。なぜ神を探さねばならないということがあるだろうか?(Why must you look in search of God?)何百もの『神』が目の前に漂っている。」

そのような考えと行いが悪魔をますます無神論的にし、そしてそのため彼らは神の超越的な言葉(message)を聞くことを拒みます。彼らは誇らしげに宣言します。「神は誰だろうか?おお、私が神だ!(Why, I am God!) 私が非合法的にお金を操ることができ、そして非常に裕福なためにこの世の全てを楽しむことができるなら(when I can~)、それなら私は本当に万能の神だ。

私は強く、幸せで、成功している(accomplished、上流社会のたしなみを身につけている)。お金と富(means、富、〔目的・成功のための〕手段)を持たない弱者たちは、私を神として尊敬しなければならない。他の神々を求めることが何の役に立つだろうか?(What is the use of crying after any other God?)」

(第6段落)悪魔たちは、自分よりも豊かで人気のある(popular)者はいないと思っています。彼らは、自分の富は何らかの霊によってどうにかして(somehow、どういうわけか)守られると考え、そしてこのようにして彼らは幻惑されます。彼らの最終的な行き先は地獄です。

(第7段落)悪魔たちが為すわずかな宗教的な行いは、単なる見世物です。それらは、彼らの偽りの自我を得意がらせて、彼らにより多くの知名度(recognition、承認、認識)と尊敬をもたらすためだけのものです。彼らはそれらを自分自身の感覚の楽しみのためだけに行い、そしてそれらは常に暴力行為(acts of violence)です。悪魔は聖典の定めに従うことなく、単に自分の虚栄心を満たすためだけに、これらの儀式に携わります。

(第8段落)偽りの誇り、力、怒り、欲望などでふんぞり返り、悪魔は「これは私の体だ、私はインド人、
ベンガル人その他だ、彼はイスラム教徒だ、彼はヒンズー教徒だ、彼はドイツ人だ」と考えて、完全に身体的な意識に浸るようになります。

このようにして、彼らは他の者たちに暴力行為をしでかします。至高主は、これらの非常に(most)忌まわしい、見下げ果てた罪人たちを、繰り返し非常に苦しみの多い状態に置き、常に彼らをご自分の厳しい自然の法、すなわちダイヴィー・マーヤーで罰されます。

こうして悪魔として繰り返し生を受けるので、これらの堕落者(reprobate)たちは決して至高主の超越的な娯楽、御名、美しさなどを喜ぶ(to appreciate、真価を認める)ことができません。至高存在に関する(of)非人格的な知識を徐々に培うので、彼らは最もひどい人生(the worst possible life)を苦しむことが運命づけられています。
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by ammolitering4 | 2013-05-19 12:54 | 「英知による放棄」 | Comments(0)
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