英知による放棄 第1部 第2章

第2章 苦しみの原因

(第1段落)悪の力の化身であった最も強力な悪魔マヒーシャースラ(*)は、知性、教育、富、厳しい苦行を行って多くの崇拝者を惹き付ける能力などを実際に授けられていました。全く同じ資質を持つ彼の現在の信奉者たちは、聖なるエネルギーを略奪することにおいて同じく積極的で熟達しています。

彼らは、巨額のお金、膨大な時間、エネルギー、知性、人材などを浪費(to misspend、〔お金の〕誤った使い方をする)して、手の込んだ科学的な研究を行います。しかし、彼らがこれらの研究を通して発見するものは、平和と喜びの代わりに人類にとって計り知れない悲惨さを作り出す結果となります。

これは、ダイヴィー・マーヤーの投げる力(agency)の働きの完璧な例です。これらすべての邪悪な活動は、人間の社会に甚大な損失をもたらします。この悪の結果として、俗的な科学者たちは彼らの本当の知性を滅ぼす重大な罪を犯します(to incur、損害を受ける)。

そして、この知性の損失が彼らをして神から離れさせ、主に服従する機会を奪います。このため、バーガヴァッド・ギーター(7.15)において至高主はおっしゃいます。(サンスクリット引用)「非常に愚かで、人間のうちで最も低く、その知識は幻想によって奪われ、そして悪魔たちの無神論的な性質を持つそれらの悪者たちは、私に服従しません。」

(*)マヒシャースラの父、ラムバーは、太陽神から自分の息子が決して打ち負かされないという恩恵を受けました。この恩恵によって、マヒシャースラはすべてのものの上に統治権を得ました。半神たちはヴィシュヌに保護を求め、主は彼らに女性(a female、一人の女性)だけが彼の敗北を生じさせることができると告げました。主は(デヴィと呼ばれる)女性の形で現れ、激しい戦いにおいて(この)悪魔を殺しました。

(第2段落)バーガヴァッド・ギーター(16.7-20)において、至高主はそのような無神論的な悪魔たちの性質を余すところなく描写なさいました。

「(1)悪魔的である者たちは、何をすべきで何をすべきでないかを知りません。彼らの中には、清潔さも、正しい振る舞いも、真実も見られません。彼らは、この世界は非現実であり、基盤がなく、統御している神もいない、と言います。

彼らは、それ(この世界)は性の欲望によって作られ、欲望以外の原因を持たない、と言います。そのような結論にしたがって、自分を見失い、何の知性も持たない悪魔的な人々は、世界を滅ぼすためにある(meant to~)有益でない、恐ろしい仕事にいそしみます。

満たされることのない欲望に従い(to take shelter of)、思い上がり(pride、高慢)と偽りの名誉という自負心(conceit、うぬぼれ)において、そのように幻惑された悪魔的な人々は、いつも非永遠なるものに魅了されて清潔でない仕事に誓いを立てます。

(2)彼らは、感覚を満足させることが人間の文明の主要な必要性であると信じます。このため、人生の終わりまで彼らの不安は計り知れません。何百、何千もの欲望の網の目に縛られ、そして貪欲と怒りに浸り、彼らは感覚の満足のために非合法な方法によってお金を確保します。

悪魔的な人々はこう考えます。「私は今日、これだけの富を持っており、私の計画によれば、もっと得るだろう。今はこれだけが私のもので、それは将来、もっともっと増えるだろう。彼は私の敵で、そして私は彼を殺した。そして私の他の敵たちもまた、殺されるだろう。

私はすべてのものの主である。私は享楽者である。私は完璧で、強力で、幸せだ。私は貴族的な親戚に囲まれた、最も豊かな者だ。私ほど強力で幸せな者はいない。私は犠牲を捧げ、いくらかの慈善を施し、そして、そのため(thus、そのようにして)私は歓喜するだろう。」

このようにして、そのような人々は無知によって惑わされます。このように様々な不安によって当惑させられ、幻想の網の目に縛られて、彼らは感覚の満足に過度に執着するようになり、地獄に落ちます。

(3)独りよがりで、いつも厚かましく、富と偽りの名誉によって幻惑されているため、彼らは時として名目上だけで、何らの規則や規律にも従うことなく、誇らしげに犠牲を捧げます。偽りの自我、力、高慢さ、欲、そして怒りに惑わされ、悪魔たちは彼ら自身の体の中と他の者たちの体の中にいる至高の人格神をうらやむようになり、本当の宗教を冒涜します。

(これらの)妬み深く悪意のある者、人間の中で最も低い者たちを、私は永遠に物質的な存在の中へ、生命の様々な悪魔的な種の中に投げ込みます。生命の悪魔的な種の中に繰り返し生を受けるので、おお、クンティーの息子よ、そのような人々は決して私に近付くことができません。徐々に彼らは存在の最も忌まわしい種類へと沈み落ちます。

(第3段落)ギーターからのこれらの節は、悪魔的な性質を巧みに描写します。

(第4段落)いつも、献身者と悪魔という2種類の人間が存在しています(There have always existed、昔から今までずっと)。はるか昔、ラーヴァニャ(*)という名の強大な悪魔がいました。彼はサンニャスィー、放棄階級の托鉢修道者であると自分を偽り、至高主ラーマチャンドラの妻を盗もうとしました。彼女は幸運の女神スィーター・デヴィーでした。このようにして、この悪魔は自らの破滅を招きました。

(第5段落)しかし今、現代では、ラーヴァニャの帝国は何百万にも増えました。これは多くの異なる意見を生み、それが悪魔たちを互いに対して不和(inimical、敵対、反目)にしました。こうして彼らは皆、幸運の女神スィーター・デヴィーをさらおうとして必死に(tooth and nail)競い合っています。

それぞれが「私は最も悪賢い。だから私は自分だけでスィーター・デヴィーを楽しむだろう」と考えています。しかし、ラーヴァニャのように、これらすべての悪魔たちは、彼らのすべての家族とともに滅ぼされています。

非常に多くのヒトラーのような強大な指導者たちが現れましたが、至高主のエネルギーと妃、すなわちスィーター・デヴィー、幸運の女神を楽しみ略奪するという幻想によって魅惑され、彼らすべては過去において妨害されて押しつぶされ、今現在、妨害されて押しつぶされ、そして未来において妨害され押しつぶされるでしょう。「天の配剤において人類は何らの休息も得ることができない」という前述の嘆きの根本的な原因は、主の聖なるエネルギーを略奪して楽しもうというこの悪魔的な精神性です。

(第6段落)悪魔たちは、いつ、あるいはどこで放棄すべきかを知らず、また、いつ、あるいはどこで受け入れたり受け取ったりすべきかも知りません。患者を診察するときには、人はこの受容と拒絶の原則を正しく判断しなければなりません。

そのため、人間の社会の中にある、スィーター・デヴィーを盗もうとするラーヴァニャのような行動様式の原因となる悪魔的な精神性を治すためには、悪魔的な性質が一変されることが絶対に必要です。どのような治療でも、二つの重要な要素は、患者が清潔な環境にいることと、彼の薬と食べ物が時間通りに与えられることです。

同様に、悪魔的な精神性を一変させるためには、人々は規律的(disciplined)で正直でなければなりません。この目的(end)は、「ヤタ・マット・タタ・パトー」、すなわち「意見の数と同じく数多くの救済への方法がある」という理論を唱えることによっては果たせません(to serve)。

なぜなら、人はそのようにして大衆を困惑させ、騙すからです。清潔と不潔、規律と不規律、正直と不正直を同じ水準に持ってくることによっては、人はどんな患者でも治すことも、治療することさえも不可能だと分かるでしょう。

(*)ラーヴァニャは至高主ラーマチャンドラに対抗した悪魔の王でした。(校正:発音記号が抜けている。)この歴史は、聖人ヴァルミキの作とされている「ラーマーヤナ」の中で語られています。
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by ammolitering4 | 2013-05-10 09:40 | 「英知による放棄」 | Comments(0)
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