はじめに

英知による放棄(Renunciation Through Wisdom)

はじめに

(第1段落)国際クリシュナ意識協会は、その膨大なヴェーダ文献、すなわち「バガヴァッド・ギーター」、「シュリマッド・バーガヴァタム」、「チャイタンニャ・チャリタームリタ」を含むバークティ・ヨガに関する本でよく知られるようになりました。

(クリシュナ意識)運動の創設者であって霊的な指導者(guide)であるA.C.バークティヴェダンタ・スワミ・プラブパーダ睨下によるこれら3つの著作は、サンスクリット語とベンガル語の古典を英語に訳して注釈を付けた膨大なものです。

驚くべきことに、シュリーラ・プラブパーダはこれら三作および他の多数のより小さな著作を、1966年から1977年の間のわずか12年間に、各地を旅行し、クリシュナ意識運動の成長を監督する傍らで著しました。

(第2段落)しかし、恐らく多くの人が知らないと思いますが、西洋に来る前、シュリーラ・プラブパーダは母国語であるベンガル語でクリシュナ意識について長年多くの著述をなさっていました。1976年、クリシュナ意識運動に加わったすぐ後、私はシュリーラ・プラブパーダの初期のベンガル語の著述を発見しました。それは、プラブパーダが編集した「ゴーディーヤ・パトリカ」と題する月刊誌の中のエッセイ・シリーズでした。

(第3段落)これらの長いエッセイの一つ、「バーガヴァーネル・カター(至高存在に関する(of)知識)」と題したものは、1948年と1949年、インドが独立を勝ち取ったすぐ後に「ゴーディーヤ・パトリカ」に連載されました。

私は、これがプラブパーダの母国であるベンガル地方で増えている信奉者たちのための素晴らしい小冊子になると思いました。そして、新しく印刷したその小冊子を1977年初めにカルカッタでお見せしたら、プラブパーダは非常に喜んでくださいました。

プラブパーダは明るく輝く顔で私を見て、大きな笑みを浮かべておっしゃいました。「ありがとう。本当にありがとう。どうか私の本を印刷し続けてください。」

(第4段落)非常に勇気づけられたので、私はすぐに「ゴーディーヤ・パトリカ」からできる限りたくさんのプラブパーダのベンガル語の著述を集め、それらを「バークティ・カター(献身の科学)」、「ジニャーナ・カター(霊的な科学の主題)」、「ムニ・ガーネラ・マティ・ブラーマ(幻惑された思考者)」、および「ブッディー・ヨガ(英知の最高の用途)」と題した4冊の小冊子として印刷しました。

最後に、私はすべての小冊子を「ヴァイラギャ・ヴィデャー」という堅表紙の本に編纂しました。それは現在では英訳されて「英知による放棄」と題した本になっています。

(第5段落)私の親しい友人でありゴッドブラザー(訳注:キリスト教圏には子供が生まれたときに親の知人などが宗教的な後見人となって洗礼を受けさせる風習があり、それをゴッドペアレントと言う。ゴッドブラザーはその息子に当たる。この風習は現在では宗教的な意味合いが薄れ、形骸化している。)であるサルヴァバーヴァナ・ダーサが翻訳し、非常に良い仕事をしました。

もともとのベンガル語の随筆の中ではシュリーラ・プラブパーダの深遠な霊的な英知が輝いており(to shine through、光が漏れる、差し込む)、サルヴァバーヴァナ・プラブはこの英知を自分の翻訳の中で巧みに伝えました。

(第6段落)これらの随筆を書いたとき、シュリーラ・プラブパーダはご自分の霊的指導者であるシュリーラ・バークティスィッダーンタ・サラスヴァティー・タークラが創設したクリシュナ意識協会であるゴーディヤ・マターで一介の献身者の役割を演じていた家庭人でした。

それでも、そのときの慎ましい立場にも関わらず、シュリーラ・プラブパーダの著述は彼が紛うことなき純粋な献身者であることを表しています。開かれた心(an open mind)と慈悲深い心(a gracious heart:graciousは目下の者に対して寛大で礼儀正しく慈悲深い様子を表す言葉)を持つ者は誰であれ、その著述からシュリーラ・プラブパーダがずっと自己を認識した魂だったということが分かるでしょう。

(第7段落)ご自分の霊的指導者がそうであったように、シュリーラ・プラブパーダはクリシュナ意識を提示するにあたってシュリー・チャイタンニャ・マハープラブの教えに厳密に従いました。その教えは、「献身奉仕を実践することから生まれる英知による放棄」を意味する「ヴァイラーギャ・ヴィデャ・ニジャ・バークティ・ヨガ」という言葉に集約されます。

主チャイタンニャの親密な弟子たちの一人であるシュリーラ・サールヴボーマ・バーッターチャーリャによる有名な節の中のこの一句は、本書「英知による放棄」の題の着想の源となりました。

(第8段落)放棄を生じさせるこの英知とは何でしょうか?それはクリシュナへの献身奉仕の成果の一つです。献身奉仕の甘露を経験してヴェーダ文献の知識に浸るようになるとき、人は自然に感覚の満足を嫌うようになり、物質的な呪縛からの自由を得ます。

主クリシュナは、バガヴァッド・ギーターの中でヴェーダの英知の真髄を語られました。「ギーター・マーハートミャ」、すなわち「バガヴァッド・ギーターの栄光」は、それを次のような詩的な類推法によって表しています。

「牛飼いの少年クリシュナは、子牛アルジュナのためにウパニシャッド(複数、ヴェーダの哲学的な真髄)という牛の乳を搾りました。そして、そうして得られた牛乳がバガヴァッド・ギーターです。自分の霊的な幸せ(welfare)について真剣に考えている聖人的な人々は、その素晴らしい蜜のような牛乳を飲み、味わいます。」

(第9段落)「英知による放棄」の中で、シュリーラ・プラブパーダはバガヴァッド・ギーターの教えを
私たちの理解のために単純化しました。この蜜を飲むと、私たちの望ましくない(unwanted)物質的な欲求によって生じた無知の闇を超越的な知識の輝く日光がすぐにも消し去り、そして私たちの心にクリシュナへの愛が芽生える(to dawn、現れ始める、夜が明け始める)でしょう。

(第10段落)超越的な知識は永遠です。それは決して古びず、流行遅れになることもありません。そうではなく、いつも、いつの時代も、どの場所にも当てはまります。したがって、現代のインドの歴史という状況の中で40年以上も前に書かれたにも関わらず、「英知による放棄」は世界のどこででも、誰もを啓蒙することができます。実に、この英知はすべての時代のすべての人のものなのです。

バークティ・カル・スワミ
ニューヨーク、1991年7月

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
皆様お元気でいらっしゃいますか?大変長らくお待たせいたしました。これだけ待たせた上に「はじめに」だけとは何事か、という声が聞こえてきそうですが、ほんとにどうもすみません。あれこれと道草を食うのに忙しく、呆れるほどに遅くなってしまいました。折を見て続きをお届けしますので、またまた気長にお待ちください。今度の本はこちらです。
d0152550_13412535.jpg

[PR]
by ammolitering4 | 2013-05-01 13:39 | 「英知による放棄」 | Comments(2)
Commented by bvd at 2013-05-07 08:36 x
マイペースが一番です。外野はあんまり気にしませんように。ありがとうございます。
Commented by ammolitering5 at 2013-05-07 14:17
BVDさん、ありがとうございます。そうですね、マイペースで細々続けようと思います。またそのうちおいでください。
名前
URL
削除用パスワード


<< 英知による放棄 第1部 第1章 都市計画記事について >>